勧誘⑤
「新しいご主人だと?」
ガルディスがアレンの言葉に訝しむ声と表情を見せる。アレンの言葉はガルディスにとって意味のまったく分からないものである。アレンはガルディス、いやガルディス達の察しの悪さを哀れむような目を向ける。
「まったく……これははっきり言って察しが悪いというレベルじゃないな」
「なんだと!?」
「俺がお前の名前、元『オリハルコン』の冒険者であるという事、犯罪行為を行った結果落ちぶれた現実を言い当てた事に対して不思議と思わないのか?」
「……」
「まぁお前は頭が悪いようだから不思議と思ってもそれが何を意味するか考えられないんだろうな」
「き……さ……」
「お前達は嵌められたんだよ。この馬車には王太子殿下への献上品など積んではいない。お前達をおびき寄せるための囮だ」
「な……」
アレンからもたらされた言葉にガルディス達は呆然とした声を出す。ガルディス達はアレンを腕の良い護衛であるとしか思っていなかったのだ。
「そろそろ察したか? ちなみにお前達に献上品の情報を教えた人間はこちら側の手の者だ」
「……」
アレンの口から次々と発せられる情報はガルディス達にこれ以上ない恥辱と衝撃を与えていく。
「ひ……」
一人の盗賊が脱兎の如く逃げ出す。アレンの異常な戦闘力を見せつけられ、また罠に嵌めたなどと言われればもはや恐怖しかなかったのだ。
「ぎゃあああああああああ!!」
だが、当然アレンに逃がすつもりなど一切無かった。三歩目を踏み出したとき逃げ出した盗賊の足を一発の瘴気弾が撃ち抜くと絶叫を放ちもんどり打った。一体の闇姫が容赦なく盗賊の足を背後か撃ち抜いたのだ。
「おいおい、俺が駒となるお前達を逃がすなんて思っているのか?」
「こ、駒だと?」
アレンの言葉にガルディスはやや呆然とした口調で言う。それに対しアレンはさも当然という表情で言い放った。
「ああ、俺は王都にある国営墓地の管理者なんだが、使い潰しても心が痛まない駒を探している」
「……な、なんだと」
「やっぱり使い捨てても心が痛まないのはお前達のような死んだ方がマシな連中だ」
アレンの容赦のない言葉にガルディス達は言葉を発する事が出来ない。どう考えてもアレンの言葉はまともな倫理観において認められるものではないからだ。
「俺は聖人君子ではないからな。お前達のようなクズの命とまともな生活をしている人々の命を同等に扱ったりしない。少しは世の中の役に立て」
アレンは言い終わると同時に盗賊達に襲いかかる。まるで転移魔術で瞬間移動したかのような速度で盗賊達の間合いに踏み込むと同時に正拳突きを放った。当然盗賊ごときではアレンの動きを見切れるはずもなくアレンの正拳突きを顔面に受けた盗賊が吹き飛んだ。
盗賊は血と歯を撒き散らしながら宙を飛ぶと地面を転がった。アレンは宙を舞った盗賊などに一瞥も暮れる事なく次の盗賊を処理する。
ゴギャァァ!!
アレンの肘が隣にいた盗賊の顔面に叩き込まれるとまたも盗賊が吹き飛ぶ。アレンは十人の盗賊達をわずか3分程で蹴散らした。合計二十人もの人間を蹴散らしたにも関わらずアレンは息一つ乱していない。ここまで実力の差がありすぎるとアレンと盗賊達が同じ人間という種族であると言っても信じる事は出来ないだろう。
「さて……雑魚は片付けた。一応手加減はしたから死ぬ事はないさ」
アレンの言葉はまったく盗賊達にとって慰めになっていない事は明らかだった。
「じゃあ、ガルディス……やろうか」
アレンは鋒をガルディスに向ける。その鋒を見たガルディスは緊張の余りゴクリと喉を鳴らした。カタカタと知らず知らずのうちに体が震える事をガルディスは自覚する。
(な……この俺が震えている? どんな魔物と戦ってもこんな事は無かった)
ガルディスは冒険者になってからも、犯罪に初めて手を染めた時も体が震えた事は無かった。だが、アレンに鋒を向けられた瞬間にガルディスの体は意思とは関係なく振るえ始めたのだ。まるで本能がアレンと戦うなと全力で警告をしているようだった。
アレンが動く。その動きは限りなく流麗でありガルディスは限りなく危険なものであると感じたが、その美しさに一瞬見とれてしまう。
アレンの斬撃はまず膝に放たれる。ガルディスは咄嗟に剣で受けようと下段に剣を向ける。だがアレンの剣がガルディスの剣に触れる瞬間にアレンは剣の軌道を変えると喉への斬撃に切り替える。
シュン……
ガルディスは何とかアレンの首への斬撃を躱す事に成功するがそれがまぐれである事を何よりもガルディス自身が理解している。ガルディスの首筋にはアレンの先程の斬撃による切り傷が一筋入っていた。紙一重でガルディスは喉を斬り裂かれないで済んだのだ。アレンは必殺の一撃を躱されたがまったく動じることなく斬り上げた剣を振り下ろした。
キィィィィンン!!
アレンの振り下ろされた剣をガルディスは何とか受け止める事に成功した。だが、それはガルディスの実力の高さを証明する物ではあったが、決してガルディスの勝利を保証するものではない。
「な……」
アレンはそのまま剣に力を加えていき鍔迫り合いに持ち込む。ガルディスはアレンの膂力に対抗することが出来ずに膝を折り始める。
(な、なんだ、こいつの力は……ば、化け者か!!)
ガルディスは全身全霊を込めてアレンの膂力に対抗するがまったくはね返す兆候を見せることは出来ない。
「所詮は……“元”だな」
アレンの冷ややかな声がガルディスの耳に入る。本来であれば明らかな嘲弄にガルディスは憤っていた事だろう。だが今のガルディスには憤るだけの余裕はなかった。アレンは嘲弄する余裕があり、ガルディスには一切ないのが両者の間に横たわる決定的な実力差の証拠であると考えて良いだろう。
(さて……終わらせるか)
アレンは突如ガルディスを押さえ込んでいた膂力を抜いた。その瞬間にガルディスの剣はアレンの剣をはね上げた。だが、この状況はアレンが狙っての事であり一切隙を生じるものではない。一方でガルディスは全霊を持ってアレンの剣を押し戻そうとしていた。それはアレンが膂力を抜いたために見事に空回りする結果となり腹部を大きく空けるという大きすぎる隙を作ったのだ。その隙目がけてアレンは容赦なく剣を一閃する。
シュパァァァァァァ!!
アレンの剣がガルディスの腹部を斬り裂くとガルディスは糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
「さ、おしまいっと」
アレンは剣を一振りすると血を振り落として鞘に収めた。
アレンはあっさりと盗賊達約二十名を制圧したのだった。




