勧誘②
王都を出発して五日後に王太子一行はエスケメンに到着した。道中は何事も無く、予定通りにエスケメンに到着したのだ。
王太子一行はエスケメンに到着してすぐにエスケメンの都市長と会う事になっている。日程と視察の確認について行う為であり、本格的な公務は明日からと言う事になっているのだが、アレンは早々に自由に動くようにアルフィスに言われて早速活動を開始した。
「とりあえず……治安部隊に話は通っているという話だったな。まずは情報をもらいに行って、その後は冒険者ギルド、傭兵ギルドに行ってみるか」
アレンはそう決断するとまずは治安部隊の方に情報を仕入れに行く。すでにアルフィスが話を通していると言う事なので問題無いと考えたのだ。
アレンはエスケメンの治安部隊の屯所に到着すると迷いなく扉を開ける。治安部隊の屯所は2階建ての煉瓦造りの建物であり、建物内部に入ったアレンの正面にカウンターが三つある。それぞれのカウンターの上には案内板がかけられている。
アレンから見て右側から『盗賊対応課』『都市治安維持課』『魔獣対策課』とある。それぞれのカウンターの後ろににはぞれぞれ二十人程の職員が仕事をしている。アレンの目的とするのは『盗賊対応課』であるためにアレンはそちらに向かう。
アレンが『盗賊対応課』のカウンターの前に行くとそれに気付いた一人の職員が後ろの席から立ち上がり対応のためにカウンターにやってくる。
「ご用件をお願いします」
その職員は10代半ばといった所の少年と称される年齢の職員であった。非常に丁寧な雰囲気を発しておりアレンは好感を持った。
「あの……アレンティス=アインベルクと申します。要件は周辺に現れているという盗賊団に関してのことです。アルフィス王太子殿下より指示が来ていると思うのですが担当者の方をお願いします。あ、それからこれが命令書になります。お確かめ下さい」
アレンはそう言うと懐からアルフィスより渡された命令書を懐から取り出す。この辺の根回しはアルフィスは決して欠かすことはない。自分の行動がどのような影響を及ぼすかをアルフィスは基本考えているのだ。
アレンから渡された命令書を受け取った少年は直立不動の体勢となった。恐怖による緊張ではなく、憧れの人物にあったための緊張のようにアレンには思われたのだ。少年はそれから大きな声でアレンに謝罪を行う。
「し、失礼いたしました!! アインベルク侯!!」
少年の様子に職員の視線がアレンとその少年に集中する。アレンとすれば思いがけない対応に戸惑うばかりである。
「いえ、あなたの対応は非常に丁寧で失礼でして、そこまで畏まられるような事はしていませんよ」
「は、恐縮です!!」
「それでですね。今回「すぐに担当者を呼んで参ります!!」」
少年はアレンの言葉を遮るとそのまま盗賊対応課の一番奥にいる男性の元へ駆け出していった。少年の向かった職員は位置的に盗賊対応課の責任者なのだろう。
「ファラメス課長!! アインベルク侯が担当者に会いたいと仰っております!!」
「ロディン……まずは落ち着け」
「は、はい、つい申し訳ありません」
「仕方の無い奴だ」
ファラメスと呼ばれた四十代前半の男性職員が立ち上がる。ロディンと呼ばれたアレンに応対した少年もファラメスの後ろに付いている。
「アインベルク侯、申し訳ありません。部下の躾けが行き届きませんで、何分ご容赦の程をお願いします」
ファラメスの口調には部下を庇おうという感情が込められているが、アレンにしてみればまったく失礼な対応をされていないのに、謝罪されるというのは居心地の悪い事である。
(う~ん……俺ってそこまで身分をかさに無理を通そうとするように見られているのかな?)
アレンはファラメス達の対応から少しばかり悲しくなる。だが、これはまったくの誤解であり、アレンはゴルヴェラ11体討伐という偉業を成し遂げた事から、騎士や兵士達から憧れの目で見られているのだ。ロディンは治安部隊の中でもアレンの武勇談に心を躍らせる第一人者であったのだ。憧れの人物が来ると言う事で数日前から今か今かと楽しみにしていたのだ。そのため実際にあった時にすっかり興奮してしまっていただけであった。
「いえ、先程も彼に言いましたが何も失礼な事をされておりませんので謝罪の必要はありませんよ」
アレンは少しでも緊張を和らげようと微笑む。アレンの容姿は秀麗と称しても異論はでない。そのような容姿を持つアレンが微笑めば少なくとも空気が悪くなることはない。
(これがみんなの微笑みなら完全に場が和むんだろうけど……)
アレンは心の中で自分の婚約者達の顔を思い浮かべる。全員それぞれタイプは異なるが美しいと言う事は共通しているのだ。
「それでは情報の方をよろしくお願いいたします」
「はい、こちらに」
アレンの言葉にファラメスは案内を始めるとアレンもそれに従って場所を移す。アレンとファラメスが席を外したところでロディンの先輩達がロディンの頭にげんこつを落とす。
「このバカ!! いくらなんでも慌てすぎだ」
「いてて……そんな事言っても」
「何言ってやがる。うちの面子をつぶしやがって」
「う……それを言われると……」
げんこつを落とした先輩の言葉にロディンは口ごもる。思い返してみれば自分の慌てふためく様はアレンの目にはこれ以上なく滑稽に写った可能性が高かった。
「まぁ、大丈夫じゃないか」
そこに別の先輩職員が声をかける。その言葉にロディンが嬉しそうな表情を浮かべる。
「アインベルク侯は世間知らずの貴族のお坊ちゃんじゃねえ。ロディンに対してもきちんとした対応をとってた。そんな人がロディンの行動を悪意たっぷりにとらえるか?」
職員の言葉に全員が首を横に振る。特にロディンはブンブンと首を横に振っていた。アレンの態度は侯爵という立場に似合わない丁寧なものだった事が職員達にとっては好意的にとらえられたのだ。
「さすがにゴルヴェラ11体を討ち取るような方だから、余裕があるねぇ」
「ああ、高慢ちきな貴族とは明らかに違うな」
「威張り散らす必要がないから俺達のような下っ端にも丁寧なんだろうな」
「その通りです!!アインベルク侯は本当に凄い方なんです!!」
ロディンの自分の事のように自慢する言葉に先程げんこつを落とした先輩がまたもロディンの頭にげんこつを落とす。
「だからお前がなんでそんなに威張るんだよ。アインベルク侯を見習えバカ者が!!」
盗賊対応課の面々はその光景を見て笑う。盗賊対応課では和やかな空気が流れることになったのであった。
* * *
「どうぞおかけ下さい」
「ありがとうございます」
案内されたのは会議が行われるような部屋であった。十人ほどが着席可能なテーブルに備え付けられている席にアレンは着席し、その対面上にファラメスも座る。
「盗賊対応課課長のファラメスと申します。この度は盗賊団の掃討を請け負っていただけるという話ですね」
ファラメスの言葉にアレンは頷く。エスケメンの治安を守ってきたという自負を傷つけられた可能性をアレンは危惧していたのだが、ファラメスの態度からはそのような雰囲気は感じない。おそらくアルフィスが根回しをした結果だろう。
「はい、詳細は話せませんが私は盗賊団の連中を戦力として編成しなければなりません。今回の件は愉快ではないかも知れませんがご容赦下さい」
アレンの言葉にファラメスは首を横に振る。
「いえ、実は問題の盗賊団はかなりやっかいな連中なのです」
ファラメスはゆっくりと話し出した。




