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勧誘①

 今回から新章となります。よろしくおつきあい下さい。


「俺がお前の公務に付いていく?」


 アインベルク家のサロンでアレンが発した言葉であった。アレンの目の前にはローエンシア王国の王太子であるアルフィスが座っている。アレンの驚きの声をサラリと受け流し優雅に紅茶を嗜む姿ははっきり言って絵になっている。


「おう。今度、うちの領地であるエスケメンという都市に視察に行く事になっていてな。アレンにも同行してもらおうと思っているんだ」


 アルフィスの言葉にアレンは訝しげな目を向ける。アルフィスは王太子の職務に対して真摯に取り組む男で、王族としての義務を投げ出すことは決して無い。同時に実力も並外れているために余程の事がない限りアレンに助太刀を求めるという事も無いのだ。逆に言えばアレンの力が必要な程の厄介事があるという事なのだ。


「何がある?」


 アレンの言葉にアルフィスはニヤリと嗤う。付き合いの長いアレンとアルフィスのやり取りは打てば響くという表現そのものであり非常にスムーズであった。


「理由は三つ、一つは駒の補充のネタがあったからお前の目で直接たしかめて貰おうと思ってること、二つ目は駒候補とは別にゴルヴェラと思われる連中がエスケメン周辺に現れていること、三つ目はエスケメンに“ライオス=ジゴバス”という元冒険者がいる」

「前の二つの理由は察しはつくが、三つ目のライオス=ジゴバスというのは誰だ?」


 アレンはアルフィスの出した三つの理由のうち、三つ目のライオス=ジゴバスに対しては察する事が出来なかったためにアルフィスに尋ねる事になったのだ。


「ああ、ライオス=ジゴバスというのはな、『オリハルコン』クラスまで上り詰めた男だ」

「でも元と付いていると言うことは引退したという事だろ?」

「ああ、でも腕の立つ魔術師なんだ」

「魔術師……なるほど、そういうことか」

「ああ、ライオス=ジゴバスを魔導院に送り込むつもりだ」


 そこまで聞いてアレンはアルフィスがどのような絵を描いているかを察する。先日のジュセルからもたらされた情報から、魔導院の閉鎖的な状況を改革するために国王による介入が行われるようになったとの事だった。そこでライオス=ジゴバスを魔導院に送り込むことで介入しようと考えているのだ。


「なるほどな……魔導院の介入に必要な人材ともなればかなりの大物を送り込む必要があるということか」

「そういうことだ。並の魔術師では魔導院の魔術師を御することは出来ない。しかも送り込む魔術師に対する風当たりは凄まじいものだろうからそれに耐えるぐらいの人物でないといけないんだ」

「良し!! やろう」


 アレンの返事にアルフィスは笑う。もとより断られると思っていなかったが、やはり賛同を得られれば嬉しいものである。


「助かる。日程を考えるとどうしても手が回らないんだ。アレンには駒の補充をライオス=ジゴバスの勧誘は俺が、ゴルヴェラについては二人でと言うことで良いな」

「ああ、それが一番だろうな。みんなには伝えておく。出発はいつだ?」

「1週間後になる。旅支度はこっちでやっとくから極端な話、お前は身一つで来てくれても構わないぞ」

「わかった。一週間後だな」


 アレンの返答にアルフィスは頷く。こうしてアレンはアルフィスのお供として、エスケメンに向かう事になったのであった。



 *  *  *


 一週間後、アインベルク邸に迎えの馬車が訪れ、アレンは馬車に乗り込むとまずは王城に向かうことになった。

 アレンの出で立ちはいつもの黒のズボンと白いシャツに黒いベスト、そして黒いコートを身につけているといういつもの墓地の見回りのものである。よくよく考えれば国営墓地の見回りの方が危険度は明らかに高いため、墓地の見回りの服装は戦場の用意を兼ねていると言っても良かったのだ。

 それにアレンの装備もほぼいつも通りである。魔剣ヴェルシス、投擲用のナイフ十本、鉄球数十個、魔石、長さ1メートルほどの万力鎖を二本であった。魔石と万力鎖は、いつもは持っていかないが、今回はゴルヴェラもいると言う事なので、念のために持ってきておいたのだ。後は小さな旅行鞄に着替えを詰め込んだという非常にシンプルなものであった。


「これから……五日かけてエスケメンか……」


 アレンは小さく呟く。転移魔術で転移すれば早いのだが、今回はアルフィスの公務に付いていくという背景があるため転移魔術を使う事は出来ない。アルフィスの公務には、視察という目的もあり、その間の道筋を転移魔術で飛ばすというのは視察の幅を狭めることになるため、馬車での移動という事にもなるのだ。


「まぁ、駒の補充のネタを持ってきてくれたからな……」


 アレンは口ではそう言っているが、親友であるアルフィスと遠出すると言う事を密かに楽しみにしている。道中でアルフィスと馬鹿話をしながら移動するというのは、婚約者達と一緒にいるのとはまた別の楽しさがあったのだ。


「アインベルク侯……王城に到着いたしました」


 そんな事を考えていると御者が王城に着いた事を伝えてくる。そこでアレンは御者に礼を言い馬車を降りる。馬車を降りると十人の近衛騎士達が一列に並びアレンに揃って一礼する。


「あ、お疲れ様です」


 アレンは近衛騎士達のあまりにも揃った一礼に戸惑った声が出てしまう。侯爵という上級貴族であればこのような対応にも慣れないといけないのだが、どうもアレンは大勢に傅かれるという場面に慣れる事はなかった。アレンの感覚はそういう所では平民とほぼ変わりない。


「はっ!! 王太子殿下がお待ちとなっております。ご案内いたします」

「あ、はい」


 三十代半ばの近衛騎士がアレンに告げる。その態度は洗練されておりアレンに対する嘲りは一切無い、いやむしろ緊張しているようにも見える。それも当然でゴルヴェラの魔将エギュリムを討ち取った戦いに参加した近衛騎士達から語られその実力は近衛騎士達の中ですっかり浸透していたのだ。

 それまでは周囲の者に蔑まれてもほとんどやり返さなかったアレンに対して近衛騎士達は、それを卑屈ととらえていたのだが、その実力を知った今となれば“強者の余裕”としか思えなくなったのだ。


「アインベルク侯、お荷物は我々が」


 近衛騎士達はアレンが小さな鞄を持っていることに気付き、慌てて運ぶことを言い出す。


「あ、これぐらい大丈夫ですから案内をよろしくお願いします」


 アレンは慌てて近衛騎士達の申し出を断る。アレンにしてみればこの程度の荷物を他者に持たせるというのは抵抗があった。貴族が従者に自分の荷物を持たせるというのは一種のステータスなのだが、アレンは男爵という立場であり、供回りなどいなかったためにその考えを持っていなかったのだ。


「はっ!!」


 アレンの返答に近衛騎士達は一切の反論をすることなく唯々諾々と従う。


(なんかやりづらいな……)


 アレンは心の中で必要以上に丁寧に扱われることに対して居心地の悪さを感じるのであった。



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