結界⑧
鬼尖を一蹴したジュセルが転移した先は、野営地から少しばかり離れた場所である。ジュセルは森林地帯の入り口に転移した時に拠点を設けていたため、野営地から少しばかり離れた場所になったのだ。
(あれ? そう言えばさっき蹴散らした連中は俺をどうやって追ってきたんだろ?)
ジュセルは心の中で首を傾げる。ジュセルは用を足すと言って野営地を離れたのだ。その際に周囲に誰の気配も感じない事を確認して転移したはずなのに、結果として転移場所に鬼尖が現れたのだ。
(まぁ良いか……あとで確認すればいいしな)
ジュセルは呑気にそんな事を考えていたが、野営地の方からすでに戦いの喧噪が起こっていた。
(あれま……アホ共がディクトとジーナさんに手を出していたのか。明日とか言ってたけど冒険者チームが勝手な行動を起こしたのかな?)
ジュセルが野営地に走ると一体の異形の騎士と九凪が激しい戦いを展開しているのが目に入った。
『グォォォォォォォ!!』
デスナイトが咆哮し、大剣を振るうのを九凪の筋骨逞しいメンバーが迎え撃っていた。大剣を受け止めた男の表情が焚き火に照らされジュセルの視界に入る。その表情ははっきりと恐怖が浮かんでいる。
ボードワン達は魔術を展開しデスナイトに波状攻撃を仕掛けているようだった。どうやら魔術師達が魔術を展開するまでの間を九凪のメンバー達が稼ぐというスタンスのようだった。
「まぁ普通に考えればそれが一番確実だよな」
ジュセルはデスナイトと一行の戦いを見ながら人事のように言っている。このデスナイトは当然ながら自然発生したものではなくジュセルがもしもの時のために備えておいたものであった。
ジュセルがいない間にディクトとジーナをボードワン達が害する可能性がある事を想定されたため仕掛けておいたのだ。
「さて……」
ジュセルは空間魔術で自身の家の倉庫から一本の棍を取り出す。ジュセルの目的はもちろんディクトとジーナの保護だ。ボードワン達がいつ後ろからディクトとジーナを攻撃するか分からない以上、一刻もはやくする必要があると考えたのだ。
だが、これは完全に杞憂である。デスナイトを簡単に屠る事の出来るアインベルク家の関係者であるからデスナイトとの戦闘を違う目的にしようと考えるのだが、普通に考えれば、ミスリルクラスの冒険者であっても全身全霊を持って戦うべき相手であり、その戦いを他の事に利用しようという余裕など無いのだ。
もちろん、その事はジュセルも承知しているのが、一行の中にデスナイトを簡単に消滅させることの出来る実力者がいるかもしれないという“もしも”に対応することを考えての行動であった。
「ディクト!! ジーナさん!!」
ジュセルの言葉に名を呼ばれた二人が驚き、そしてジュセルである事を察すると安堵の表情を浮かべた。姿が見えなかった事を心配していたのだ。
「ジュセル、良かった無事だったんだな!!」
「ジュセル君、良かった」
ディクトとジーナの喜びの声を打ち消したのはボードワンの金切り声だった。
「ミルジオード!! 貴様、何をしていた!!」
ボードワンの金切り声にジュセルは答えない。代わりにデスナイトに言葉をかける。
「デスナイト、待て」
ジュセルの制止を受けてデスナイトが振り上げていた大剣を止めるとジュセルの元に立った。その光景に全員が呆気にとられる。
まるで従者のようにジュセルに従うデスナイトを見て、ようやくデスナイトの主人がジュセルである事に思い至ったボードワンが詰問調でジュセルに言葉を発する。
「どういうことだ? ミルジオード!! そのデスナイトは貴様が」
ボードワンの言葉にジュセルはさも当然という表情で返答する。
「もちろんだよ。カイル=ボードワン、俺はお前達の悪行を調査するために同行していたんだ」
「何だと!?」
ジュセルの言葉にボードワン達は明らかに狼狽した声を出す。もちろん、ジュセルの言っている事は口から出任せである。
「ジュセル……どういうことだ?」
ディクトもあまりの展開に戸惑っているようだ。それはそうだろうジュセルの言っている事は嘘っぱちなのだから。確かにボードワン達はディクトとジーナを害する意思があるのは事実であるしその証拠も掴んでいる。だが、ジュセルは別にボードワン達の悪行を調査するために同行しているわけではないのだ。
「こいつらは、ディクトとジーナさんを最低の方法で尊厳を踏みにじり、殺すつもりの下種な連中だ。すでに証拠も押さえてある」
「「え?」」
ジュセルの言葉にディクト達が驚きの声をあげる。こういう時には次々と矢継ぎ早に真実を織り交ぜて口撃を行うのが得策だ。
「ボードワンは自身が行っている違法行為を押しつける相手として二人を選んだんだ。その証拠に今回の任務に二人にはほとんど情報が与えられなかったろう?」
ジュセルの言葉にディクトとジーナは嫌悪感の込めた目をボードワン達に向ける。ディクト達の嫌悪感の籠もった目はボードワン達を狼狽させる。いつものボードワン達ならば平民のふたりの嫌悪感の籠もった目に対しても動揺するような事は一切無いだろうが、ジュセルの言葉に少なからず動揺していたのだ。
「本来であればそんな事はあり得ない。一体何のために秘密にするんだ? おそらくこいつらは魔導院の他の連中にもほとんど情報を告げていないはずだ」
「そ、そんな訳があるか!! 俺達がその二人に伝えなかったのはその二人が平民だからだ!! 平民如きに伝える必要はない。実際に貴族の者達には伝えてある」
ヴァドの反論にジュセルはせせら嗤う。
「なるほど、そいつらもグルという事だな。魔導院の貴族至上主義というのはとんでもなく根深いと言う事だな。魔導院の貴族全員が平民出身の魔術師を害そうという目的で動いている事がわかった。あとはこれを国王陛下へ報告させてもらう」
ジュセルの口から国王陛下という単語が飛び出した事でさらにボードワン達の同様は強まる。ジュセルの言葉からジュセルが国王の命を受けて調査に来たと誤解したのだ。もちろん、そのような事実は一切無いのだが、ジュセルの言葉、雰囲気、父親であるエルヴィン=ミルジオードとジュラス王との関係からボードワン達は事実として結びつけてしまったのだ。人間が断片的な情報を与えられると足りない部分を想像で補うのは多々ある事であり、ある意味仕方の無い事である。
「そして、その証拠を回収しに戻った俺の口を封じようと鬼尖の連中を派遣した事が貴様らの下種っぷりを如実に表しているな」
ジュセルはさらに口撃を続ける。鬼尖がボードワン達の命令でジュセルを追ってきたという証拠は皆無だが、それを告げる必要はない。
「ディクト、ジーナさん、こいつらがどんな下種な計画を立てていたか証拠を聞かせるよ」
ジュセルはそういうと先程回収した杭を見せる。
「これは……結界の杭?」
「ああ、この杭には結界の術式とは別に隠し術式が組み込まれているんだ。その術式は音声を記録するというものだ」
「え?」
「こいつらが俺達がいない所でどんな下種な話をしていたのかが分かれば俺の今までの話が事実であることが嫌が応にも理解出来るさ」
ジュセルはそう言うと杭に組み込まれた術式を展開し記録された音声が再生された。




