結界⑦
「……で、あんた達はどうしてこんな所にいるの? 仕事を放棄したわけ?」
ジュセルは『鬼尖』の四人に対して一切臆することも無く言い放った。『鬼尖』の四人は既に戦闘態勢を整えており、ジュセルに向かって凄まじい殺気を放っていた。
だが、ジュセルはミスリルクラスの冒険者四人に殺気を放たれているのに関わらず、何の気負いも見せない。
「まぁいいや。お前達の下種すぎる本性はすでに分かってるから仕事を放棄するなんて責任感が感じられない行動をとった所で何の不思議も無いよな」
ジュセルの言葉は明らかに挑発であったが、鬼尖の四人はそれに乗るような事はしない。この段階で挑発は意味が無い事をジュセルは悟ると力業でいくことに決定する。
そしてそれは鬼尖の四人も同じだったらしい。鬼尖のメンバーで長剣を構えた剣士と両手に短刀を構えたレンジャー風の男がジュセルに向かって駆け出す。
(ほぉ……闇に紛れての攻撃か……三下の分際で少しは考えているようだな……)
ジュセルは鬼尖の二人が攻撃を仕掛けた事に対し冷静に戦力を分析していた。レンジャーの武器は刀身が黒く塗られており、この夜という時間帯では見えづらい事は間違いない。
レンジャーはジュセルの間合いに飛び込み短刀を振るおうとするが、それよりも早くジュセルの拳がレンジャーの顔面に届く。
ガギィ!!
ジュセルの拳がレンジャーの顔面を打ち砕くとそのまま2メートル程の距離を飛び地面を転がった。鬼尖の他のメンバーがレンジャーが吹き飛んだ事に理解が追いついていない間にジュセルはレンジャーへのトドメを刺すために行動する。
その行動とは跳躍し、地面に転がるレンジャーの上に着地することであった。しかもジュセルが着地した場所はレンジャーの胸と右膝である。
ゴギィィィィィィ!!
「ぎゃあああああああああああああ!!」
骨の砕ける音はレンジャーの絶叫により覆い隠され仲間の耳には届かない。
「よっと……」
ジュセルは念には念をと、跳躍しレンジャーの両肘の上に着地する。
「ぎぃぃぃぃやぁぁぁぁっぁぁぁっぁぁぁっぁあ!!」
レンジャーの口から放たれた絶叫は先程よりも遥かに大きく、音程も乱高下していた。その絶叫が鬼尖のメンバーに入った時、自分達が相手にしている少年がどれほどの戦闘力を有しているか思い知らされた。
鬼尖はジュセルが転移魔術を使用した事で相当な腕前の“魔術師”であると思い魔術の展開をさせぬように接近戦に持ち込もうとしていたのだ。だが、ジュセルの近接戦闘力は明らかに自分達よりも上である事に気付いたのだ。
「さて、当てが外れた所を悪いが、お前達を野放しにしておくと面倒な事になる可能性があるからな……それなりに痛めつけておくか」
ジュセルの言葉に鬼尖はゴクリと喉を鳴らした。そして次の瞬間にジュセルの姿が煙のように消える。剣士の背後に一瞬で回り込んだジュセルは背後から手を伸ばし、剣士の右目に容赦なく人差し指と中指を押し込んだ。
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁっぁぁっぁあぁっぁあぁ!! 目があぁぁぁぁっぁぁ!!」
あまりの激痛に剣士の口から絶叫がほとばしった。ジュセルは絶叫を放つ剣士の左耳を掴むと容赦なく引きちぎった。そして新たな絶叫が発せられるよりも早くジュセルの拳が右脇に放たれる。
剣士は吹き飛ぶと地面に叩きつけられそのまま転がった時にはすでに意識を失っている。軽く考えてもジュセルの拳により剣士の肋骨は粉砕されていることは間違いなかった。
「う~ん……やっぱりジェドさん達を基準にしちゃいかんな。あの人達ってやっぱりミスリルの時から階級と実力が釣り合ってなかったんだな」
「ひぃ!!」
ジュセルが余裕の表情でこの場にいないジェドとシアの実力について論じると鬼尖のメンバーの口から怯えの言葉が発せられた。怯えの声を発した鬼尖のメンバーにしてみればジュセルのこの余裕ある態度こそが恐ろしくて仕方が無かったのだ。
メンバーの怯えを見てジュセルは人の悪い嗤顔を浮かべた。しかし、ジュセルのその嗤顔は夜の闇に紛れた結果、鬼尖の二人にはその表情は見えなかった。
「おい、そこで無様な声を出したお前」
ジュセルの突然の声かけに怯えていた男は固まる。その硬直を無視してジュセルは話を続けた。
「俺に勝てないのはお前らの様なボンクラでもわかっただろう? だが、俺とすればお前らの様なクズを二人も野放しには出来ない。どっちか片方だけ助けてやる」
ジュセルの申し出に二人は黙って聞いていた。
「お前達がお互いに戦い勝った方を助けてやる。もし、戦わないというのならそこで伸びている二人のような目に遭うだけだ。言っておくが俺はお前達ごとき二人ぐらい簡単に潰す事が出来る。大した手間じゃ無い事はわかるな?」
ジュセルの言葉に鬼尖の二人は沈黙する。その沈黙はジュセルの“命令”を鬼尖の二人が聞こうとしている事の証拠であった。もし、拒絶するつもりならば即座に否定の言葉、もしくは行動をとるはずなのにそれがしない事はジュセルにとって十分すぎるほど根拠になっていたのである。
「年端もいかない少年を殺し、少女を輪姦してから殺そうというクズ共なんだから俺がお前らに容赦するなんて思うなよ」
ジュセルの言葉に男達がゴクリと喉を鳴らしたのがわかった。それは自分達がジュセルに暴力を振るわれる絶対の真理のように思われた。
「時間切れだ。クズ共が……」
ジュセルが吐き捨てるように言うと即座に動く。間合いを一瞬で潰すと怯えた声を出した男の腹部に凄まじい正拳突きを放つ。腹部に生じた衝撃に男は体をくの字に曲げる。そこにジュセルは両耳を掴み、次の瞬間に顎に膝蹴りを放った。
ギョギャァァァァァ!! ビチィィィィ!!
ジュセルの膝蹴りにより男は顎を砕かれ、血と歯を撒き散らしながら後ろに倒れ込もうとしたと同時に掴んでいた両耳がその反動に耐えかねて引きちぎられた。
「な……」
ただ一人残った鬼尖のリーダーのネストルの口から呆然とした声が漏れる。ネストルが呆然とした声を出した瞬間にジュセルはネストルに拳を振るった。
「く……」
ジュセルの顔面に放たれた右拳をネストルが躱した事は、二人の実力差を考えれば奇跡と呼んで良かったのかもしれない。なぜなら奇跡は二度も続かないものだからだ。初撃を躱されたジュセルはすぐさま第二撃を放つ。第二撃は初檄よりも速く、鋭く、読みづらい打撃だった。第二撃目の左拳はネストルの視界からは完全に消えている。その拳をネストルが読み取る事は決して出来ない。
ドゴォォォォォォォ!!
もし、この拳を躱す事が出来ていれば、実力と言われたのかもしれないが、証明されたのは一撃目を躱したのは奇跡である事だった。ジュセルの左拳が腹部に深くめり込み、ネストルの体がくの字に曲がった瞬間にジュセルの右肘が顔面に叩き込まれる。
バギィィィィィ!!
ジュセルの右肘とネストルの顔面が触れた瞬間にあり得ないレベルの音が発せられ、ネストルは側転のように体全体を回転させて地面に転がった。ジュセルは転がったネストルの所まで行くと胸を踏み抜く。肋骨の砕ける音が響き渡った。肋骨を砕かれた事でネストルは意識が戻ったのだろうが、顎が完全に砕けており絶叫を放つ事は出来ずに再び気絶した。
「さて……このクズ共の後始末は後だな」
ジュセルは死霊術でアンデッドを作成する。この時、ジュセルが作成したアンデッドはデスナイト四体とリッチ一体という鬼尖の戦力を考えるとかなり過剰な戦力であると言えるだろう。だが、こいつらを逃がすという事はどうしても裂けねばならなかったために念には念を入れたのだ。
『明日の晩に決行だ』
ボードワンの嫌みたらしい声が発せられると他のメンバー達の喜びの声があがるのをジュセルは皮肉気な表情を浮かべて嗤った。
「さて……呑気に寝てるところ悪いが、間抜けさ愚鈍さの対価を払ってもらうぞ」
ジュセルはニヤリと嗤うと転移魔術を起動した。




