結界⑤
ボードワンから情報を受け取った後にジュセル達は準備に追われることになった。ディクトとジーナは自分の装備一式を魔導院から支給されており、準備はほとんど無いのだが結界を張るための道具の準備をディクトとジーナがする事になったのだ。
もちろん、ジュセルもディクトとジーナの手伝いを行い忙しくしていたのだ。その際にボードワン、ロッド、ヴァドは一切手伝わなかった。
(色々と甘い連中だ)
準備をしながらジュセルは一切動こうとしないボードワン達をそう断じる。ジュセルが甘いと断じた理由は準備と“点検”もジーナとディクトに任せている事に対してである。今回の任務は一大プロジェクトとボードワンは言っていたが点検はリーダーがすべきであった。
確かに人数が多いようなチームであれば話もまだわかるのだが、せいぜい五人のメンバーの使う物資ぐらいは自分で点検しろと思わざるを得ない。今回向かう地域は凶悪な魔物の生息地域だ。いつ誰に何があるかわからない。ジーナ、ディクトが死亡した場合、生命線の荷物の管理をどうやるかを考えるのはリーダーの役目である事は間違いない。
今から向かう場所の危険性を正しくボードワン達が認識しているかジュセルは甚だ疑問に思ったのだ。
「ジュセル、済まないな。お前も準備が忙しいだろうに……」
ディクトが申し訳なさそうな声を出す。ディクトは本来外部のジュセルが手伝う必要は無いという考えだったために手伝わせることに対して申し訳ないという気持ちが出てきたのだ。
「いや、何があるか、そしてどこにあるかを把握する事が出来るからこれは必要な事だ」
「そう言ってくれると助かるよ」
ジュセルの言葉にディクトが笑いながら答える。そこにジーナが二人に声をかける。
「ディクトもジュセル君を見習ってもっと用心深くなって欲しいわね」
クスクスと笑いながらジーナが言う。それを聞いたディクトは気分を害したようにジーナに向けて言う。
「なんだよジーナ姉ちゃん。俺だっていざとなったら姉ちゃんを守るぐらい出来るんだぞ」「うふふ、そうね。ディクトは強いもんね~」
ディクトの抗議にジーナは柔らかく微笑んでいる。どうやら完全に手玉にとられているようだ。その様子を笑いながらジュセルは見ている。
「それにしてもボードワン様が“ミスリル”クラスの冒険者を護衛で雇っているなんて思わなかったな」
「そうね。ボードワン様も今回の任務には気合いが入っているようね」
ディクトが先程のボードワンの護衛にミスリルクラスの冒険者を雇った事について話し出した。ジーナの声色もボードワンの判断を支持しているようだ。その時、ジュセルの心に引っかかっていたものが形となった。
ジュセルの違和感はディクトとジーナの会話により完全に形となったのだ。
(そうか……ボードワンの言葉に違和感があったのはこれか……となると用心に越した事はないな。杞憂であれば良いのだが……)
ジュセルは心の中でそう判断を下すとディクトとジーナには現時点で告げない事にする。これは二人を信用していないというよりも、二人が演技が得意とは限らないため念のために現時点では告げない方が良いと判断したのだ。
(親父め……厄介さが加速度的に大きくなっていくじゃないか)
ジュセルが心の中で毒づいていることをディクトとジーナは気付かなかった。
* * *
ジュセル達はエルゲイン山の麓の森林地帯の入り口に立っている。準備が終わった後にミスリルクラスの冒険者達と合流し、魔導院に設置されている転移装置の転移魔術で森林地帯の入り口まで転移したのだ。ボードワン達はどうやら転移魔術を修めていないらしく、転移施設を使わざるを得なかったのだ。
ジュセルは魔導院の魔術師のローブを身につけている。ディクトが自分の予備のローブを貸してくれたのだ。結局あの後、準備に追われ外套を取りに行くという時間がなくなってしまったのだ。いや、取りに行かなかった当のが正確であった。ジュセルは疑惑が芽生えた以上、ボードワン達に転移魔術を使う事が出来る事を知らせない方が良いと判断した上での行動であった。
一向は魔導院のチームがジュセルを入れて6人、ミスリルクラスの冒険者チームが2つで合計9人の計十五人のチームでエルゲイン山の山頂までとりあえず向かう事になっている。
今回同行するミスリルクラスの冒険者チームは『九凪』と『鬼尖』というチームらしい。
『九凪』は五人のチームであり、リーダーは二十代後半の男性でアブサロムという名前だ。人当たりの良さそうな男であるが、頬にザックリと魔獣にやられたかのような四本の爪痕が入っていることが彼の長い戦歴を物語っている。他のメンバーも同様に戦痕がある。
もう一つのチームである『鬼尖』は四人のチームでありリーダーは二十代前半の男性のネストルという名前である。こちらの方は中肉中背で中性的な美青年だ。一見優男であるが戦いを生業にしている冒険者である以上、服の下に隠れた肉体は鍛え上げられている。他のメンバーも同様で若くしてミスリルクラスの上り詰めた只者で無い雰囲気が漂っている。
「それでは始めるぞ」
ボードワンが声をかけると全員が頷く。魔導院の魔術師達が結界を張るのを、冒険者チームが護衛するというのが基本の流れである。
結界の張り方は、結界の拠点となる杭を打ち込み、打ち込みが終わった段階で術を起動するというものだ。ここで使う杭は長さ30㎝程度のもので、20㎝程地面に打ち込むようになっている。
(これ親父が作ったやつじゃ無いか……)
その杭を持ったときにジュセルは心の中で唸る。術式のくせがエルヴィンのつくったものそっくりであり、ジュセルは不安を覚える。なぜならエルヴィンはよく術式の中に一見わからない“隠し術式”を仕込んでいることが多いのだ。ジュセルは周囲にバレないように隠し術式の解析を行う。
(え~と……この術式は……そういうことかよ、親父……)
ジュセルは何が術式の中に組み込まれているかをこの段階で気付くと、そのままエルヴィンがなぜ魔導院の連中と一緒に行かせようとしたのかを理解したのだった。この短期間で解析をする事が出来たのはジュセルがエルヴィンの作った術式をきちんと理解していたからである。そうでなければこの短期間で解析することなど出来ないのだ。
「お前達三人が杭を打ち込め、打ち込んだ後に私達が結界を張る。冒険者達は周囲の警戒に当たれ」
ボードワンの指示に全員が異論無く従う。
「ディクトとジーナさんは二人で杭を打ち込んで下さい。ジーナさんが杭を持っていき、ディクトが打ち込む方が早くできるはずです」
「そうだな。ジーナ姉ちゃんに打ち込みさせるのは気が引けるから、俺を手伝ってよ」
「え……うん。でもジュセル君はそれでいいの?」
「はい、問題無いですよ」
ジュセルの申し出にジーナが申し訳なさそうに言う。元々魔導院の仕事をジュセルが手伝っていると考えているので、一人にやらせるというのは気が引けたのだ。ジュセルとすればディクトとジーナを個別にするのはまずいと考えていたので、二人を組ませる事にしたのだ。
ジュセルは荷台から杭を三十本程と金槌を取り出し袋に詰める。ディクトとジーナもそれに倣い袋に詰め込む。一行の荷台は全部で三台ある。魔導院、九凪、鬼尖のそれぞれが必要な荷物をそれぞれの荷車に乗せ、馬に引かせていたのだ。
ディクトがまずジーナから受け取った杭を地面に突き刺すと金槌を振り上げ打ち込んでいく。カーン、カーンという小気味良い音が周囲に響いた。
ジュセルはその音を背中に聞きながら森林地帯に足を踏み込んでいく。基点となった杭の位置から大体100~150メートルほどの場所に杭を打ち込み、その二点で結界を形成する。あとはそれを、ひたすらくり返していくというものだ。
「この辺か……」
ジュセルはディクトが打ち込んだ位置から大体の所に杭を打ち込み始める。
コン……
ジュセルの打ち込みは非常に静かであり、ほとんど音はしない。力の使い方に無駄のないジュセルの技量が可能にした妙技と言うべきものである。
ディクトとジーナが歩いてくるのをジュセルは待つことにする。音がほとんどしないためにそのまま先に行った場合には混乱させる可能性があったために待つことにしたのだ。
「ジュセル、もう打ち込んだのか?」
ジュセルの姿を見つけたディクトが声をかける。ジーナもディクトの後ろに立っていた。
「ああ、一応この道沿いに杭を打ち込んでいこうと思ってさ、これなら道具の補充が簡単だからな」
「そうだな。それじゃあ続けていこう。ちょっと急いで行くから見失わないようにしてくれよ」
「ああ、わかった」
ジュセルの提案にディクトもジーナも頷くとすぐさま次の杭の打ち込みに入る。
ジュセルとディクト、ジーナは次々と杭を打ち込んでいく。しばらくして打ち込まれた杭を基点に結界が展開されていくのがジュセル達にはわかる。この結界は壁の役割のために作られたものであるが、森の中での道しるべとしても使えそうであった。
ジュセルは持っていた三十本の杭を全て打ち終えるとディクトとジーナ達をが来るのをその場で待つことにする。すでに入り口から3㎞強の距離に結界を張っていることになる。広大なエルゲイン森林地帯全体からすれば、些細なものであるがそれでも中々広大なものである事には違いが無かった。
ジュセルはボードワン達がどこにいるのか気配を探るとジュセルの現在地よりも約1㎞程離れた位置にいるのがわかる。結界を起動するのにかなりの時間を要する以上、仕方の無い事である。
しばらくすると、ディクトとジーナも杭を打ち終えたらしくジュセルを見つけるとブンブンと手を振っている。その光景を見てジュセルはディクトとジーナに自分の判断を告げるべきか迷っていた。




