結界①
今回から新章です。今回の主役は常識人のジュセル君となります。
なお、魔導院の受験資格について9月12日の14:30頃に加筆しました。
ローエンシア王国の王都フェルネルにある貴族専門の学園であるテルノヴィス学園に一人の男が訪れた。男の名はエルヴィン=ミルジオード、ローエンシア王国の騎子爵に叙任されている人物だ。
エルヴィンがこのテルノヴィス学園にやって来た理由は息子のジュセル=ミルジオードがいるからだ。このテルノヴィス学園は全寮制の学園のために息子に会うためには学園に訪れるしかないのだ。
手早く手続きを済ませるとエルヴィンは学園内を歩く。授業は既に終わり、所々に学生達の姿が見える。時折、学生が見慣れる男性であるエルヴィンを見て怪訝そうな表情を浮かべるが声をかけてくる者はいない。
(さてと……あいつはこの辺りにいるはずだ)
エルヴィンは息子ジュセルの放つ魔力を頼りに歩いていたのだ。人間の放つ魔力の気配は指紋のようなもので、熟練者ならば問題無く特定の本人を探し出すことも可能だった。
息子の魔力の気配を察し、場所を特定するなどエルヴィンには容易な事だ。もしジュセルが現在、墓地などにいた場合は当然ながら魔力の気配を絶つか、偽装するのだが、学園という場所でそのような行動をとる可能性は低い。
「お、いた」
エルヴィンの視線の先に、息子のジュセルがベンチに腰掛けて本を読んでいるのを発見する。
「お~い、ジュセル~」
エルヴィンがにこやかに笑いながら息子であるジュセルに手を振る。名を呼ばれたジュセルは本から視線を向け、エルヴィンを見ると大きく顔を歪める。その表情には“まずい、厄介事だ”と警戒したものが浮かんでいた。
ジュセルは突然、ベンチから立ち上がるとそのまま逃走する。その速度は凄まじく余程の実力者でも捕まえることは不可能というものであった。
「おやおや……勘が鋭くなったな……息子よお父さんは嬉しいぞ」
エルヴィンはジュセルが逃亡した事に腹を立てるでも無く静かにウンウンと頷いている。ちなみにジュセルが逃亡したと同時にエルヴィンも追走を開始しており、ウンウンと頷いているのは走りながらの事である。
「う~ん……真面目にやらないと逃げられるな」
エルヴィンはそう独りごちると追跡に速度を上げる。そしてエルヴィンは懐からボーラボーラを取り出した。ボーラボーラは紐の両端に重りを結びつけ広がるように投擲する道具だ。
エルヴィンはボーラボーラを息子に何の躊躇いも無く投擲する。
「どわぁぁ!!」
投擲されたボーラボーラがジュセルの足に巻き付くとジュセルはエルヴィンの目論見に通りに転倒する。
「いてて……げ!!」
転倒したジュセルが顔を上げるとそこにはにこやかに微笑む父エルヴィンの顔がある。父がこの顔をする時は何かしら厄介事を持ってきた事をジュセルは理解していたのだ。
「息子よ、父さんは悲しいぞ。顔を見た瞬間に逃げ出すなんてどうしてそんな子になってしまったんだ?」
「自分の胸に聞いて見ろ!! 顔を見た瞬間に攻撃しなかった俺の心の広さに感謝するべきだぞ!!」
「まったく……実の息子にここまで言われながらも堪え忍んでいる父の心の広さに感謝すべきだぞ」
「うっさい!! 息子にいきなりボーラボーラを投げつける親が心の広さをアピールするな!!」
「じゃ、茶番はここまでにして本題に入ろうか」
「茶番じゃ無いだろ!! 俺にとっては大事な事だろうが!!」
「まずな、お前に仕事を持ってきた」
「話を聞けよ!!」
「結界を張るのを手伝え」
「大体、仕事って……え? 結界?」
抗議を行っていたジュセルであったがエルヴィンの言った結界という言葉に抗議を一時中断する。エルヴィンの実力なら並大抵の結界であれば一人で問題無く張ることが出来る。にも関わらずジュセルに手伝いを頼むというのは相当に凝った結界を張るつもりである事が理解できたのだ。
「そうだ。このローエンシア全体を覆う超巨大な結界だ」
「ボケたか親父」
エルヴィンの言葉にジュセルが素直すぎる反応を返す。一国を覆うような結界が個人で張れるわけがない。いかにエルヴィンの力が並外れてても限度というものがある。
「ふ……お前の常識では作れないだろうが、俺には作れる」
「そんな巨大な結界をどうやって作るんだよ。常識で考えろよ」
「甘いな、ジュセル。常識は知るものであり信じるべきものではない」
「なら親父は良識を信じてくれよ」
「さて、結界の張り方だが」
「お~い、何なのこの人、面倒になるとすぐこれだ……」
ジュセルの抗議はまたしても流される。ただ、抗議はしたのだがジュセル自身もエルヴィンのアイディアが気になっていたのは事実だった。ジュセルの実力は間違いなく超一流の魔術師であると言って良いのだが、現在のエルヴィンに及ばないことを自覚はしていたのだ。
「お前は一つの結界でこのローエンシア王国を覆おうとするからダメなんだ」
「は?」
「つまりだ。数多くの結界を煉瓦のように組み立ててローエンシア王国を覆えば問題無く出来るだろ」
エルヴィンの意見にジュセルは頭の中で実現可能かどうか考えて見ると実現可能という結果が出る。ただ、ある条件を無視すればという事であった。
「いや、確かに出来るだろうけど……親父……それって凄まじい時間がかかるぞ。俺の残りの人生をつぎ込まないと終わんない……」
ジュセルの懸案事項は時間である。もし、この広大なローエンシア王国を覆うだけの数の結界を作っていけば軽く見て5~60年はかかると思ったのだ。
「ふ……甘いな。俺達二人だけで行うわけ無いじゃないか」
「え、そうなの? 協力者がいるんだ。それならそうと言ってくれよ」
「ははは、当たり前じゃ無いか。魔導院の連中が手伝ってくれるそうだ」
「魔導院が?」
エルヴィンからもたらされた情報にあった魔導院という単語にジュセルは顔を曇らせる。
魔導院とはローエンシア王国の機関であり、文字通り魔術、魔導関連を取り仕切る機関だ。所属する職員は約300名、全員が一流の魔術師であり、日夜魔術の研究にいそしんでいる。魔術の研究の内容は、軍事関連、医療、農業、土木等多岐にわたる。
そこで培われた技術は国民に伝えられ、さらに発展させることになる。もちろん、考え無しにすべての技術を民間に伝える事はしない。使い方次第によっては恐ろしい進化を遂げ社会を混乱に陥れる可能性があるため、払い下げには細心の注意が払われている。
そして、この魔導院に所属する魔術師達は有事の際には、徴用され戦地に赴くことになっている。その際に五つの実働部隊に編成されることになっているのだ。
ちなみに魔導院に入るには、難関な試験に合格しないといけないのだが、受験資格はローエンシア王国に所属している事であり身分、性別、年齢は一切問われないのだ。殺人、強盗等の凶悪な犯罪歴がある者はさすがに受験資格はないが、基本誰であっても受けれるようになっているのだ。
魔導院の職員は自分達が特別な仕事をしているという意識から他者を見下す事が多々あったのだ。ジュセルはこの王都に来て、父の使いとして魔導院に行った事があったのだが、そこでの対応がよろしくなかったのだ。
「そうだ。ジュラスに俺のアイディアを伝えたら、魔導院の連中が出張ってきてな。自分達も手伝うと行ってきたのだ」
「親父……それって」
「まず十中八九、手柄を横取りするつもりだろうな。そこまではいかなくても実績をアピールするつもりじゃないかな」
「だったら、魔導院の連中にやらせれば良いんじゃないか?」
ジュセルの意見にエルヴィンは首を横に振る。
「魔導院の連中に任せてたら時間がかかりすぎる。そこで俺は個別に動くことにしたからお前が魔導院の連中と一緒に結界を張れ」
「は?」
エルヴィンの言葉にジュセルの口から呆けた声が出た。




