神殺(かみごろし)⑫
「あんた達もイベルの召使い? お呼びじゃないわさっさと消えなさい」
レミアが突如現れた男二人に言い放った。レミアの言葉に二人の男は余裕の表情を浮かべている。
男達は執事服に身を包み、それぞれ身長は185㎝程で見かけは完全に人間のものであった。
片側の男は金髪に碧眼、中々の美丈夫である。腰に長剣を差しておりその放つ雰囲気から凄まじい実力者である事が伺い知れる。
もう一人の男は、赤い髪に茶色い瞳であり、線の細さはあるもののそれが弱さを表したものではない事が伺い知れる。
二人ともフォルベルなどとは比較にならない実力者であることをレミアとフィリシアは感じていたのだ。
「レミアの言うとおりです。私達はこの肩から情報を聞き出すのに忙しいんです。もし邪魔をするつもりなら始末しますよ」
フィリシアの過激な発言に対して二人の男はまた余裕の表情を浮かべている。レミアとフィリシアの実力が自分達に及んでいないとみなしていたため、虚勢を張っていると思っていたのだ。
「ふん……きゃんきゃんと吠える娘達だな」
金髪の男は腰に差したレイピアを抜くと鋒をレミアに向ける。
「グラムス、俺はあの元気の良いお嬢ちゃんを相手にする」
金髪の男が赤髪の男をグラムスと呼んだことで、金髪の男はケイラ、赤髪の男はグラムスという事が判明する。
「そうか、あんまりやり過ぎるなよ。美しい顔が穴だらけになるのは少しばかりもったいないからな」
「ははは、お前こそあの赤髪の女を斬り刻むなよ。ああいう女は首筋を斬り裂いて、血をまき散らせるのが最高に見栄えが良いんだからな」
「わかってるさ。さて、お嬢ちゃん達はここで死んでもらう事になった。出来るだけ足掻いてくれよ」
グラムスとケイラは嘲るような口調であり、レミアとフィリシアを挑発している事はあきらかであった。あからさまな挑発にレミアとフィリシアは眉一つ動かす事無く、新手の二人を見ている。
「レミア、あの方々は中々下手な挑発をしてくれますけど、どうします? お望み通り、金髪の雑魚の相手をレミアが、赤髪のクズの相手を私がしますか?」
「そうね……正直、どっちでもいいのだけど……せっかくのご指名だから受けることにしましょうか」
「わかったわ。それでどうする?」
「何が?」
「口は一つで十分だと思うから二つぐらい“減って”も大丈夫と思わない?」
フィリシアの減ってもという言葉は、殺す事を意味しているのは明らかだ。さすがにこの挑発には気分を害したのかケイラは眼を細める。
「あ、そうそう。あなた方に聞いておきたい事があるんですが……」
フィリシアがグラムスとケイラに思い出したかのように問いかける。
「あなた方とルベルシアはどちらが強いんですか?」
フィリシアの質問に二人は答えない。ルベルシアの名が出た事で二人の表情に警戒の色が強まっているのをレミアとフィリシアは悟る。
「まぁ、強いと言う事はないでしょうね。良くて互角、もしくは下と見るべきですね」
フィリシアは二人の返答をまたずに断定する。フィリシアがそう断定した理由は、先日アレンがイベルに襲われた時にイベルの側にいたのはルベルシアだったという事だった。イベルの力が万全でない今、護衛には最も信頼の置ける者が選ばれるはずだ。もちろん例外はあるだろうがルベルシアよりも戦闘力に劣る可能性が高いとフィリシアはみたのだ。
「フィリシアの言う通りね。アレンの話ではルベルシアはそれほどの技量があった相手でなかったという話よね」
レミアの言葉にグラムスとケイラは訝しげな表情を浮かべていた。
「ああ、ルベルシアを斃したアレンティス=アインベルクは私達の婚約者よ」
「なんだと!?」
グラムスが怒りに燃えた視線をレミアに向ける。神の怒りに燃えた視線を浴びせられているというのにレミアは涼しげな顔をしている。
「ちなみに言っておくけど、イベルの戦力を削るつもりで私達はここに来たのよ。そうしたら側近と思われる連中がのこのことやってきたというわけ」
レミアの言葉は真実では無い。真実では無いがここで本当の事を言う必要がないのは当然である。レミアの発言の意図は自分達がおびき寄せられたという事を意識させ、罠の存在をちらつかせることで戦いを有利に進めるためだ。
「フォルベルに勝ったからといって、図に乗るなよ。フォルベルは所詮、神とはいえ末端に名を連ねるものだ。我らとは比較にならん」
ケイラの言葉にレミアもフィリシアも呆れたような表情を浮かべる。その表情が気に入らないのは勿論であるが、同時に余裕が気にかかっていた。この段階でグラムスとケイラは、術中に嵌まっていると考えて良いのかもしれない。
「さて、これ以上話しても意味はなさそうね」
「そうね……それじゃあ、相手をするとしましょうか」
レミアとフィリシアはまるで上位者のような態度で二人に相対していた。もちろん、レミアもフィリシアもグラムスとケイラを甘く見ているわけでは無い。余裕ある態度は半分は演技である。
「どこまでも舐めてくれるな……人間如きが!!」
ケイラが動く。一瞬で間合いをつぶしたケイラが構えたレイピアをレミアの顔面に向けて突き出す。上半身がまったくぶれずに放たれた刺突を、レミアは身を屈めて躱すと同時に右手に持った剣でケイラの首に斬撃を放つ。
カウンターで放たれたレミアの鋭い斬撃は一流の剣士であっても何が起こったか理解できないまま首が落ちる事になるだろう。だが、神を名乗るケイラは人間の常識では吐かれない相手だった。上半身を仰け反らせレミアの必殺の斬撃を見事に躱したのだ。
だが、ケイラはレミアという相手もまた常識外の実力を有している事を次の瞬間に思い知らされる。レミアにとって首への斬撃は本命では無かった。本命は左の斬撃だったのだ。
上半身を仰け反らせるということは、下半身はそのまま残っている事を意味する。レミアは残った下半身に斬撃を放つ。
シュパァァァァァ!!
レミアの斬撃がケイラの両太股を斬り裂く。ケイラにとって太股に発した鋭い痛みは完全に予想外の出来事であり、意識は一瞬であるがそちらに集中してしまう。
そこにフィリシアが飛び込むと魔剣セティスを一閃する。
「あ……」
ケイラの口から呆けた言葉が発せられる。そして次の瞬間にケイラの首が落下を始める。フィリシアの斬撃はケイラの首を斬り落としたのだ。ケイラは自分の首が斬り落とされた事にまったく気付いていない。フィリシアの剣は鋭く、静かにケイラの首を落としたのだ。
地面に落ちたケイラの首は現状を理解していないようだったが、自分の首が斬り落とされた事に気付くと驚愕の表情から、絶望の表情に変わるとその表情が消えた。
「ケイラ!! そ、そんな馬鹿な!! こんな事があって良いわけがない!! 人間が神を殺すなどあってはならないんだ!!」
グラムスは狂ったように叫びだした。神である自分達を上回るレミアとフィリシアという存在の不条理に対しての呪詛であった。
「その程度の認識だからあんた達は負けるのよ」
レミアの言葉が冷たく響く。レミアの言葉にグラムスは叫ぶのを止め、憎々しげに睨みつける。
「さて、終わらせるとしましょう」
フィリシアが静かに言って剣を構える。フィリシアが剣を構えるのを見て、レミアも構えをとった。
レミアとフィリシアが剣を構えるのを見て、グラムスはゴクリと喉を鳴らした。




