神殺(かみごろし)⑦
キィキィィィィィン!!
アンデッド二体の振り上げた剣を男は一歩踏み出し間合いを潰してから剣で受け止める。二つの斬撃を男は両手に持った剣で受け止めたのだ。男は一本の剣しか持っていなかったのだが、すぐさま魔力でもう一本の剣を形成したのだ。
アンデッドの襲撃に気付いて、すぐさま二つの斬撃に対処するのは、やはりこの男の技量が並外れている事を示していると考えて良いだろう。
「ふん……無粋なや…がぁ!!」
バギィィィィ!!
男が死の聖騎士に嘲りの言葉をかけようとした所に後頭部に凄まじい衝撃が発した。その衝撃は大きく男は3メートルほどの距離を飛んだ。
(な……なんだ!?)
男は思わぬ攻撃を受け混乱しつつも、不意討ちの相手を確認する。そこにはレミアが着地した瞬間があった。男が死の聖騎士の斬撃を受け止めた瞬間に背後に回り込むと跳び蹴りを男の後頭部に放ったのだ。
斬撃を防ぐことに意識を向けていた男は、レミアの気配にまったく気付かずにまともに攻撃を受けてしまったのだ。
「あらら……まさか、決まるとは思わなかったわ。剣でやらなくて良かったわね」
レミアのあんまりな言い分に男は怒りのために目の眩む思いである。だが、レミアとすれば呆れるのも当然であった。なぜなら、室内にいるときから殺気を隠そうともせずに近付いてきてれば、レミアとフィリシアにしてみれば“先手を打って下さい”と懇願されているに等しい。
そこまであからさま隙を見せているのに、レミアが双剣を振るわなかった理由は、男から情報を聞き出すためであり、いきなり殺すわけにはいかなかったのだ。殺すつもりならフィリシアも攻撃に参加していたはずである。
「人間如きが舐めた真似をしてくれる!!」
怒りに燃えた眼で男は叫ぶ。
(人間如き……ね。魔族じゃないし、悪魔が化けてるのかしら?)
フィリシアは男の発言を聞き男の正体について考えている。だが、同時に男の口調から少しばかりプライドを刺激すればいくらでも情報を引き出せるタイプであることを察した。ちらりとレミアを見ると頷いているので、レミアも同じ意見らしい。
「人間如きって……あなたも人間でしょう? 何言ってるんです?」
フィリシアは男に嘲るように言う。人間を見下しているのなら、その人間と同一視すれば屈辱に感じるはずだ。
その企みはあっさりと成功した事が次の男の言葉からレミアとフィリシアはわかる。
「俺を人間ごときと一緒にするな!! 俺の名はフォルベル!! 偉大なるイベル様に仕える神だ!!」
あっさりと自分の名前と誰とつながりがあるかを暴露した事に、レミアとフィリシアは一瞬だが呆けてしまった。まさかいきなり自分達の知りたい情報が手に入るとは思っていなかったのに、この展開である。
(こんなにあっさりと……罠かしら?)
(罠の可能性を想定しておいた方が良いわね)
レミアとフィリシアはフォルベルの言葉を頭から信じるような事はしない。だが、同時にイベルの部下である事を二人に告げる理由はどこにも無い以上、本当の事を言っている可能性も高いのだ。
「それで、あなたは何の目的で冒険者の方々を浚ってるの?」
フィリシアの声にはため息を堪えるような響きがあったが、今回の件で絶対に聞いておかなければならない事だった。
フィリシアの質問にフォルベルはニヤリと嗤う。先程までの怒りが霧散したような表情である。だが、怒りは収まっているわけでない事をレミアもフィリシアも察している。
(……挑発か、乗った振りをした方が得なのかしら……判断に迷うわ)
フィリシアがそう思い、ちらりとレミアを見るとレミアも態度を決めかねているらしい事を、その表情から察した。
「偉大なるイベル様への供物だ。人間のような下等生物であってもイベル様の力を蘇えさせるための糧となるからな」
フォルベルの得意気な顔にうんざりしつつ、フィリシアはさらに言葉を続ける。
「つまり……殺したというわけね。それで何人ぐらいの命をイベルに捧げたの?」
「いちいち数など数えてるはずはないだろう」
フィリシアの言葉にフォルベルは醜く顔を歪めて言い放つ。あからさまな挑発であり、一々反応するのもバカバカしいレベルだ。ただ、挑発されっぱなしというのはあまり好きでないので、フィリシアは挑発し返す事にした。
「あ、そうなんですか。あなた方は数の数え方というものをご存じないのですね。神というのはその程度の文化も持っていないというわけですか。心から同情します」
「何だと!?」
フィリシアの言葉の意図することを咄嗟に判断できなかったフォルベルは呆けた声を出す。
「ああ、数の数え方を知らない程度の文明が神のレベルなのですからしかたありませんね。数というのは、“ものの順序を示したり、量を表すための語、概念”という事です」
フィリシアの思い切り虚仮にした言い方にフォルベルは怒りの声を上げようとするのをフィリシアはさらに言葉を重ねることで封じる。
「あ、語とか概念とか理解できないですか? すみませんね……これ以上、アホにもわかるように説明するのは難しいですね。何と言えばいいんでしょう……低脳にわかるように説明するのは本当に苦労しますね。レミア」
フィリシアに声をかけられたレミアは苦笑をしながら答える。フィリシアの挑発というよりも悪口にフォルベルの怒りは加速度的に高まっているのがレミアには侮蔑の対象でしかなかった。
「どうしたの?」
「このアホにもわかるように数の数え方を教えてあげたいんですが、この低脳にもわかるような方法はありませんかね?」
「無理よ。犬に人間の言葉を話させる方がまだ実現可能じゃないかしら」
フィリシアの言葉にレミアも思い切り同情するように答える。レミアもまたフォルベルの言い分に不快感を十分に刺激されており容赦をするつもりなど一切無いのだ。
「そう、ごめんなさいね。フィルベルさん。あなたのような低脳に無茶を言ったわ。数の概念なんてあなた達ごときに理解できるわけないわね」
フィリシアは意図的に名前を間違えて虚仮にする事で挑発を終わる。フォルベルの表情は噴火直前の火山のように真っ赤になっている。フィリシアとレミアにしてみれば効果があって何よりという所だ。
「人間如きが!! 楽には死なせんぞ。貴様らの四肢を切断し、亜人種共に陵辱させてガキを孕んだところを腹を斬り裂いてくれる!!」
フォルベルの侮辱をレミアとフィリシアは軽く受け流すと冷たい声で宣言する。
「何言ってるのやら……ここで死ぬのはあんたよ」
レミアはそう言うと双剣を構えると同時に凄まじい殺気をフォルベルに放つ。次いでフィリシアも冷酷にフォルベルに告げる。
「あなたごときの命では死んだ方々には及びませんがせめてもの慰めにしましょう」
フィリシアも剣を抜くとニヤリと嗤う。
「神に逆らう愚か者が!! 思い知らせてくれる」
フォルベルも両手に剣を構えるとフィリシアに斬りかかった。
ちょっと、テンポが悪くなりましたがご了承下さいね。




