試合⑧
アレンとジェスベル達が睨み合い徐々に緊張感が高まっていく。その緊張感にジェスベル達はゴクリと喉を鳴らした。初めてアレン達と相対した時には感じられなかったアレンの強大さは今でははっきりとわかる。自分が強くなりアレンの実力を感じられるようになった今、どのような策を弄した所でアレンとの差が埋まることは無いと言う事はジェスベル達は理解している。
だが、それでもジェスベル達は努力を止めるつもりはなかった。自分達の力が及ばないのはわかっているが、それを理由にして努力を怠る事など現在の彼らの選択肢にはないのだ。
「いくぞ……」
ジェスベルは小さく呟く。アレンに向けた発言ではない。ただ自分の覚悟を口に出したに過ぎない。その事をアレンは察していたため、それを嘲るような事はしない。
アレンは戦いの場に立てば、相手の地位、実力、財力、性別など一切考慮しない。最も効率的な戦い方を選択し、一切の油断と容赦を排して戦うのだ。一見非情にも思える思考であるが、相手を対等に扱っているとも言える。
ジェスベルの動きは前回の試合よりも遥かに洗練されていることをアレンは先程の攻防で察している。現段階ではアレンに及ばないが確実に実力があがっているのだ。
ジェスベルは踏み込む。アレンの間合いに恐れる事無く踏み込むと同時に斬撃を放つ。鋭い打ち込みであったがアレンは下がるではなくむしろ踏み出し、手にした木剣でジェスベルの斬撃を受け流すとそのまま胴を薙いだ。
ドゴォォォオ!!
アレンの胴薙ぎをまともにくらったジェスベルはそのまま膝から崩れ落ちる。だが、アレンは未だに警戒を解かずに、上段から木剣を振り下ろした。真剣であれば今の攻防でジェスベルの胴は両断され勝負は着いたのだろうがこれは木剣での試合だ。真剣でない以上、反撃は想定されてしかるべきだ。
カシャァァァァッァァン!!
アレンの上段斬りにカルスが巨大な木剣で受け止める事に成功する。
「ぐ……」
体格的にカルスがアレンよりも優れているのは事実であったが、アレンの膂力はカルスを上回っている。アレンは魔力による身体機能の強化、力が最も発揮しやすい体の使い方をしておりカルス以上の膂力を発揮していたのだ。もし、カルスがアレンと同等の魔力による身体機能強化、力を発揮する体の使い方をしていた場合は体格的に優れているカルスが勝利を収める事が出来たかも知れない。だが、その域まで達していない以上、アレンの方に分があったのだ。
カルスが膝をつき少しずつ剣が押され始めた時にドロシーの横槍が入る。ドロシーはアレンの足下に滑り込み膝の裏と前足首を同時に挟み込みアレンの転倒を狙ったが、アレンは跳躍してそれを躱す。
ドロシーの攻撃を躱すために跳躍したことで、カルスを押さえ込んでいた力はなくなり、カルスはその膂力を大いに発揮するとアレンを巨大な木剣で弾き飛ばした。アレンは数メートルの距離を飛ぶと地面に悠々と着地した。
着地したアレンにロフの魔矢が放たれたが、アレンは木剣に魔力を通して強化すると瞬く間に飛来した魔矢をあっさりとはたき落とす。アレンへ攻撃したと言うよりもジェスベル達に一呼吸の時間を与えるために放ったと言う事をアレンは悟った。
(仲間への支援がより細かくなっているな……)
アレンはジェスベル達の連携が思い思いの行動ではなく、仲間のための行動となっている事を感じている。初めての戦闘での連携はまったくと言って良いほどなっていなかった。
結局の所、一対一を四回くり返しただけであり、アレンにしてみれば何の脅威も感じることはなかったが、前回では一対四の戦いになっていた。そして今回はそれよりもより連携の精度が上がっている事を感じた。
(確実に伸びてきてるな……)
アレンはジェスベル達のチームの評価をもう一段階引き上げる。その気配を感じたのかカルスとドロシーは身構える。ロフはジェスベルの元に駆けつけると治癒魔術を施し始める。ロフの魔術の腕前は明らかに上がっており、かなりの深手のはずであったジェスベルは30秒ほどで完治した様であった。
ゴガァァァン!! ドパァァァッァァン!!
ジェスベルが戦列に復帰したところで、フィアーネ、レミアが戦っていると思われる場所から何かが砕ける音が聞こえてくる。どうやら、あちらの方でも派手に戦いが始まっているようだった。
いくらロムでも、フィアーネとレミアの二人相手に勝利を収める事は困難を極める事は間違いないだろう。だが、だからといって無傷での勝利というのもほぼ不可能である事は確かだ。
「アレン様!!」
「アレンさん!!」
そこにアディラとフィリシアがやって来る。二人は土壁がランダムに形成された事で、相手チームの目的がアレン達の分断である事を察するとすぐさま合流すべく行動を開始したのだ。
「アディラ、フィリシア、あっちの方で二人がロムと交戦中だ。援護に入ってくれ」
「でも……アレン様は」
「俺は大丈夫だ。相手はどうやら時間を稼ぐつもりらしい。ロムが援護にくるのを待っている可能性が高い」
アレンの言葉はジェスベル達の戦いが消極的すぎることに対しての感想であった。時間稼ぎする理由は、ロムが来る事を待っているのだ。少なくともジェスベル達はロムが何らかの手段でフィアーネとレミアをやり過ごし、ここに駆けつけることが出来る根拠があるという事だ。その根拠は現時点のアレンにはわからない。ところがアディラとフィリシアがフィアーネとレミアの元に辿りつけば、その根拠は一気に実現の可能性が下がることは間違いない。
「二人ともロムがどのような手段でここに来るつもりかわからない。だが、二人が行ってくれれば相手の狙いを潰す可能性が一気に上がる」
アレンの言葉にアディラとフィリシアは頷くとロムとの戦いの場所に向かって駆け出す。ジェスベル達はそれを制止する素振りすら見せなかった。
「止めないのか?」
アレンの言葉にジェスベルが自嘲気味に笑いながら首を横に振る。
「いや、あなた相手にそんな芸当が出来るなんて自惚れてない。こっちとすればロムさんが駆けつけてくれることを信じて耐えるだけだ」
ジェスベルの言葉にアレンは意外な表情を浮かべる。ロムが駆けつける根拠などどこにもなかったのだ。単純にロムがあの二人、いや四人の婚約者達をやり過ごしてこの場に駆けつけることは単なる賭でしかなかったのだ。
(本当に非合理的だな……だが、そんな非合理的な賭だからこそやる価値はあるな)
アレンは心の中でニヤリと笑う。こういう風な非合理的な行動は実の所、アレンは決して嫌いではない。合理的な行動を破るのは非合理的な行動であり、非合理的な行動を制するのは合理的な行動なのだ。そこには明確な力関係など存在しない。その時に状況でいくらでも結果は変わってくるのだ。
「そうか……こちらとすればあんた達を倒しておいて、ロムがやって来た場合に備えるとしよう」
アレンの言葉にジェスベル達は緊張を高める。自分達よりも圧倒的な強者であるアレンが一切の油断なく事を進めようという宣言に戦慄せざるを得ない。
ジェスベル達の呼吸は極度の緊張のために徐々に浅くなっていく。その様子を見てもアレンは一切の油断はない。
アレンが稲妻のような動きでジェスベル達に襲いかかる。
カァァッァァァン!!
アレンの木剣とカルスの巨大な木剣が衝突し凄まじい音を発生させる。アレンはカルスと鍔迫り合いをすることなく反動を利用するとそのまま回転しドロシーに斬撃を見舞った。
「きゃあ!!」
かろうじてドロシーはアレンの斬撃を受け止める事に成功するがその斬撃の威力を受け止める事は出来ずに吹き飛ばされてしまう。地面を転がるドロシーへの追撃を行おうとしたが、そこにジェスベルが割って入る。
アレンはジェスベルに斬撃を見舞う。狙った箇所は首だ。ジェスベルはアレンの凄まじい斬撃を手にした木剣で受ける。もちろん凄まじい威力のアレンの木剣をまともに受ければ吹き飛ばされてもおかしくない。そのためジェスベルはアレンの斬撃を受け止めようとはせずに受け流すことを選択する。
だが、アレンの斬撃の威力、速さが受け流すことを成功させなかった。それでも日頃の修練の賜かジェスベルの木剣はアレンの斬撃の四割ほど受け流すことに成功する。もしまともに受けてたら勝負が決していたかも知れない。
そこにカルスが上段斬りをアレンに放つ。凄まじい上段斬りであったがアレンは木剣の受ける角度を調節すると見事にカルスの上段斬りを受け流す。
(な……この状況でもダメか)
カルスはジェスベルに斬撃を放った直後の硬直を狙った必殺の斬撃をあっさりと受け流された事に驚嘆する。そして自身の斬撃を受け流したアレンが懐に潜り込むと同時に胴を薙ぐのを、妙に遅く感じそれをじっくりと眺めていた。アレンの胴薙ぎがカルスの腹にめり込み、すぐさま発した凄まじい苦痛に膝から崩れ落ちる。そして次の瞬間に頭部に軽い衝撃を感じた所でカルスの意識は途切れた。
胴を薙いだアレンはそのままカルスの側頭部に斬撃を叩き込んだのだ。もちろん、頭を砕くような一撃ではなく意識を刈り取るためのものでありカルスの今後に深刻な後遺症をもたらすものでは無い。
「カルス!!」
ジェスベルが仲間の昏倒を見て叫ぶ。アレンはその動揺を見逃すような事は決してしない。アレンは再びジェスベルに対して斬撃を見舞った。カルスがやられたことによる動揺による一瞬の対処の後れが先程のように受け流す事を許さなかった。
「ぐ……」
ジェスベルは吹き飛ばされる。凄まじい威力の斬撃を受けたため、腕がしびれてしまったのだ。
(まずい……もうもたない)
ジェスベルが覚悟を決めたとき、待っていた人物が到着する。その人物とはもちろんロムの事だ。ロム達が戦っていた場所を見ると20メートルほどの高さの鉄の壁に覆われている箇所が見える。
「お待たせいたしました」
ロムが優雅な一礼をする。見たところ、四人との戦いで満身創痍と行った感じであるがそれを一切感じさせない優美な動作だった。
「さて、みなさんアレン様相手によくここまで持ちこたえる事が出来ましたね」
ロムの言葉にジェスベル達は少しだけ表情が和らぐ。
「アレン様、それでは婚約者の皆様方がここに来るまで僅かな時間しかございませんので早速始めさせていただきます」
ロムはニッコリと微笑み、アレンもニヤリと笑う。そして、そのまま戦闘になだれ込んだ。




