試合⑦
「く……」
ロムの口から苦痛、いや失敗を悔やむ言葉が発せられる。ロムにしてみればレミアが二本の木剣をこの場で投げることはないと判断した事による失敗だった。
(いくつになってもこの希望的観測に基づくクセは治りませんね)
ロムは心の中で自嘲する。ロムは時として希望的観測に基づき行動する事がある。もっともロムは規格外の実力を有しているため、相手が想像を超えた行動をとっても力尽くでねじ伏せることも可能なので大きなケガになった事はない。
ロムは自嘲して反省しているが、実際に土壁を投擲した“木剣”で突き破るなどという離れ業を行える者がどれだけいると言うのだろうか。これはロムが迂闊と言うよりもレミアもまた規格外の実力を持っていたという事に他ならない。
ロムは土壁を解除すると土壁がボロボロと崩れ去る。ロムの視界には左手を庇うフィアーネ、武器を手放して無手での戦いに備えるレミアの姿がうつる。
「フィアーネ、レミア」
そこに二人に声をかける者が現れる。その声は可愛らしい少女のものでありアレンのものではないのは確実だ。レミアは細心の注意を払い声の方向を見るとそこにはフィリシアとアディラがいた。
「二人ともどうしてここに……」
レミアの言葉にアディラが答える。
「話は後!! レミアとフィリシアはロムさんの相手を私はフィアーネの治療を」
アディラの言葉にレミアは頷くとフィリシアはロムの前に立ちふさがり、フィアーネを庇う。フィアーネはすでに立ち上がっており戦闘は十分に可能なのだが手負いの状況でロムと戦えば不覚を取ることも十分にあり得るのだ。
「フィアーネ、大丈夫?」
「うん、ありがと」
「顎は大した事無いわね。でも左手……」
アディラはそういうと左手に治癒魔術を施し始める。ロムの土壁が顎に直撃する瞬間にフィアーネは咄嗟に左手を顎と壁の間に入れる事に成功したため、顎が砕けることはなかったが挟まれた左手の甲の骨が砕けていたのだ。
「ありがと……アディラ」
フィアーネの礼の言葉にアディラは微笑みながら治癒魔術を継続している。実際にアディラの治癒魔術の腕前は専門の治癒魔術に比べれば一枚も二枚も落ちるのは間違いないが、フィアーネの骨の治癒については問題無く行えわずか1分ほどで完治することが出来た。
「フィリシア、こちらが有利だけど油断しないでね」
「わかってる」
レミアの言葉にフィリシアは頷くと木剣を正眼に構えロムに相対する。
(さて……もう少しですね)
ロムは心の中で呟くと魔力を体に纏う。身体能力の許可とともに防御力を向上させ四人と戦うつもりである事を四人に知らしめる。
四人は絶対的に有利な状況にあるのに関わらずそこに一切の油断はなかった。ロムという強者が相手という理由もあったのだが、もともと油断するという思考とは一切無縁の彼女たちだ。
フィアーネが雷光のような動きでロムに向かって間合いを詰める。そこにロムが意識を向けた瞬間にレミアが動く。そしてフィアーネ、レミアに意識を向けた瞬間にフィリシアも動いた。
三人が三人それぞれに動き、ロムからそれぞれ意識を分散させる。いつのも戦いであればこの段階でアディラが急所を射貫くのだが、この試合においてアディラの弓術が使用不可である事はロムにとって幸いだった。
位置的に最も近かったフィリシアの斬撃がロムに放たれる。限りなく鋭さを増した突きがロムの首筋に放たれるが、ロムはそれを前進し最小の動きで躱すとすれ違い様に裏拳をフィリシアの顔面に放つ。
フィリシアあその裏拳の一撃を顔を捻って躱すとそのまま回転しロムの首筋に向け斬撃を放った。ロムはその斬撃を屈んで躱すと同時に後ろ回し蹴りをフィリシアに放つ。
ガギィィィィ!!
フィリシアはロムの後ろ回し蹴りを左腕でガードするがその威力は凄まじくフィリシアの体は地面を離れ3メートルほどの距離を飛んで地面に着地する。時間にすればわずか1秒ほどの時間であったが、それでも1秒もの間、フィリシアの斬撃がこなくなったのはロムにとって大きな収穫であった。
だが、その1秒の時間を稼いだときにはフィアーネがすでに間合いを詰め、ロムに拳を繰り出している。ロムはその拳を何とかいなすと同時に手のスナップを利かせてフィアーネの顔面に裏拳を放つ。鞭のようにしなったロムの裏拳はフィアーネの眼に放たれている。
フィアーネは咄嗟に躱すが、それはロムの本命ではない。ロムの狙いたフィアーネの眼ではなく先程放たれた右拳だった。ロムは目打ちを放った手を引き戻すと右腕の肘に添えると一気に極める。
「く……」
フィアーネは完全に極められる一瞬前に自ら跳び拘束を躱すとロムに体当たりする。
「ぐ……」
凄まじい衝撃にロムはたまらず吹っ飛ぶと2メートルほどの距離を飛び着地する。そしてその瞬間に背後に回り込んだレミアの右拳がロムの腎臓の位置に放たれる。ロムはその一撃を察すると体を捻りレミアの一撃を防ごうとした。
だが、レミアは人造への一撃が入らない事を瞬間的に察するとピタリと止め、後ろ回し蹴りをロムの顔面に放つ。
ドゴォオォォォォ!!
レミアの後ろ回し蹴りがロムの顔面に入ればそのまま昏倒した事だろう。だが、ロムは咄嗟に右腕でレミアの後ろ回し蹴りをガードする事に成功する。
「みんな、どいて!!」
アディラが叫ぶと同時に【魔矢】を放つ。三人が作ってくれた時間を最大限に活かした数十本の魔矢が一気にロムに向かって飛来する。
三人は一歩下がり射線を開け、ロムは放たれた魔矢を迎撃せざるを得なくなる。もし、躱せばすぐさま三人のうち誰かに攻撃を受けるために魔矢の流れの中にいる方がまだマシと判断したのだ。
ロムは両腕に魔力を集中するとアディラの放った魔矢をはたき落とし始める。さりげなく弾き飛ばした射線上にフィアーネ、レミア、フィリシアがおり牽制することも忘れない。
全てはたき落とした瞬間に、フィアーネ、レミア、フィリシアが息のあった連携を仕掛けてくる。
ガギィィィィィ!!
フィアーネの拳がまともにロムの顔面をとらえる。ロムは仰け反った顔面をすぐさま戻すとフィアーネの左腕を掴むとそのまま捻り投げ飛ばす。半分はフィアーネが自分から飛んだのだがレミアの前に着地する事になりレミアの攻撃が一瞬やむ事になる。
だが、フィリシアはそうではない。フィリシアは容赦なくロムの背中に上段から木剣を振り下ろした。
「ぐ……」
ロムの背中に凄まじい衝撃が走る。ロムの膝が砕けそうになった時にもう一つの木剣がロムの胴に放たれる。この木剣を放ったのはアディラだ。三人の攻撃を捌くことに集中していたロムはアディラの一撃をまともに受けてしまう。
「がは……っ」
ロムは膝から崩れ落ちる。この瞬間に四人が勝利を確信したのは間違いない。ここまでやってまだ立ち上がる余力があるとはいくらロムとは言え思えない。あとはそれを確定するだけだった。
だが、四人はロムという実力者を過小評価していた事を次の瞬間に悟る。ロムの座り込んだ場所から直径1メートル前後の地面が突然せり上がるとあっという間にロムを20メートル程の高さまで上昇させる。
「危ないところでした……」
ロムはそう言うと【鉄壁】で四人を取り囲んだ。一片10メートル、高さ20メートルの鉄の箱により四人は閉じ込めれてしまったのだ。
「念には念を……と」
ロムはさらに九本の長さ10メートル程の鉄の杭を生み出すとそのまま地面に落とした。落とされた杭は地面に突き刺さり九本の柱が鉄の箱を取り囲んでいるように見える。
「これで少しは時間が稼げますね」
ロムは小さく呟くとアレンとジェスベル達の戦闘が行われている方向を見た。




