試合⑤
「フィアーネ、レミア、俺はフィリシアとアディラを援護する。ロムを任せて良いか?」
「わかったわ」
「先手をとられたわね。挽回するためにはやるしかないわね」
アレンの言葉にフィアーネとレミアが即答する。分断されてこの場にロムが一人で現れたと言う事は残りの四人はアディラとフィリシアの元に向かった事になる。
もちろん、フィリシアもアディラも簡単に敗れるような腕前ではないのだが、それでも分断しないより遥かに勝率が高いのは事実である。
「それじゃあ、頼む」
アレンはそういうとアディラとフィリシアの元へ向かって駆け出す。ロムはそれを黙って見送る。
「邪魔しないんですか?」
フィアーネがロムに言う。
「はい、私の役目はフィアーネ様とレミア様の足止めです」
ロムの言葉はやんわりと二人に言う。そして足運びなどから、二人がどう動いても即座に対応するつもりである事を察する。ロムほどの実力者が足止めに動けば振り切ることは容易でないことは確実だった。
(ロムさんのこの言い方では私達を倒すのが目的というわけではない……足止め……何のために?)
レミアはロムの言葉から思考を巡らす。ジェスベル達の狙いはアディラとフィリシアとアレン達は考えたがもう一つの狙いの可能性を感じたのだ。
「……アレン?」
「え? ……あ!!」
レミアがポツリとアレンの名を呼ぶとそれにフィアーネがその意図を察し叫ぶ。
「ジェスベル達の狙いはアディラとフィリシアじゃなく、アレンというわけね」
「ええ、そう考えるとロムさんの行動も説明がつくわ」
二人の会話をロムは微笑みながら聞いている。その余裕の表情が二人には自分達の推測の正しさを確信させた。
「さて……アレン様の所に行かせるわけにはいきません」
「アレンがそう簡単にやられるとは思わないけど、ロムさんを倒さないといけないというわけですね」
「フィアーネ、やるわよ」
フィアーネとレミアがロムに裂帛の気合いを叩きつけた。
* * *
アレンはアディラとフィリシアの元へ急ぐ、現在のジェスベル達の実力はアレン達に及ばないのは確実かも知れないが、片手間に倒せるような実力でない事は明らかだった。
フィリシアもアディラも、実力的にジェスベル達に後れをとるような事は無いと思われるのだが、分断して狙うという事は勝算があっての事だ。そう思うと一刻も早く合流すべきと思っていたのだ。
壁と壁の間を進んでいたアレンがピタリと止まる。目の前の壁の向こうに気配を感じたのだ。それは殺気と呼ぶには穏やかすぎ、攻撃の意思というには敵意が足りないほどの僅かな気配だ。
だが、アレンは壁の向こうにジェスベル達がいる事を確信した。
(なるほど、四人の狙いはあの二人ではなく俺だったか……)
同時にアレンは四人の狙いが自分である事も確信する。どうやらここまではジェスベル達の狙い通りに事が進んでいるらしい。だが、アレンはその事に対して不快になることはない。勇者時代のジェスベル達ならば遥か格下であり相手をするのも莫迦らしいという感じだったのだが、現在の彼らならばそんな事は一切無い。戦闘力、戦法も格段に上がっておりアレンも警戒するに値する実力者でと見ていたのだ。
アレンは壁に背をつけ、反対側にいると思われるジェスベル達の様子を伺った。そして次の瞬間に眼前にジェスベルが躍り出る。
(何の捻りもなく眼前に大将が? 罠か……)
アレンはジェスベルの登場を罠と判断するといきなり襲いかかるような事はせずジェスベルの動きを注視する。
(隙の少ない構えになっている。 やはり相当の手練れとなったわけか)
アレンがそう考えた瞬間にジェズベルがアレンの間合いに踏み込んできた。勿論、間合いに踏み込むという事は攻撃の意思があるという事だ。
ジェスベルの動きは鋭く、無駄がない。アレンは木剣を構えるとジェスベルの振るう木剣と打ち合う。
カン!! カン!! カァァァァン!!
アレンとジェスベルは剣戟を展開し、アレンの上段斬りをジェスベルが受け止めるという形で両者の動きが止まった。
(他の三人は……なぜ攻めてこない?)
アレンがそう考えた時、先程までアレンが背にしていた土の壁が、日光を浴びた霜柱のごとく消え去るのがアレンの視界に入る。そして、その瞬間にロフの魔矢が数十本の飛来してきた。
「ち……」
アレンは自分の迂闊さに気付いた。この土の壁は魔術によって形成されたものだ。破壊などしなくても術者が術を解きさえすれば、破壊しなくても消滅するのだ。その瞬間に攻撃を仕掛ければ、いや、まずは攻撃を放ち、タイミングを合わせて土壁を解除すれば良いのだ。
反対側にいて気配を絶っているアレンの位置を把握させたのはジェスベルである。ジェスベルが気配を絶たずにアレンに斬りかかり動きを止めればその周囲がアレンの居場所である可能性が大きくなる。
ロフはそこを目がけて魔矢を放ったというわけだ。普通の相手であればこれで詰みという状況だろう。魔矢の直撃を受けるか避けたとしても生じた隙によりジェスベルに叩きのめされるのどちらかであろう。
だが……
アレンは普通の相手と呼ぶにはほど遠い実力の持ち主である。アレンはジェスベルの持つ木剣に足をかけると思い切り蹴り込み、ジェスベルを弾き飛ばした。同時にアレンもその足を伸ばす勢いを利用し、後ろに跳びロフの魔矢の射線上から体を逃れることに成功する。
(ふぅ……やってくれるな)
アレンは心の中でジェスベル達を賞賛した。




