試合④
「始め!!」
両チームが線の後ろに並んだのを確認したコーウェンは右手を掲げると一気に振り下ろしながら試合開始の言葉を発する。
試合開始が告げられると同時にフィリシアがアディラの前に、アレンがフィリシアの前に移動する。フィアーネとレミアはロムの動きに注意を払っている。
それに対して、ジェスベル達はロムとジェスベルが前面に立ち、その後ろにドロシーとカルスがロフを守るという布陣だった。
(相手は消極的だな……戦力差を考えれば間違いではないが……)
アレンはジェスベル達の布陣を見てそう考える。彼我の戦力差を考えれば考え無しに突っ込めばそれで終わりのはずだ。それを避けるためにジェスベル達は突っ込んでこないのだろう。
「アレン、相手は何か企んでるんじゃない?」
フィアーネの言葉にも警戒が含まれている。その警戒を全員が感じたのだろう。ジェスベル達の動きに注意を払いながら周囲を警戒する。
「今の所は相手が何をしているかわからないわね。行っちゃっていいかしら?」
フィアーネの発言は脳筋そのものと呼んで良いものかも知れない。だが、時として考えるよりもまず動くという選択肢が有効な場合があるのも事実であった。
「いつもの戦法が使えないというのはやりづらいな」
アレンの言葉に全員が頷く。アレン達の戦法の基本は、情報を集めてから行動するというものだ。その情報を集めるために闇姫等の瘴気の彫刻、アンデッドをけしかけるのだ。だが、今回はルールによりその手は使えない。また、遠距離で絶大な力を振るうアディラの弓も今回は使用不可だ。
かなり今回のルールではアレン達は戦いのとっかかりを掴むのに苦労していたのだ。
そこにロフが魔術を展開する。展開した魔術は【魔矢】だ。数十本の魔力で形成された矢がアレン達に襲いかかる。展開までの隙の無さ、威力、精度の全てが初めてローエンシア王国に来た時とは比べものにならないほど上がっている。
フィアーネは一歩踏み出すと正拳突きを矢継ぎ早に放ち飛来する数十本の魔矢を迎撃する。
シュパパパパパパパパパパパ!!
フィアーネの拳圧により、ロフの魔矢はすべて打ち落とされた。
「う~ん……今更だけど……すごいな」
フィアーネの常識はずれの迎撃を見たアレンが素直すぎる感想を漏らすと、他の婚約者達の顔にも同様の感想を思わせる表情が浮かんでいる。
「そうだ……私も」
アディラがそう言うと魔術を展開する。展開した魔術はロフ同様に【魔矢】だ。放たれた十数本の魔矢がジェスベル達に向かって飛来する。
するとフィアーネのようにロムが一歩進み出ると正拳突きを矢継ぎ早に放ち、すべて迎撃する。
「うわぁ……ロムさんもフィアーネと同じだ」
レミアが小さく呟いた言葉にアレンも小さく頷く。実際のところ、ロムならば出来るかも知れないと思っていたのだが、実際に目の当たりにすると若干引いてしまうのは仕方の無い事であった。
ジェスベル達もロムの常識はずれの実力を目の当たりにして驚愕の表情を浮かべている所を見るとロムの実力はジェスベル達の予想を上回っていたのだろう。
「このままじゃ、魔術の打ち合いは無意味だな」
アレンが小さく呟く。魔術を放ったところで、あっさりと迎撃をされてしまうので無意味になってしまう。ならば、魔術の打ち合いではなく近接戦闘で状況を動かすしかないのだ。
「フィアーネ、レミア、相手はどうやら迎え撃つ戦法らしい。お互いがフォローしながら突っ込むぞ」
アレンの言葉にフィアーネとレミアは頷く。次いでアディラとフィリシアに声をかける。
「フィリシアはアディラの護衛を頼む。アディラはいつでも術を放てるように準備をしておいてくれ」
「わかりました。任せてください」
「アレン様!! 私がんばります!!」
アディラとフィリシアの言葉にアレンは微笑むとジェスベル達を見る。
「行くぞ」
アレンが駆けだし、フィアーネとレミアが続いた。
* * *
「どうやら、アレン様達は近接戦闘に移るようですね」
「はい」
ロムの言葉にジェスベルが端的に答える。魔術での攻撃は現段階で無意味である以上、近接戦闘に移るのは当然である。
「それでは、予定通り行きますのでロムさん頼みます」
「お任せ下さい。ご期待に添いたいと思います」
ジェスベルの言葉にロムは微笑みながら返す。余裕のある笑みにジェスベル達は安堵感を覚える。
ロムの言葉通りアレン、フィアーネ、レミアの三人が駆けだしたのが、ジェスベル達の視界に入る。どうやら近接戦闘に舵を切ったのは間違いない。
ジェスベル達の先程の安堵感は吹っ飛び、緊張が一気に高まる。アレン達と直に刃を交えるとなれば当然の心情であった。
「みんな、やるぞ!!」
ジェスベルの声に全員が一斉に頷くと全員が魔術を展開する。駆けてくるアレン達の目の前に突然、土の壁が地面から伸びる。
「な……」
「これは……」
「【土壁】ね」
アレン達は立ち止まり目の前に展開された土の壁の確認を行う。形成された土の壁は、高さ2メートル50㎝程、幅は5~20メートル程の壁が複数ランダムに形成されている。
「そうか……相手の狙いは俺達の分断か。これでこの試合はゲリラ戦になった」
アレンがそう言った瞬間にアレン達とアディラ、フィリシアの間にまたも土の壁が形成される。さらに続けて土の壁がまたも形成された。二度目までの土の壁はアレン達の進行方向から見て真横に形成されたが、三度目以降は土の壁が縦、横、斜めとランダムに形成され修練場はいきなり迷宮のような感じになったのだ。
「やってくれるな……」
アレンの口から感歎の声が漏れる。いくらロムが助太刀しているといっても戦力差があることには変わりはない。だが、分断することで間違いなく勝率が上がった事は間違いない。
「はい、想定していたよりも出来る方々のようですよ」
アレン達は少しも驚くことなく声のした方向を見るとそこにはロムが立っていた。相変わらず穏やかな笑みを浮かべているがそれは与しやすしという事を意味するわけでないことをアレン達は知っている。
「なるほど……そういうことか」
アレンの言葉にロムは微笑みながら頷く。
「はい、アレン様のお考えの通り一本とられましたな」
ロムの言葉にアレンの表情が曇った。




