試合③
試合当日になり、アインベルク邸の修練場にて二つのチームが並び立っている。
アレン、フィアーネ、アディラ、レミア、フィリシアの五人とジェスベル、ドロシー、カルス、ロフ、ロムの五人のチームである。
試合の審判はコーウェンが務め、ダムテルは立会人という立場だ。他にこの試合を見守るのはカタリナ、ジュセル、メリッサ、エレナ、エシュレム、ラウラである。当然だが、アディラの護衛であるメリッサ達にしてみれば護衛対象が、戦うのに自分達が参加しないというのは気が咎めるのであった。
「それでは、確認事項がありますので良く聞いてください」
コーウェンの言葉を両チームは向かいあって視線を外すことなく、耳を傾ける。視線を外さない理由は相手が不意を突く可能性があるからだ。もちろん、お互いにそのような事をする可能性は皆無であることは十分に理解しているのだが、その思い込みこそは油断であるという価値観をこの場にいる者は共有しているのだ。
「まず、今回の試合において、武器の使用に真剣は一切認めません。訓練用の木剣を使用します。もちろん、魔力、瘴気による剣の形成も認めません。双方異存は?」
コーウェンはここでまず言葉を切ると両チームのリーダーであるアレンとジェスベルを見る。
「異存なし」
「問題ありません」
アレンとジェスベルがほぼ同時に返答する。二人の返答を受けてコーウェンは話を続ける。
「それでは、次に魔術の件です。今回の試合において攻撃魔術を行えるのは、アディラ様とロフのみとなります。双方異存はありませんか?」
コーウェンの出した攻撃魔術の行使を行えるのは各チーム一人のみということは事前に条件として提示されていた。攻撃魔術の中には死霊術によるアンデッド作成、瘴操術による闇姫、神の戦士、運ぶ猟犬の作成、召喚術によるアンデッド召喚なども含まれている。
ただし、魔術による身体強化は許可されており、強化した力による攻撃は許可されている。魔術の行使の禁止は、【火球】や【魔矢】などの攻撃の魔術であるという認識であった。
ここで、アディラとロフだけが攻撃魔術の使用を許可されたのは、魔術師であるロフに配慮した結果だったのだ。ちなみにアディラはこの試合において弓術の使用は禁止されており、代わりに魔術を使う事でバランスをとることになったのだ。
「ない」
「ありません」
またも二人は即座に了解の意を示すとコーウェンはそのまま話を続ける。
「最後に勝敗はチームメンバーが全員戦闘続行不能になった段階で決します。戦闘続行不能の決定は審判である私が行います。双方異存はありますか?」
「ない」
「大丈夫です」
コーウェンの出した最後の条件にアレンとジェスベルが同意したことで、条件の確認は終わる。
「それでは双方、後方に引いている線の位置にまで下がってください」
コーウェンの指摘した線とは、両チームが現在いる場所からそれぞれ15メートル程後ろに引かれている線だ。もし、互いに間合いに入っている場所で試合開始が告げられれば即座に試合が決してしまう可能性があったため、お互いに間合いの外から試合開始を行う事にしたのだ。
「なお、試合開始の合図があるまで双方の攻撃は一切禁止とします。もし、破った場合はその段階でそのチームは負けとします」
コーウェンの言葉を聞いて両チームはそれぞれ背中を向け、後方の線まで歩き始める。それまではお互いに視線を外すことはなく後ずさりながら後ろの線に向かっていたのだ。
「みんな、そのままで聞いてくれ」
アレンの言葉に全員が静かに頷く。もちろん、ジェスベル達に聞こえないように声量は調節してある。
「相手はロムが前面に出てくるはずだ。相手はロムを前面に押し出してくる可能性が非常に高い」
「確かにそうね。ジェスベルさん達もそれなりの手練れになったみたいだけど、ロムさんに比べれば戦闘力が劣るのは間違いないわ」
アレンの言葉に即座にフィアーネが同意する。他の婚約者達も同様に同意を示すように頷いた。
「となるとロムさんの相手はフィアーネと私がするわ」
次に声をあげたのはレミアだ。無手での戦いにおいてロムはアレンを凌駕すると言っても良い。もちろん、圧倒的な実力差があるというわけではない。実力差は紙一重と言っても良いのかも知れない。だが、アレンやロムほどの実力者にしてみればその紙一重の差が大きいのだ。
そして、無手での戦闘であればロムに伍する実力者と言えばフィアーネだ。無論、一対一でやらせるというのが良いのかもしれないが、もしフィアーネが敗れてしまえば一気に流れはあちらに傾く可能性がある以上、一対一は避けるべきである。そのため、レミアが声を上げたのだ。
「ああ、確かにそれが上策だな。こちらがフィアーネとロムを一対一で戦わせるとしてもジェスベル達がそれを呑気に見ているとは思えない。拮抗しているところにロフの魔術で乱されれば一気にピンチになる」
「そうですね。後はアディラの護衛には私がつくわ」
次にフィリシアがアディラの護衛に付くことを提案する。アディラの近接戦闘力は両チームの中で間違いなく下位に属する腕前だ。これはアディラが弱いと言うよりも両チームの近接戦闘力が高すぎるというべきであった。
特にフィリシアが懸念したのはロムの存在だ。ロムがアディラを狙って動いた場合にはアディラは瞬く間に敗れるのは間違いない。ロムがアディラを狙い、ジェスベル達が他のメンバーの足止めをした場合にはアディラがすぐに戦闘不能に追い込まれてしまう。それを避けるためにフィリシアがアディラの護衛につく事を提案したのだ。
「そうだな。アディラがロムに狙われてしまえば一気に向こうに流れが行く可能性がある。ジェスベル達を短時間で倒すのはかなり難しい。フィリシアがアディラの護衛に付いてもらいたい」
「はい」
「フィリシア、よろしくね」
「まかせて、例えロムさんであっても、アディラへの攻撃を許したりしないわ」
「よし、それじゃあ基本はこの布陣で行こう。だが、これに固執するのは危険だからまずいと思ったら自分の考えを優先してくれ」
最後のアレンの言葉に全員が頷く。そして、振り返りジェスベル達を全員が見た。
アレン達が歩きながら作戦を確認している時、ジェスベル達も当然ながら作戦を立てていた。
「恐らくアレン様の布陣は、私にフィアーネ様とレミア様かフィリシア様のどちらかがついて二対一の状況をつくると思われます。そしてアディラ様はアレン様か私につかなかった方のどちらかが護衛としてつく布陣でしょうね」
ロムがアレン達の作戦を予想してジェスベルに意見を具申する。あくまでロムはジェスベル達のチームの助っ人であり最終的な決断をするのはロムではなくジェスベルである。その事を弁えているロムは、決断のための情報を提供するに留まり、意見を迫るような事はしなかった。
「ロムさん、それじゃあ、二人を相手にするとしてどれぐらいの勝算がありますか?」
ジェスベルがロムに尋ねる。もちろん、ジェスベル達の会話も相手に聞こえないように細心の注意を払っている。
「残念ですが、ゼロです。一対一であっても五分、六対四と言うところでしょう」
「そうですか……それではその事をアインベルク侯達も?」
「恐らく……」
ジェスベルとロムの会話を聞き、他のメンバー達の表情も曇る。自分達が入った所で間違いなく撃破されてしまい足を引っ張る事になる未来が容易に想像できた。
「そうですか……なら、こういうのはどうでしょう」
ジェスベルは自分が思いついた作戦をメンバーに話す。その作戦を聞いたとき、全員が頷くのであった。




