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隠者Ⅱ⑥

 エルヴィンはアシュレイの間合いを一瞬で詰めると拳を顔面に放つ。電光石火という表現そのままに懐に飛び込んだエルヴィンの拳であったがアシュレイは手で弾く事に成功する。

 だが、それで終わりではない。エルヴィンは続けて弾いた手を掴むと裏拳をアシュレイに叩き込む。


 ビシィィィィ!!


 顔面に直撃しアシュレイの顔が仰け反る。エルヴィンは掴んでいた手を離すとそのまま顎の辺りを殴りつける。

 仰け反ったところに顎への追撃を受けアシュレイは背後に倒れ込んだ。近衛騎士が間に割り込みアシュレイを庇うがエルヴィンは斃れたアシュレイに構わず、間に割り込んだ近衛騎士を狙った。


「がっ!!」

「ぎゃ!!」


 エルヴィンの貫手が近衛騎士の喉を貫くと近衛騎士は喉を押さえながら崩れ落ちる。エルヴィンは跳躍し倒れ込むアシュレイを踏みつけた。


「ぐ……」


 アシュレイは何とか腕でエルヴィンの踏みつけを防いぐ事に成功するが、第二皇子という立場でありながら踏みつけにされるというのは屈辱以外の何ものでもない。しかもエルヴィンは踏みつける際にニヤリと嗤っており、それがさらにアシュレイの屈辱を煽っている。


 全員の視線がアシュレイを踏みつけるエルヴィンに注視しており、先程エルヴィンが斃した喉を貫かれた近衛騎士の死体からは完全に意識が外れていた。執務室になだれ込んだ近衛騎士達は最初のエルヴィンとイルゼムの戦いを見ていないために、エルヴィンの戦い方を知らない。


 近衛騎士の死体に瘴気が覆いデスナイトの変貌に気付くのが後れたのだ。


 デスナイトの変貌した近衛騎士の死体は立ち上がり様に元同僚の胴を大剣で薙いだ。


「な!!デスナイトだと!!」

「なぜ!?」

「この人間がやったのか?」


 近衛騎士達の中から動揺の声が発せられるとデスナイトはそのまま大剣を振るって近衛騎士達に斬りつける。

 エルヴィンはチラリと扉を見ると2体のデスナイトは室外に出てそこで大剣を振るい始める。


「クシュナム!!」


 エルヴィンは次いでクシュナムに声をかけるとクシュナムは一つ頷くとデスナイトに続いて室外に出ると両刃斧ラブリュスを振るい近衛騎士を両断する。


「ぎゃああ!!」

「がぁ!!」

「ひぃ!!」


 クシュナムの両刃斧ラブリュスに瞬く間に近衛騎士達が両断され、通路に死臭が満ちた。


(よし……)


 エルヴィンはアシュレイを踏みつけるのを止めるとイルゼムに向けて【火球ファイヤーボール】を連発する。十数個の火球がイルゼムに放たれるがイリムが魔剣ダイナストを抜くとすべて叩き落とした。


(ほう……あのガキはかなりの腕前だな。うぉっと!!)


 エルヴィンが慌てたのはアルティリーゼが魔術を放ったからだ。アルティリーゼの放った魔術は【魔矢マジックアロー】であり特筆すべき魔術ではない。だが、放つまで一切気配を察知させない魔力操作は見事であり、エルヴィンをして冷や汗をかかせるものであった。


(あの皇女……やるな)


 エルヴィンはアルティリーゼの戦い方を心の中で賞賛するとアシュレイ達に目をやる。アルティリーゼへの賞賛の1万分の1もないほど冷ややかな目だ。


「ふん……惨めな奴め」


 エルヴィンの言葉にアシュレイは屈辱のために顔を大きく歪める。人間如きに舐められているという現状にいきり立つと立ち上がり剣を振るう。

 エルヴィンはニヤリと嗤い前進するとアシュレイの肘に手を添え斬撃を止めるとそのまま手首を掴む。その瞬間にアシュレイは一回転すると床に顔面から落ちる。まるで自分から飛んだかのように周囲の者には見えただろう。顔面から落ちたアシュレイは自分がなぜ倒れているかが理解できていないようであった。


 ドゴォォォォォ!!


 地面に倒れ込んだアシュレイの脇腹をエルヴィンは容赦なく蹴飛ばすとアシュレイは吹き飛んだ。吹き飛んだ先にはエルカネス、ディーゼがエルヴィンに向け斬りかかろうとしていた所であり、エルカネスとディーゼに激突した。


「ぐ……」

「きゃ!!」


 アシュレイの衝撃は思ったよりも大きかったらしくエルカネスとディーゼは巻き込まれ転倒した。


 エルヴィンはニヤリと嗤うとそのままトルトの間合いを詰める。間合いを詰めたエルヴィンは肝臓の位置に正拳突きを叩き込んだ。凄まじい衝撃にトルトは体をくの字に折り曲げた。エルヴィンはトルトの背中に容赦なく肘を叩き落とす。


 ドゴォォォォ!!


 凄まじい音が響きトルトは倒れ込んだ。その後にエルヴィンは頭を鷲掴みにするとそのまま引きずり室外に出た。


 廊下に出たエルヴィンの目にクシュナムに斃された近衛騎士達の死体が転がっている。


(よし……これぐらいやっておけば良いだろう)


 エルヴィンはそう心の中で呟くとクシュナムが立っている場所までとるとを引きずりながら走る。第三皇子が浚われた事に呆然としていた面々が慌ててエルヴィンを追った。


「クシュナム!! ご苦労だった」

「はっ」

「それでは帰還してくれ」

「承知いたしました」


 エルヴィンがそう言うとクシュナムは煙のように消える。クシュナムは自分の世界に帰還したのだ。


「さて……それじゃあ、俺も帰るとするか……とその前に……」


 エルヴィンはトルトの首を片手で掴むとそのままつるし上げる。喉を締め付けるエルヴィンの握力にトルトはもがくがまったく外れる気配がない。


「おい」

「ぐ……が……」

「そのまま聞け、魔族だけが攻撃方法が無いわけでないことがわかっただろう? お前はあいつの獲物だから殺さないでおく」


 エルヴィンの言葉にトルトはただ頷くばかりだ。


「といってもお前達はアホだから、必ず報復を言い出す奴が出てくるだろう。もし、うちの国に報復に出た場合、どれだけの被害がベルゼイン帝国に出るかぐらいの計算は出来ると期待しても良いな?」


 エルヴィンの言葉の途中で近衛騎士達がエルヴィン達の周りを取り囲むがエルヴィンはまったく気にした様子もなく話を続けている。


「お前達にも言っておくぞ」


 エルヴィンはトルトを釣り上げたまま周囲の近衛騎士を睨みつける。


「もし、俺ともう一度戦いたいというのなら人間との戦争を希望しろ。またすぐに俺がやってきて暴れてやろう」


 エルヴィンの不遜な言い方に近衛騎士達はゴクリと喉を鳴らした。正直な話、二度と出会いたくない男である事は間違いない。


「お前達が調子に乗って無辜の民を戯れに殺すような事をしなければこんな事にはならなかったのにな」


 エルヴィンの言葉は自分の凶行の責任を魔族になすりつけるものだった。当然、エルヴィンはそれが詭弁である事を十分理解している。問題はそれを聞いた者達の意見が割れることだった。もし、エルヴィンの言葉に賛同するものがいた場合、その者達の怒りは人間ではなく調子に乗った魔族に向かうだろう。当然大部分がエルヴィンの意見に反発するだろう。だが、少なくとも一枚岩ではなくなるはずだ。


「俺はこれから転移魔術でここを去る……お前達に俺の言っている意味の重大さが理解できるか?」


 エルヴィンはそう言うとトルトを釣り上げていた手を離す。床に落ちたトルトを気遣うよりもエルヴィンの言葉の意味を理解した近衛騎士達は戦慄する。


「ふ……いつでも皇城に入り込むことが出来るというわけだな」


 イルゼムがアルティリーゼとイリムを両隣に伴いエルヴィンの元にやってきていた。


「そういうことだ。そしてこの国で最も厳重なはずな皇城に忍び込めるという事は他の場所にも潜入可能と言う事だ」


 エルヴィンは淡々と言う。その様子が全員にエルヴィンの自信を表しているように思われた。


「さて、俺の話は終わりだ。配下の者はきちんと締めとけよ」


 エルヴィンはそう言うとふっと煙のように消える。


「ふむ……本当に皇城の結界をすり抜け転移するとはな」

「お父様、これほどの強者が墓守以外に存在するのですね」


 イルゼムが感心したように呟いた所にアルティリーゼが声をかける。


「ああ、種族や生まれなどのそういう無意味な拘りを越えた所に存在するのが強者というわけだな」


 イルゼムの言葉にアルティリーゼは頷く。


(お兄様は今回の屈辱を晴らすために人間への完勝を強める可能性はあるわね。それを使って追い落とすことは可能かしら……)


 アルティリーゼはそう考えチラリとイルゼムを見るとイルゼムは少しだけ頷く。


(上手く利用しろというわけね)


 アルティリーゼはイルゼムの意図を察すると、どのように兄達を追い落とすか思いを巡らせるのであった。

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