隠者Ⅱ①
新章です。今回はタイトル通りあの方が主人公です。
「そういうことか……」
ジュラス王が小さく呟く。静かな物言いだが見る者が見れば、ジュラス王の怒りが相当なものであることは、間違いないだろう。
漏れ出た怒りに周囲の近衛騎士達は身を震わせている。自分に向けられたものではない事は十分に理解しているのだが、無意識に魂が恐怖を感じているのだ。
「落ち着け、周囲の騎士の方々が怯えてるだろう」
エルヴィンが苦笑しながらジュラスを窘める。エルヴィンの指摘を受けてジュセルは怒りの余り“うっかり”殺気を放った事に気付くと慌てて引っ込める。
「すまんな。つい……」
「気にするな。話を続けるぞ。今回、アレン坊や達は初戦で敗れたが撤退するときに仕掛けを残していたから、ジュセル達が援軍に駆けつけることが出来た」
「……」
「そこからはいつもの通りだ。アレン坊や達は魔族を撃破で六体の魔族は全員死亡、ジュセル達が伏兵の二体の魔族のうち一体を捕らえたというわけだ」
「なるほどな、それでジュセル達が捕らえた魔族がそいつというわけか」
エルヴィンの話を聞き終えたジュラスがジロリとクルノスを睨む。クルノスはジュラスに睨みつけられるとビクリと肩を振るわせる。
「ああ、ここまでやりたい放題されると少しばかり意趣返ししたくなるよな?」
エルヴィンの言葉にジュラスは頷く。
「もちろんだ。アレン達の活動をこれ以上邪魔するなら、その報いをくれてやらなければならないな」
「流石に話がわかるな」
「おう……どうしてくれようか……とりあえずそのエルグドとやらは嬲り殺しにするとしてどこまで報復の対象にしてやろうかな」
ジュラスの言葉にクルノスはゴクリと喉を鳴らした。人間が魔族の皇族を殺すという事は不可能だという思いが口から発せられかけるがそれが音声化することはなかった。この2人は決して大言壮語を吐いているわけではないことを理屈抜きで理解していたのだ。
「それでな。俺が乗り込もうと思ってるんだ」
エルヴィンの言葉にジュラスの顔が曇る。エルヴィンの言葉からジュラスは自分が乗り込むのを思い止まらせるつもりなのだと言う事を察したのだ。
「バカをいうな。俺が行く」
ジュラスの予想通りの言葉にエルヴィンは苦笑しながら返答する。ジュラスの言葉に周囲の近衛騎士達が動揺した事を気付いているがジュラスは意に介するつもりはないようだ。
「そういうと思った。だが、お前はここに残ってもらうぞ。アルフィス坊や達にとってもお前は残ってもらわなければならない」
エルヴィンはジュラスを思い止まらせるために家族を持ち出した。国王の責務という点で責めようかとも思ったのだが、“魔族を討つことは国の利益云々”と反論されれば面倒な事になるので家族を持ち出す事にしたのだ。
何だかんだ言って家族を大切にするジュラスなので効果は抜群と思ったのだ。
「だが……」
「アルフィス坊やは将来的にはお前を越えるような男になるだろうが、今はお前に大きく及ばん。アレン坊やもこと戦闘に対しては凄まじい実力者だが、色々な所でお前が守ってやらねばならんだろ。今、お前が離れた場合は誰があの子達を守ってやるんだ?」
エルヴィンの言葉にジュラスは沈黙する。エルヴィンの言葉は事実だったからだ。アルフィスもアレンも大抵の事は独力でどうにか出来るだろうが、人の悪意というものは甘く見ると取り返しの付かない事になるのだ。
「とまぁそういう論法でお前を思い止まらせるつもりなんだが、反論することは出来るか?」
エルヴィンはニヤリと嗤いながらジュラスに言う。
「くそ、忌々しいが反論できん。わかった、今回は見送るが第三皇子は俺の獲物だから絶対に手を出すなよ」
ジュラスの言葉にエルヴィンは皮肉気に嗤う。“さてどうしよっかな~”とエルヴィンが嫌みたらしく言ったようにジュラスは感じる。
「で、ローエンシアの報復としてやるが良いか?」
「もちろんだ。明日一番の会議でかける」
「重臣達を説得するわけか」
「ああ、少々骨が折れるがお前も参加してもらうぞ」
ジュラスの言葉にエルヴィンの顔が凍る。
「ということはエルマイン公とレオルディア侯の2人も説得する必要があるわけだよな?」
エルヴィンの言葉にジュラスは頷く。エルヴィンにとってエルマイン公とレオルディア侯の2人が苦手だったのだ。エルヴィンのようなぶっとんだ性格であってもあの2人相手では分が悪かった。
「ああ、もちろんだ。逆に言えばあの2人さえ納得させればこの話は成就するぞ」
ジュラスも人の悪そうな顔をしている。面倒な事をジュラスに押しつけ、自分は派手に暴れるつもりなどと都合の良いことは許さないと言った表情だ。
「わかったよ。こいつを使って何とかするか」
エルヴィンはクルノスに視線を移してジュラスに言う。
「まぁそれだよな」
ジュラスもニヤリと嗤って答える。
翌日……
すぐに会議が開かれるとエルヴィンをベルゼイン帝国に送り込むことが決定された。最大の難関と思われていたエルマイン公、レオルディア侯は、事の顛末を聞いた時にあっさりと賛成した。
このまま、好き放題やられてはローエンシア王国が侮られる一方であるし、対魔神の責任者であるアレンへの攻撃はローエンシア王国への間接的な攻撃であるととるには十分な出来事である。今まで対処していなかった訳ではないが後手に廻っていたのは否めない。
ここで一度ベルゼイン帝国にローエンシア王国として意思表示をしておく必要がある。すなわち、こちらからもベルゼイン帝国に攻撃を仕掛けることが出来るという意思表示は一方的に攻撃が出来ると考える魔族にとって肝を冷やすことになる。
他の重臣達もエルマイン公、レオルディア侯が賛成したことで大きな反対もなかったのであっさりとエルヴィンの派遣が決定されたのだった。
ちなみにトントン拍子に進んだためにジュラスが『余も行こう!!』と宣言した瞬間に重臣達全員が反対に回り、意見はあっさりと潰されてしまい、ジュラスはすっかり意気消沈してしまった。
こうして紆余曲折あったがエルヴィンのベルゼイン帝国の派遣が決定されたのだった。




