六剣⑩
フィリシアの一手の死霊の叫びにより生じた隙を逃すことなくレミアはリグマへと斬りかかる。
リグマはレミアの斬撃を受け止めるとすぐさま反撃に転じた。その斬撃をレミアは余裕で躱して再び斬撃を放つ。そこから無数の火花が散る激しい剣戟へと発展していった。
リグマの剣の腕前は相当なものであることは間違いない、放たれる斬撃の速さ、鋭さはレミアであってもヒヤリとするものがいくつもあった。
リグマは大振りをするような事はせず、最小の動きでレミアに斬撃を放つが、レミアは双剣でそれを受け、反撃する。両者の実力は拮抗しているように見える。
だが、両者ともこれを単なる様子見ととらえていた、もちろん、隙を生じれば即座に命を奪うつもりであったが、お互いにその隙を見いだすことは出来なかったのだ。
リグマはレミアが転移魔術を多用して隙を作る事を先程の戦いから察しており、レミアが拠点を設けないかを注意深く観察していた。拠点は魔術によって作られるのだから、魔力が当然のごとく存在する。それを破壊するのは少しばかり時間がかかる。レミアとの剣戟の途中でそんな事をする時間など無いのだが、そこはリグマの魔剣ダイングラムがあれば解決してくれる。
リグマの持つ魔剣ダイングラムは魔力を喰って所有者を強化する魔剣である。レミアにしてみればその事がわかっている段階で転移魔術を使用して戦うという戦法を放棄せざるを得なかったのだ。
(剣術の腕前はかなりのものね……でも、対処できないほどではないわ)
レミアは冷静にリグマの戦力の分析を行っている。斬撃の威力、速度、技の連携、どの技を好むかという戦力の分析をレミアは注意深く行っている。もちろん、今のこの攻防で見せるリグマの“くせ”が本物であるという保証はどこにもないために、それに固執するような事はしない。
リグマの上段斬りをレミアは双剣の一本で受ける。不思議な事にその斬撃を受けたレミアの双剣からは金属同士を打ち付けた澄んだ音は響かなかった。レミアは相手の斬撃を極力受け流していたため金属同士を打ち付けるような音は響かなかったのである。
リグマは自分の斬撃をレミアが受け止めたが思いがけないほど力の反発がなかったことを不思議に思う。自分の斬撃を剣で受け止められれば“ガツン”という手応えが自分の手に来るのが通常なのに、レミアからはまったく力のぶつかりを感じなかったのだ。
(こいつの剣の基本原則はやはり“剛”に傾いているのね)
レミアは今の攻防でリグマの戦いに対する基本的な姿勢を察する。リグマが剣に求めるのは力、速度であり、技術に対してはそれほど重きを置いていないようだ。
(となると……こいつには変則的な戦い方をした方が効果がありそうね……)
レミアは心の中で嗤うと打って出る。雷光のような動きでリグマの間合いに飛び込むと同時に双剣を振るう。振るった場所は足と腹部だ。まず、腹部に斬撃を放ち、ほぼ一瞬遅れで足下を斬りつける。
リグマはレミアの斬撃を後ろに跳んで躱した。レミアはそれをさらに追う。追ってきたレミアの首筋に向かってリグマは斬撃を繰り出す。
キィィィイン!!
レミアは下からリグマの剣を跳ね上げ受け流すとそのまま間合いをさらに詰める。リグマの視線は自分の剣を受け流した剣とは違うもう一方の剣に注がれている。実際に体勢的にももう一方の剣に注意を払うのは当然だったのだ。
だが……
レミアの狙いはそうではなかった。体勢的にもう一方の剣を振るうように見せかけていたのだ。レミアの本命は剣を受け流した方の剣でリグマの腕を斬ることであったのだ。レミアの剣がリグマの腕を斬りつける。
「ぐ!!」
突如自らの腕に発した痛みにリグマは苦痛の声を上げる。いや、その声に含まれている感情には驚きが含まれている事がレミアにはわかった。
レミアとすれば、あわよくばリグマの腕を斬り落とすつもりだったのだが、体勢が悪かったために思ったような威力は出ずに軽傷にとどまったのだ。
レミアはそのままもう片方の剣で斬撃を放つ。腕を斬りつけられた動揺のために躱すのに一呼吸後れてしまったためにリグマの左肩から右脇腹にかけてレミアの斬撃を受けてしまった。鎖を着込んでいたために浅手で済んだのはリグマにとって幸いだった。リグマは後ろに跳び間合いをとるが今度はレミアは追撃しなかった。両者の間に4メートルほどの間合いが生まれる。
(よし……お膳立ては済んだわね)
レミアは心の中で呟くとリグマに向かって殺気を飛ばす。レミアの殺気を受けてリグマはレミアが勝負を決めに来る事を察していた。
(ふん、俺の腕と袈裟斬りのために流れを掴んだと思っているんだろう?)
リグマは心の中でせせら嗤う。先程の攻防では確かにレミアに軍配が上がったとリグマも認めざるを得ない。だが、ここで勝負を決するというのは時期尚早であるとリグマは考えていたのだ。
戦いにおいて流れを掴むというのは非常に大切であることはリグマも理解している。それ故に勝負を決するのが拙速に過ぎると感じたのだ。
(この女は勝負を焦っている……)
リグマは剣を構え、次の攻防でレミアの首を斬り落とすことを決める。戦いにおいて焦りは死に直結するのだ。
(と……考えているんでしょうね)
一方でレミアはリグマの心理状態をほぼ正確に看破していた。レミアが殺気を放ち最後の攻防を仕掛けるように装ったのは、もちろん“わざと”である。
「さ、これ以上長引かせるのも困るから終わらせちゃいましょう。いまからあなたに放つ技の名は『ルマクチグ』というのよ」
レミアの言葉にリグマはレミアを睨みつけることで返答する。その様子をレミアは見ると皮肉気な表情を浮かべた。
「大丈夫よ……一瞬で首が飛ぶからある意味楽よ」
レミアはそう言うと右手の剣を順手、左手の剣を逆手に持つと左半身を後ろに半身になって構える。
(ルマクチグとやらがどういう技か知らないが左手の剣で俺の首を刎ねるという技か……一瞬で俺の首を飛ばす……ふん、やれるものならやってみろ。勝負は焦った方が負けだ)
リグマが魔剣ダイングラムが吸収した魔力を使い自分を強化していく。身体能力は先程の攻防よりも2割ほど増している。当然、レミアはその事を知らない。そのためその認識の差を衝いてレミアの首を刎ねるつもりだったのだ。
両者の中で緊張感が高まっていく。気の弱い者ならばこの空気にへたり込んでしまうような緊張だった。その緊張はレミアが動くことで一気に弾ける。
リグマはレミアが間合いに入る瞬間に斬撃を繰り出す。左肩からの袈裟斬りに返す刀からの胴薙ぎの二連撃だ。
(な……避けた……だと?)
リグマは自らの剣に何の手応えも無いことからレミアが避けた事を察する。躱せるはずの無い必殺のタイミングだったのにも関わらず空を切った事にリグマは動揺した。
(え? なぜ……そこに?)
リグマが剣を振り切った所に再びレミアが突進し、レミアの右手の剣がリグマの腹に刺し込まれた。
レミアは確実に間合いに入ったはずなのに剣を振るった時には間合いの外に出ていたのだ。急激に止まったとしてもあり得ない出来事にリグマは混乱する。
「が……バ、バカ……な……」
刺し貫かれた傷口から血が溢れ出し、まるで生命力も共に流れ出しているようにリグマには感じる。
レミアは容赦なく腹に刺した剣を横に薙ぎ、腹部を斬り裂くとリグマは倒れ込んだ。リグマは苦痛に呻きながらレミアを見上げていた。
「貴……様、一体……ど……やって……」
リグマの言葉にレミアは返答しない。わざわざ敵にネタばらしをしてやるつもりはレミアには無かったのだ。
「教えるわけ無いでしょう。ついでに言えば『ルマクチグ』なんて技もないわよ」
「な……に?」
「私がどうして『ルマクチグ』なんて技名にしたかを考えればいいわよ」
レミアの言葉にリグマは考え込むような表情を見せるがすぐに苦痛に呻く。レミアの言葉の意図するところを考えているようであった。
(くそ……目がかすむ…『ルマクチグ』とは一体……)
リグマのは命が尽きるまでにレミアの言った『ルマクチグ』の意味を考えていた。そこにレミアの口からヒントが紡ぎ出された。
「ヒントをあげるからあの世でゆっくり考えなさい。『ルマクチグ』はある言葉のアナグラムよ」
レミアのアナグラムという言葉を受けてリグマは考える。
(アナグラム……だと? ルマ……クチ……グ……クチ…グルマ……口車だと!!)
レミアのヒントから答えに達した時にリグマの目から光が失われた。ある意味、答えがわかった事で命が終わった事はリグマにとって幸せだったのかも知れない。
レミアがリグマの間合いに入ったのに、間合いの外に一瞬で出る事が出来たのは、もちろん転移魔術である。レミアが最後の攻防を行う前に、自分の足下に転移魔術の拠点を密かに設けていたのだ。
レミアが殺気を放ったのも、技の名前をリグマに伝えたのも転移魔術の拠点を設けたのを悟らせないためである。口車のアナグラムである『ルマクチグ』を技の名前にしたのはレミアの皮肉である。
「悪いけど負けるわけにはいかないのよ」
レミアの言葉には確かな覚悟が滲んでいた。




