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六剣⑨

 フィリシアの放った死霊の叫び(クライオブレイス)により、一瞬意識の逸れたロミュラの間合いにフィアーネは飛び込む。


「はっ!!」


 ロミュラの間合いに飛び込んだフィアーネの拳が顔面に放たれる。フィアーネの拳は空気を斬り裂きロミュラの顔面を襲った。


 ロミュラは慌てて顔面に放たれたフィアーネの拳を躱すと魔剣アベルゼスを振るいフィアーネの首を狙う。その時にロミュラは魔剣アベルゼスの刀身に水を纏わせ刃とすることで間合いを狂わせようとしたのだが、フィアーネはあっさりとロミュラの狙いを看破すると膝を抜き、身を屈める途中で魔力の塊を放った。


「ぐ……」


 放たれた魔力の塊はロミュラの胸に直撃すると苦痛の声が漏れる。魔力で防御していたのだがフィアーネの一撃の衝撃を吸収しきる事は出来なかったのだ。


 身を屈めたフィアーネは起き上がる力をそのまま転用し、続けてロミュラの胸部を蹴りつけた。


 ドガァ!!


 フィアーネの蹴りをまともに受けたロミュラは吹き飛ぶと地面を転がった。すぐに立ち上がったがフィアーネとロミュラの最初の攻防はフィアーネに軍配が上がったことは間違い。


「さて、さっきはよくもやってくれたわね。借りはきちんと返してあげるわ♪」


 フィアーネがロミュラに宣言する。その表情に邪気はまったくない。まるでチェスなどの遊戯において不覚をとり、再勝負を挑むような印象と言えばより近いものになるだろう。だが、ロミュラはその余裕が、フィアーネと自分との決定的な実力差に思えて平静な気分ではいられなかった。


 実の所、フィアーネはロミュラを侮っているわけではない。余裕のある態度は半分は演技である。では何のための演技かといえば、曲がりなりにも自分達を追い詰めていたのだから、ここで自分が余裕のある態度をとれば、何かしらの秘策があるものとロミュラに思わせる事が出来ると考えたのだ。

 あとはそれを臭わすことによってロミュラの思考を誘導することが出来るかも知れないという意図だったのだ。


 フィアーネは懐から『微塵みじん』を取り出すと、中央の輪っかに左手の人差し指と中指を入れると回転させ始めた。輪っかに取り付けられた三本の鎖は高速回転し、触れれば間違いなく消しとぶことがロミュラには容易に想像できた。


(見たこと無い武器なのかしらね……。まぁ囮に引っかかってくれちゃって……)


 フィアーネはロミュラの視線が左手で高速回転する微塵に注がれている事は十分に理解していたために心の中でため息をついていた。微塵が厄介な武器である事は間違いない。高速回転する鎖が自分に叩きつけられることを考えれば平静ではいられないのもわかるのだが、あまりにも簡単に囮に引っかかっている現状に呆れるしかなかった。

 これはフィアーネがロミュラに与えた心理的圧迫によるものであり、この段階でフィアーネはロミュラに対し圧倒的に心理的な優位を持っている事を意味していた。


 フィアーネは微塵の回転を上げていき、ロミュラの意識をそちらに誘導すると右手に潜ませていた万力鎖まんりきさを放つ。最小の動きで放たれた万力鎖は意識を逸らしていたロミュラの顔面に直撃する。


「ぐぁ!!」


 苦痛の声を上げながらロミュラは顔を仰け反らせる。ロミュラにしてみれば突然、顔面を痛打された事になる。苦痛もあったがそれ以上に何が起こったかに思考を注ぐ。ロミュラは何かしらの術が自分の顔面に直撃したと思っていたのだ。

 フィアーネがやったのは最小の動き、最小の気配で万力鎖を投じるというものだ。レベルを問わなければ誰でも出来るものであるが、そのレベルが高すぎたためにロミュラは何らかの魔術による攻撃であると考えてしまったのだ。


「あれ? 少なくとも剣で受けるぐらいは想定してたんだけど当たっちゃった」


 フィアーネは不思議そうに首を傾げながら言う。その言葉は武力を頼りにしてきたロミュラの心を抉りに抉る。


「まぁ、いいか。さっさとあなたを片付けてみんなの助けを……ってフィリシアの方は終わっちゃたわ」


 フィアーネの言葉に顔面が痛むのを我慢してザーヴェルの方を見ると首があり得ない方向にねじ曲がりひれ伏す仲間の姿が見える。


「ザーヴェ……ル……」


 ロミュラの口から呆然とした声が漏れる。仲間がやられた事はロミュラにとって確かに衝撃だっただろうが、フィアーネを前にそれは暴挙にも等しい行動だった。フィアーネは意識がそれたのを察すると同時に動く。


 またもロミュラの顔面に痛みが発しロミュラはその衝撃に吹き飛ばされる。ロミュラが隙を衝かれたことを認識したのは吹き飛ばされた途中であった。何とか体勢を立て直した時にフィアーネの投擲した微塵が凄まじい音を立てながら自分の目前に迫っていることに気付く。

 ロミュラは咄嗟に左腕を上げ、放たれた微塵を防ごうとする。咄嗟の防御は何とか成功しロミュラの顔面は砕かれることはなかったが、その代わりに左腕は回転する微塵により砕かれてしまう。


「ぐぅ……」


 ロミュラの苦痛の声が発しきる前にフィアーネはすでに間合いを詰めている。振るわれた拳には魔力で強化されているのがロミュラには理解できた。そして受け損ねれば確実に命を失う事も同時に察していた。顔面に受ければ確実に即死できる一撃のため、ある意味最も苦痛の少ない死なのかもしれないが、ロミュラにはそれを選ぶつもりは全くなかった。


 ロミュラは全身全霊をこめてフィアーネの拳を躱す事に成功する。だが、これでフィアーネの攻撃が終わった訳ではなかった。フィアーネは拳を引く際にロミュラの耳を掴むと反対の肘をロミュラの顔面に放つ。


 ビチィィィィ!!


 ロミュラの耳から何かを引きちぎる音が発する。ロミュラがフィアーネの肘を躱す際に、急激に頭部を動かす事で握られていた耳が引きちぎられたのだ。ロミュラは自ら耳が引きちぎられるのを承知でフィアーネの肘を躱したのだ。


「へぇ……耳が引きちぎられるのを承知で動くなんて見直したわ」


 フィアーネはロミュラの行動に素直な賞賛を送る。命と耳のどちらをとるかと言われればほとんどの者が命を選択する。だが、実際にその選択を強いられた時に迷い無く実行できる者が一体どれほどいるのだろう。ロミュラはまったく逡巡しなかったために躱す事に成功したのだ。


「舐めるなぁ!!」


 ロミュラは魔剣アベルゼスの力で水を槍を発生させるとフィアーネに放つ。数十本の水の槍をフィアーネはその驚異的な身体能力で躱していく。躱しながら一本の槍を無造作にフィアーネに掴むと水の槍は一瞬で凍結する。

 フィアーネは凍結させた槍を振り回しながら水の槍をはたき落とし始める。砕かれた水に槍は地面に落ちるまでの僅かな時間に凍結していった。


「せい!!」


 フィアーネがそう言うと地面に落ちた凍結した水の槍の破片をロミュラに蹴り放った。ロミュラがその破片を剣で弾いた瞬間にフィアーネは持っていた槍をロミュラに向けて投擲する。フィアーネは破片を蹴り入れた足を戻すのではなくそのまま踏み込む力に転換して槍を投げつけたのだ。


「な!!」


 ロミュラが驚愕の声を上げる。ロミュラが驚愕の声を上げたのはフィアーネがすでにロミュラの懐に入り込んでいたからだ。ロミュラが剣を振るって氷の槍を弾いた瞬間に動き、間合いに飛び込んでいたのだ。


 ロミュラの腹部に強烈な衝撃が発する。フィアーネが懐に潜り込むと同時に強烈な一撃を叩き込んだのだ。あまりにも強烈な一撃にロミュラの動きは止まる。フィアーネはロミュラの剣を持つ腕を握ると同時に肘の部分に貫手を放つ。


 ズシュ……


 鈍い音と共にフィアーネの貫手がロミュラの腕を切断するとそのままその場で回転した。切り落とされた腕に握られた魔剣がロミュラの胸に刺し込まれる。


「が……」


 驚愕の表情を浮かべたロミュラは膝から崩れ落ちた。魔剣はロミュラの心臓を貫いていたのだ。目から急速に光が失われていきロミュラは絶命する。


「まぁ、見直したけどそれはそれ、これはこれね。アレンを狙ったあなたを生かしておくつもりはないのよ」


 フィアーネの言葉はすでにロミュラの耳には届いていなかったが、フィアーネにとってさほど問題があるわけではなかった。


「さてと……」


 自分の敵を斃したフィアーネは仲間達の戦いの経過を確認するために視線を動かした。



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