六剣⑥
「これだけの数のアンデッドをこの短時間で召喚だと!?」
クルノスの驚愕した声にガベルもやや呆然とした表情を浮かべる。両者が驚いているのはあまりにもアンデッド達の展開時間が短いことだった。時間を問わなければこの数のアンデッドを召喚する事は可能だ。だが、この短時間に行うのは困難を極めるのだ。
「相当な術士が複数いると言う事だな」
「ああ、そう考えた方が良さそうだ。いくらなんでも人間がこのような力を持っているわけがないからな」
クルノスとガベルの意見は半分誤っておりもう半分は正解だった。このアンデッドの大群はフィアーネが1人で召喚したものだ。転移魔術で国営墓地のあらゆる地点に転移してそこでアンデッドを召喚して放ったのだ。そして正解はフィアーネが人間でなくトゥルーヴァンパイアだということだった。
しかし、この事は正直言って現段階でさほど意味を持たない。クルノスとガベルにとってどのようにアンデッドに見つからないようにするかが問題だったのだ。
クルノスとガベルは移動を開始する。だが、アレン達の目的が移動させて探知することである可能性を考えると移動には細心の注意が必要だった。そしてそれは迅速な移動が封じられた事を意味するのだ。
「くそ……見つかるのも時間の問題だな」
「なぁに、いざとなったら戦うまでだ」
「それはそうだが……」
威勢の良いガベルの言葉に対してクルノスの表情は冴えない。容貌からガベルの方が落ち着いてる印象を受けがちなのだが、実際はクルノスの方が慎重だった。
「ち……来たぞ」
クルノスの言葉にガベルはニヤリと嗤うと魔法陣を展開すると魔術を展開する。放った術は【火神の狂乱】、立ち上った炎の柱が縦横無尽に動き回り周囲を焼き尽くすという魔術だ。
炎の柱が数十本立ち上がると周辺を焼き尽くし、向かってくるアンデッド達を焼き払った。
「ガベル、そんな魔術を使うと俺達の居所がバレるだろうが!!」
クルノスの言葉にガベルはニヤリと嗤う。ガベルも魔術を行使した段階でアレン達に居場所が割れるのは当然理解しているが、ガベルはまったく気にしない。アレン達が来れば返り討ちにしてしまえばすむと思っていたのだ。
「クルノス、どのみち魔術を使えば墓守達は俺達の居所を掴むさ。同時に六剣にも俺達が戦闘中である事が伝わる」
ガベルの言葉にクルノスは頷かざるを得ない。だが、クルノスはアレン達の動向が妙に気になっていたのだ。アレン達の戦い方は状況が不利とみるとすぐさま撤退した。あのままあの場で戦っていれば取り返しの付かない損害を受けることになっていただろう。それを最小の損害で切り抜けたのだから侮ることは絶対に出来ない。
ガベルの火神の狂乱が荒れ狂い、アンデッド達を焼き尽くすがすぐさま新手が襲いかかってくる。
もはや、この段階では居所がバレるとかそういう問題ではなくなった事を察したクルノスも魔術を展開し出す。ガベルの火神の狂乱に匹敵するような派手な魔術だ。慎重に事を運ぶ者の方が吹っ切れた場合には思い切った事をするものだ。
クルノスが使用した魔術は【雷帝の制裁】、広範囲に雷の雨を降らせる術だ。
クルノスの周囲直径100メートル程の範囲に無数の雷が落ちる。範囲内にいたアンデッド達は雷の直撃を受けて爆散する。しかし、アンデッドの数は多く、吹き飛ばされても後から後から突っ込んできていた。
「ち……」
クルノスの口から舌打ちが漏れる。アンデッドはスケルトンが主であり、一体一体は大した戦闘力を持たない。だが、数が圧倒的に多いというのがやっかいだった。
アンデッド達を魔術で薙ぎ払い、また同じようにアンデッド達がクルノスとガベルに群がる。これを何度かくり返していると2人の人影が歩いてきている事に気付く。
「誰だ?」
「こんな奴等……さっきの戦いでいたか?」
「いや、いない……新手か!?」
クルノスとガベルは2人を睨みつける。睨みつけられた2人で会ったがまったく動揺せずにそれぞれの武器を構える。片方が剣、もう片方は棍だ。
「ガベル……油断するなよ。この段階でここにいると言う事は墓守の仲間である事は間違いない」
「ああ」
「しかも、周囲のアンデッドがあの2人を襲わないと言う事はあの2人がアンデッドを召喚した術士の可能性が高い」
「なるほどな……」
アンデッドを召喚した術士という可能性にクルノスとガベルはそれぞれ警戒する。だが、警戒すべきはそこではなかったことをクルノスとガベルは思い知らされる。
2人は極自然に歩みを進めると突然、速度を上げる。時間が切り取られたような錯覚にとらわれるほど2人は急激にクルノスとガベルの間合いに踏み込んできた。特に剣をもった金髪碧眼の少年の速度にはクルノスは度肝を抜かれている。
「ぐ……」
金髪の少年の斬撃がクルノスの防御陣を斬り裂く。クルノスは肩を斬られるが何とか致命傷を逃れる事に成功する。発した痛みにクルノスは動揺する。
「ほぅ……躱したか。アレン達の話から遠距離特化の魔術師と思っていたが、それなりに近接戦闘もこなせるか」
金髪の少年の言葉に答えるよりも早く、もう1人の黒髪の少年が棍の節を外してクルノスへ放った。クルノスは再び防御陣を形成すると放たれた棍を弾く。防御陣にヒビが入るが何とか弾く事に成功する。
「ち……」
黒髪の少年は舌打ちすると、そのまま今度はガベルに棍を放つ。ガベルがクルノス同様に防御陣を形成して棍を防ごうとするが、今度はその防御陣を破壊するとガベルの顔面に直撃する。
「ぐぁ!!」
ガベルの口から苦痛の声が漏れる。口から血が流れ、怒りの困った目で2人の少年を睨みつける。
その視線を受けて金髪の少年が口を開く。
「初めまして、俺の名はアルフィス=ユーノ=ローエン……ローエンシア王国の王太子だ」
アルフィスと名乗った少年にクルノスは驚く。この場に王太子が現れた事、そして何よりも王太子アルフィスの実力が並外れている事によるものだ。
「しかし、お前達もアホだな」
「何だと?」
アルフィスの言葉にクルノスは反射的に返答する。クルノスの返答にアルフィスは皮肉気な表情を浮かべて嗤う。その表情がクルノスには気にくわない。気にくわないが心のどこかで大きな失敗をしたことを感じていたのも事実だった。
「端金のために命を失うのをアホと言わずに何と表現すれば良いんだ? 魔族の価値観が命よりも金というのなら愚かな種族としか俺には思えんがな」
アルフィスの苦笑混じりの声にもう1人の少年が口を開く。
「アルフィス様、世の中にはそういうアホな奴もいますよ。勇気と無謀の区別の付かないアホがね」
もう1人の少年の声には呆れた様な感情が込められている事をクルノスもガベルも感じている。
「まぁ、ジュセルの言うとおりだが区別を付ける事の出来ないアホがこの世にはなんと多いことやら」
「ついでに言えば新手が来ることも想定してないんですから、頭が可哀想な連中だと言う事はもう決定事項ですよね」
アルフィスとジュセルの言葉にガベルがいきり立つと2人に声を荒げる。
「舐めるな人間ご……」
ガベルの声が中断された事を不審に思ったクルノスがガベルに視線を移すとガベルの眉間に矢が突き刺さり、後頭部から鏃が突き出ているのをクルノスは気付く。
「ガ、ガベル!!」
クルノスの言葉がかけられた一瞬後にガベルは膝から崩れ落ちる。崩れ落ちたガベルの延髄にアルフィスが剣を突き立てた。
「な……」
クルノスの呆然とした声が漏れる。アルフィスは突き立てた剣を横に払うと斬り裂かれた首の半分から血が噴き出した。アルフィスはクルノスに視線を動かすと静かに告げる。
「な? お前達のような阿呆でも、流石にここまでくればこの仕事を受けた事が間違いだった事を納得出来るだろ」
クルノスはアルフィスの言葉に睨みつけることで返答した。だが、その視線には恐怖の感情が色濃く含まれていた。




