六剣④
アレン達と六剣の戦いは混乱を極めていた。六剣の面々はそれぞれ魔剣の力を使用しアレン達に放っていたからだ。
また、それに応戦するかのようにカタリナも魔術を展開していたのだ。すでに国営墓地のこの界隈は斬撃、魔術、アンデッドがぶつかる超危険地帯となっていたのだ。
戦いは、アレンとオルグが互角の戦いを演じ、フィアーネとフィリシアがロミュラを圧倒し、ロミュラは防戦一方となっている。またレミアはザーヴェル相手に有利に戦いを進めている。
カタリナはリグマに魔術を次々と放つがリグマの魔剣ダイングラムは魔力を吸収するという魔剣であり、カタリナとはかなり相性が悪い。ここで普通であれば魔術の使用を控えるのだが、カタリナは敢えて複数の魔術を展開したのだ。
カタリナはリグマの魔剣が一度に吸収できる魔力には限りがあることに気付くと吸収しきる前に他の術でリグマを斃そうとしたのだ。ある意味、脳筋的な判断であるがアレン達の行動には(主にフィアーネ)時々、このような展開があるのは事実であった。
いずれにせよ、カタリナとリグマは一進一退の戦いが展開されていたのだ。
ナフタの戦いはアンデッド達、闇姫、神の戦士の混成部隊が相手であり、個の実力から言えばアレン達に大きく及ばないのだが、フィアーネによりかなりのダメージを負わされていたナフタはこの混成部隊を叩くのに苦労をしていた。
(このままならいけるな……)
アレンは冷静にこの状況を把握する。このままの流れで戦いが推移すれば間違いなくフィアーネ、フィリシアがまずロミュラを討ち取り、レミアに加勢しザーヴェルを討ち取る事になればもはや傾いた流れは一気に六剣を押し流すのは間違いない。
(この事はこいつも解っているはずだ……だが、こいつは余裕がある。何かしらの手が残っている事は間違いないな)
だが、アレンはオルグの様子からもう一波乱あることを察していた。オルグの様子からこの状況においてまだアレン達に勝利を収める事を疑っていない雰囲気を感じ取ったのだ。
アレンの洞察は正しい、一見追い込まれているような流れに踏み込んだ六剣であったが、オルグはまったく慌てていない。
(ふん……確かにこいつらは強いが俺が何の備えもなくここにきているはずはないだろう)
オルグは心の中でほくそ笑む。確かにこの段階ではアレン達に後れをとっているのは事実だ。しかも副団長であるアイガスを失っている。
(俺の仕掛けに嵌まったときのこいつらの顔が見物だな)
オルグの切り札は至極単純なものだ。伏兵を偲ばせているのである。その伏兵は『クルノス』と『ガベル』という名の魔術師である。ベルゼイン帝国において、近接戦闘において無類の強さを誇るのが六剣であり、連携において無類の強さを誇ったのが『リンゼル』であれば、魔術において無類の強さを誇るのがクルノスとガベルだ。
この2人は遠距離からの魔術攻撃に特に秀でており、六剣から少し遅れてこの国営墓地に侵入した。その際に完全に気配を消し、探知にかからないように魔術を施したローブで完全にアレン達の探知をくぐり抜けていたのだ。
アレン達と六剣の戦場から500メートル程離れたところで、2体の魔族がニヤリと嗤っている事を当然アレン達は気付いていない。この魔族がクルノスとガベルである。
クルノスは側頭部より角が生えており、長く伸ばした髪を後ろで一つに束ねているが今はローブをすっぽり被っているためにその顔はよく見えない。ガベルの目にはメガネがかけられておりインテリ風の容貌をしている。
「始めるぞ……」
「ああ」
クルノスの言葉にガベルが一言で答えると術を展開する。この術は至極簡単な術だ。【爆発】を魔力で覆い爆弾として放つというものだ。ただし、クルノス達の術は転移魔術を併用する。
転移魔術は転移先の拠点を設ける必要があるのは、人間だろうが魔族であろうが変わりはない。レミアが運ぶ猟犬を放ち、拠点を設けたようにクルノス達の拠点は六剣が作っていたのだ。
「さて……これを躱せるかな?」
クルノスが展開した爆弾が掌から消える。続いてガベルの手にあった爆弾も消えた。
ドゴォォォォォォォォ!!
ドゴォォォォォ!!
アレン達と六剣の戦場で爆発音が発生したのがクルノスとガベルの耳に入った。
アレンはオルグと剣戟を展開しながら、オルグがどのような手をとるかに注意を向けていた。オルグはすでに魔剣の力を展開し炎を剣に纏いアレンと斬り結んでいる。幸いと言うべきかアレンの見つけているコートには魔術的な防御が施されているため、燃え上がるという事はなかったのだが、だからといって何の影響も受けないというわけではない。
オルグの振るう魔剣から放たれる炎はアレンに放たれると、アレンは後ろに跳び一端距離をとる事にする。
『主様!!』
突如、アレンの頭の中に魔剣ヴェルシスが叫ぶ。魔剣ヴェルシスは普段戦闘中に声を発することはほとんどない。だが、この時の魔剣ヴェルシスは明らかに切羽詰まった声で危険を知らせたのだ。
アレンはその声に反応すると内容を確かめるのではなく瞬時に防御陣を形成する。
ドコォォォォォォォォォ!!
「ぐ……」
咄嗟に防御陣を形成したとはいえ、爆発の威力は相当なものでありアレンも無傷というわけにはいかない。そして続けてアレンの至近距離で二度目の爆発が起こる。
ドゴォォォォォォォ!!
今度は防御陣も間に合わなかったが、アレンは咄嗟になんとか魔力で全身を強化し防御を固めたのだが爆発によりアレンは吹き飛ぶと地面を転がった。
「「「「アレン!!」」」」
フィアーネがレミアがフィリシアがそしてカタリナが次々と倒れ込んでいるアレンに声をかける。フィアーネ達にしてみれば信じられないような光景だった。アレンはたとえどのような敵と遭遇しても地面を転がるという事は今まで一度もなかった。強いて言えばイグノールとの戦闘で重症を負ったことぐらいであったが、勝敗が決するまで倒れ込むような事はなかったのだ。
フィアーネとフィリシア、レミアがアレンの応援に入ろうとするが、そこにロミュラとザーヴェルが立ちふさがる。先程までと違い余裕の嗤みを浮かべていた。
アレンの危機のためだろうフィアーネ達は明らかに冷静さを欠いていた。ロミュラの魔剣から大量の水が放たれるのをフィアーネとフィリシアは最小の動きで躱そうとした事が災いした。
確かにフィアーネとフィリシアは放たれた水を躱したが、水が腕の形を作るとフィアーネとフィリシアの足首を掴んだのだ。
「な……」
「しまった」
フィアーネとフィリシアは同時に自分達の迂闊さを悔やむ。冷静さを欠いたために敵に不覚を取ってしまった事を痛感したのだ。
そこにザーヴェルの魔剣が発生させた雷撃が放たれる。しかも放ったのはロミュラの作り出した水であった。当然、フィアーネとフィリシアを掴んでいる腕を通して2人に電撃が襲いかかった。
「きゃぁぁっぁぁっぁぁ!!」
「くぅぅぅぅぅ!!」
フィアーネとフィリシアが感電し、苦痛の声を上げる。魔力を自分の体に纏ってはいるがそれでも相当な電撃に無傷というわけにはいかない。
「まずい……」
レミアはそう呟くと転移魔術を展開しようとしたとき、突然目の前に魔力の塊が現れた事に気付く。
「これか!!」
レミアが叫んだ瞬間に塊は爆発する。
ドゴォォォォォォォ!!
凄まじい爆発が起きるがレミアは間一髪転移魔術により難を逃れる事に成功する。レミアが転移した先はザーヴェルの背後だ。背後に現れたレミアが斬撃を繰り出そうとした瞬間にオルグがレミアに斬撃を繰り出す。
キィィィン!!
オルグの魔剣をレミアは双剣で受け止めるがそれは事態が好転することを意味するものでないことは明らかだった。
「く……」
レミアが浮かべた厳しい表情を見て対称的にオルグは嗤う。すでに勝利を確信したかのような表情だ。
「はぁ!!」
そこにフィアーネが気合いを込めた正拳突きを地面に放つ。フィアーネの一撃により地面は大きく抉れる。それにより水が分断され何と電撃から逃れることに成功する。
「フィリシア、大丈夫?」
「なんとか……」
フィアーネの言葉にフィリシアは苦痛はあるが返答する。どうやら最悪の事態は避けられたとフィアーネは思い顔を綻ばせる。そこにロミュラが斬り込んでくる。
フィリシアも立ち上がりダメージを負った体を引きずりながらロミュラと斬り結ぶ。
(まずいわね……このままじゃ全滅するわ)
ロミュラと斬り結ぶフィリシアを見てフィアーネは直感する。このままここで戦えば確実に全滅する事はもはや確定事項であった。アレンにちらりと目を移すと剣を杖に立ち上がっているのが見える。
一瞬だけアレンとフィアーネの視線が交叉するとお互いに頷き合う。
「レミア、フィリシア。ここが正念場だ」
「わかったわ」
「わかりました」
アレンの言葉にレミア、フィリシアが大きく叫ぶ。ついでアレンがカタリナに声をかける。
「カタリナ、切り札のその戦士達を投入してくれ!!」
アレンの言葉にカタリナが頷くとカタリナの周囲にいた傀儡達を六剣に突撃させる。
「場所はA地点だ」
アレンが叫ぶと同時にレミアがオルグの剣を躱すとアレンの近くに跳ぶ。ほぼ同時にフィアーネがフィリシアの近くに跳び、最後にカタリナが魔法陣を展開する。そしてアレン達は全員ほぼ同時に六剣の前から消えた。
「逃げられたか……」
オルグの口から悔しそうな声が漏れた。




