雪姫Ⅱ③
【破神の鉄槌】……。
カタリナが先手のために使った術がそれである。魔法陣から一体の巨大な怪物の上半身が姿を現す。まるで異界から上半身だけ召喚されたような感じだ。その怪物の手には長さ10メートル程の巨大な戦槌が握られていた。
怪物はその戦槌を振り上げると凄まじい速度でリオキルに向かって振り下ろした。リオキルはその凄まじい一撃を躱すとフィアーネ達から見て右側の塔の壁に張り付く。それとほぼ同時に振り下ろされた戦槌が先程までリオキルの立っていた橋を粉々に破壊する。
戦遂に込められた膨大な魔力が橋に触れた瞬間に大爆発を起こし橋を粉々にしたのだ。
本来この破壊の鉄槌は城壁や防御施設を破壊するための術であり、個人レベルの敵に対して行使されることはほとんどない。個人をつぶす力としては威力が少々過剰すぎるからだ。
カタリナがこの術をあえて使ったのはリオキルの度肝を抜くためである。実際にリオキルは破壊の鉄槌の一撃に度肝を抜かれている。
凄まじい一撃を放った破壊の鉄槌は塵となって消え去った。その巨大な一撃により魔力のほとんどを使い果たしたため形を保ち続ける事は出来ないのだ。
「よっと……」
フィアーネは粉々になった橋の破片を手に取るとリオキルへと投擲する。口から紡ぎ出された言葉は呑気なものであるのだが、その威力ははっきり言って凶悪という言葉すら生ぬるいと言った感じだ。
リオキルはかろうじて身をよじって投擲された破片を躱すがその破片は塔に直撃するとそのまま塔の壁をぶち破った。
「惜しい」
フィアーネはそう呟くと再び破片を投擲する。リオキルはまたも躱すがまたしても塔の壁はぶち抜かれた。リオキルは壁に足を付け力を込めると壁を蹴りまるで弾丸のようにフィアーネに向かって飛んだ。
フィアーネの眼前に一瞬で到達したリオキルは爪で引き裂こうと虎爪の形を作るとフィアーネに放つ。フィアーネは緩やかに動いたようにしか見えなかったのだが、リオキルの虎爪を難なく躱した。
攻撃を躱された事にリオキルは驚きの表情を浮かべる。どう考えても自分の方が速く動いているはずなのに結果としてフィアーネに躱された事が信じられなかったのだ。しかもフィアーネは余裕で躱しておりそれがさらにリオキルを戸惑わせたのだ。
「せいっ!!」
着地したリオキルが振り返った瞬間に顔面に衝撃が走る。フィアーネがまるで瞬間移動したかのような速度で間合いを詰めると顔面に拳をめり込ませたのだ。フィアーネの一撃にリオキルは吹っ飛ぶと地面を転がった。
そこにカタリナが【竜火】を放った。炎によって形作られた竜がリオキルに向かう。リオキルは本能的に動くとそのままカタリナの【竜火】を躱した。考えてゆえの行動では無く死を恐れる背物としての本能が体を動かしたのだ。
「はぁ……所詮はこの程度よね」
フィアーネが露骨に蔑んだ表情をリオキルに向けると冷たく言い放った。カタリナも同様に失望のため息をはく。
2人の行動にリオキルは憤怒の表情を浮かべている。人間 (フィアーネは違うが)、しかも見た目は可憐な美少女に追い込まれていることはリオキルにとって屈辱以外のなにものでもない。
「舐めるなよ……」
リオキルの言葉にフィアーネは苦笑いを、カタリナは呆れた表情を浮かべる。“舐めるな”と言われても今までの流れでどこを警戒させるつもりなのだろうかと思ったのだ。
2人の表情を見てリオキルはその意図するところを察したのだろう。口元を醜く歪めるその表情は“思い知らせてやる”という感情が吹き出ていた。リオキルは魔力を身に纏うとあふれ出た魔力がまるで胞子のように周囲に撒き散らされる。
「ん?」
「あら……どうやら本番みたいね」
2人はリオキルの行動に身構える。いや、正確に言えば2人は常に戦いにおいて相手がどのような実力であっても警戒を解くような事はしない。油断しているように見えるのは当然の事ながら演技である。相手が油断していると勘違いし、偽りの隙を衝いてくれば容赦なくそこを逆に衝くつもりだったのだ。
リオキルから撒き散らされた胞子は地面に落ちるとまるで発芽するように次々と分身が生まれる。数はあっという間に10を越え、20、30となり100体程の分身がリオキルの周囲に立っている。
「俺を舐めた事を後悔しろ!! この分身達を俺は無限に生み出す事が出来るのだ!!」
リオキルは心地良さげに嗤う。周囲を取り囲む分身達は布を覆面とし体には黒を基調とした服装だ。まるで暗殺者のような出で立ちである。手には手甲を付けており打撃力をましているようだ。どうやらこの分身達は素手での戦いをフィアーネ達に挑むつもりらしい。
「やれ!!」
リオキルの命令に分身達は一斉に2人に飛びかかった。
フィアーネは瘴気を集め2つの拳大の塊に形成すると飛びかかってくる分身に投げつけた。塊はまともに分身の顔面にまともに直撃すると分身の顔面は粉々になった。塊はその後膨張すると人型に姿を変える。
フィアーネの動く彫刻である神の戦士だ。|神の戦士Ⅷエインヘリアル》は腰に差した剣を抜き放つと襲い来る分身達の首を刎ね飛ばした。
2体の神の戦士は剣を縦横無尽に振るい次々と分身達を斃していく。だが100体もの分身をせき止めることは出来ない。あふれ出た川の流れのように分身達は神の戦士をすり抜けると後ろにいたフィアーネとカタリナに襲いかかった。
それを4体の傀儡が迎撃するがやはり神の戦士同様にすべてを防ぐことは出来ない。
「カタリナ、下がって」
フィアーネがカタリナに声をかけるとカタリナは頷き、後ろに下がった。その瞬間に、フィアーネと分身達が接敵する。フィアーネの拳が容赦なく振るわれると分身の顔面は打ち砕かれ3メートルほどの距離を飛び地面に激突する。フィアーネはそのまま次の分身に肘を叩き込み、またも顔面を砕いた。
距離をとったカタリナは【魔矢】を放ち、向かってくる分身を斃していく。顔面を撃ち抜かれた分身が三歩程進んだところで自らの身に何が起こったかを悟ったように倒れ込んだ。
(かなりの数を斃したはずだけど……一向に減る気配が無いのは、そういうことよね)
フィアーネは分身を次々と血祭りに上げながら後から後から向かってくる分身の出所を見るとリオキルが次々と分身を生み出しているのが目に入る。斃された分身達は3分程は死体が残るがそれから塵となって消えていく。
(逆に言えば3分ほどは死体を武器として扱うことも可能と言う事よね)
フィアーネは心の中でかなり非人道的な事を思っている。
「フィアーネ!!!」
そこにカタリナが大声でフィアーネの名を呼ぶ。いつの間にかリオキルが分身に紛れてフィアーネの背後に回り込んでいたのだ。
「死ねぇぇぇ!!」
リオキルの貫手がフィアーネの顔面に放たれるがそれを難なく躱すと裏拳をリオキルの顔面に入れる。まともに食らったリオキルはのけ反った。フィアーネはそのまま裏拳を放った手でリオキルの胸ぐらを掴むと力任せに引っ張るとそれにつられてリオキルの顔面が前に出たところにフィアーネが反対の肘を叩き込んだ。
ゴギャァァッァ!!
形容しがたい音が周囲に響きリオキルの体は肘を入れられた箇所を支点に一回転すると地面に落ちる。フィアーネは容赦なく首を踏み抜きトドメを刺した。
(……違う)
フィアーネは今自分が斃したリオキルは分身であることを理解する。カタリナに視線を移すとカタリナの背後にリオキルが襲いかかろうとしているのが目に入った。
「カタリナ!!」
フィアーネが叫ぶとカタリナは余裕の表情を浮かべ頷くと箒の柄で地面を突く。すると背後に全長3メートルほどの土の柱が十数本突き出しリオキルを貫いた。




