雪姫Ⅱ②
転移を終えたフィアーネとカタリナの眼前にはケニファル城跡があった。本来、国境をまたいで転移するには許可が必要なのだが、フィアーネはジャスベイン家の令嬢であり、すでに近隣諸国の許可はもらっているのだ。そして同時にアレン達もローエンシアがそれぞれ許可をとっているために法的には何ら問題は無い。
もちろん、密輸などの犯罪行為に転移を使えばそれは個人の問題では無く所属する国も責任を負うことになっており、よほどの事がないと転移魔術で国境を越える許可は下りないのだ。
「さ~て、カタリナ派手に行っちゃいましょう♪」
フィアーネの言葉にカタリナは「え?」という表情を浮かべる。フィアーネの言葉は城にいるものに先制攻撃をしかけるという事を意味していたからだ。
フィアーネにはフィアーネの根拠があった。ケニファル城跡に居着いた者達は犯罪者の可能性が高いと思っていたのだ。なぜなら城跡は放棄されたからといってもジャスベイン家の管理下にあるのだ。そこに勝手に入るだけでも十分に責められる理由になる。もし正当な理由があるのなら、きちんとジャスベイン家に話を通すはずだ。それをしないと言う事は何かしらやましい事があるということだ。
またジュスティス達との話から近隣に被害が出てないという事も察していた。その理由は「何者かが」という言葉だった。もし近隣に被害が生じていれば「盗賊の根城になっている」などというように誰が居着いているかが報告されるはずだ。それが無いと言う事は居着いている者の正体が不明という事だ。
「う~ん、良いの?」
カタリナの言葉にフィアーネは満面の笑みで頷く。その自信のある笑みにカタリナも納得したようで箒で地面を突くと四つの魔法陣が地面に描かれる。その四つの魔法陣から四つの人形が跪いた状況で現れる。のっぺりとした木製の人形の背には魔石を入れると思われるポケットがあった。
「さて……」
カタリナは何かを考えているように人形の後ろに立ちそれぞれのポケットに魔石をはめ込むと蓋をする。カタリナが蓋をするともう一度箒の柄で地面を突く。すると蹲る人形の足下に魔法陣が浮かび上がった。
魔法陣が浮かび上がると同時に人形の周囲に魔力が発生し、体を覆っていく。覆っていく魔力はどんどん増していき全身鎧を纏った戦士の姿になった。戦士達は立ち上がると右手に長剣、左手に長さ70㎝程、幅50㎝程の長方形の盾を持っている。
「今回はみんな武装が同じなのね」
フィアーネの言葉にカタリナは頷くと返答する。
「ええ、前回と違って今回は威圧も兼ねてるからね」
「なるほどね」
カタリナのいう威圧とは、傀儡の装備を合わせることで、同じ組織に属する一団であると思わせることであった。傀儡4体の全身鎧、盾、長剣は言うまでもなく高価なものである。それを揃えるというのはそれだけの経済力を持っている事に他ならず正規軍に属する者と判断する。正規軍に攻撃を仕掛ける危険性を認識していればそれだけでこの傀儡は威圧の材料となるのは間違いなかった。
「それじゃあ、とりあえず中に入りましょうか」
「真っ正面から行くの?」
「もちろん、この城はうちの所有するものなんだから真っ正面からいくのは当然よ」
「う~ん、何というかフィアーネの家って何だかんだ言っても桁違いの金持ちなのね」
「まぁ家はお金持ちと言って良いけど。私自身はお金を持っているわけじゃ無いのよ」
「そうかも知れないけど、フィアーネってお嬢様なのよね。色々とぶっ飛んでるけど」
「何言ってるのよ。今時の令嬢はこれぐらいの事は普通にやるわよ」
フィアーネとカタリナは城の正門をくぐりながら緊張感のない会話を展開している。門をくぐってしばらく歩くと突然、城の門が閉まる。
「あらら、閉じ込められたとみるべきかしら?」
「たかが門が閉まっただけでしょ。帰るときには“開ければ”済むわ」
「それもそうね。“開ければ”それで済むわよね」
2人はまたも緊張感のない会話を展開する。ここでいう門を開けるとは門を“破壊”するという意味合いが込められていることを2人は当然理解している。
テクテクと2人は周囲を確認しながら歩く。100年前に放棄された城の割にはそれほど荒れているようには思えない。魔術による保存を念のためにかけていたためだ。効果が切れかかっているため少しずつ荒れ始めているという感じだった。
「え~と、あっちから気配がするわね」
「うん、行ってみましょう」
2人は気配のする方へ歩いていく。明らかに放たれる気配は人間のものでも、吸血鬼のものでもなかったために一応警戒をしながら歩いている。
城の中庭に入りそのまま中央と突っ切って城の建物内部に入ろうとしたところで2人は立ち止まった。中庭の向かい側に二つの塔が立っており、その塔はアーチ状の橋で繋がっている。その橋の中央に1人の男が立っていたのだ。
「あらら……カタリナ、ゴメンね。どうやらハズレみたい」
フィアーネがカタリナに謝罪する。その謝罪はこの城にいたのがイベルでは無かった事がわかったからだ。カタリナの目的はイベルだったので空振りになってしまったのだ。カタリナは苦笑を浮かべるとフィアーネに返答する。
「まだ、わかんないわよ。ひょっとしたらあの“魔人”はイベルの部下かも知れないじゃない」
「確かに可能性としては低いけどゼロじゃ無いわね」
「ええ、物語では意外と可能性が低いことがおこるのよね」
「そういうこと希望を持つとしましょうか」
「そうね」
2人は相変わらず緊張感のない会話を交わす。だがそれは表面上の事であり、橋の上の男がどのような手段を持っているかわからないため警戒を怠ってはいない。むしろ緊張感のない会話は相手を油断させるためのものだ。
フィアーネとカタリナは橋の方に歩いて行き男を見上げると位置につく。橋の高さは6~7メートル程の高さであり、男の表情までよく見える。
「まずは定型句からね。この城はエジンベートの公爵家であるジャスベイン家の管理下にあります。あなたがここに留まることは許可しませんので即刻退去してください」
フィアーネが朗々と退去を促す。フィアーネが男に言葉を告げたのは時間稼ぎのためである。会話をすることで男の注意をそちらにひき、初撃を入れやすくしようと考えたのだ。
男がその事に気付いた様子はない。どうやらフィアーネとカタリナの容姿から侮っているようだ。口元が醜く歪み露骨に嘲りの表情を浮かべる。
「なぜ私が貴様らに従わなければならない? 貴様らこそ俺の玩具にしてやる。そちらの騎士達はお前達の中では相当な手練れなのだろうが、私にはまったくの無力だ」
男の返答は2人にとって想像の範囲内であったためにまったく不快では無かった。むしろ完全に予想通りの反応であったために哀れに思ったぐらいだ。ついでに言えば4体の傀儡は確かにそれなりだがフィアーネ、カタリナなら文字通り瞬殺することも可能だ。にもかかわらず傀儡の方にばかり注意を払っている男の能力というのも底が浅すぎるものと2人は考えている。
「そう、まぁいいわ。それであなたはイベルとどんな関係があるの?」
フィアーネの問いに男は首を傾げる。フィアーネの問いの意味がわからなかったのだろう。
「何の話だ?」
困惑する男にフィアーネは嘲りの表情を浮かべて返答……いや挑発する。この挑発は意味があったようで男は露骨に気分を害したようだった。
「はぁ、頭の悪い男はこれだからダメよね。完全に自分の実力を勘違いした惨めなピエロだわ。少しもこちらの質問に答えられないなんてダメ男の典型ね。同情するわ」
「フィアーネ……言い過ぎよ。いくら言われていることが半分も理解できていないと仮定しても侮辱されたのはこいつでもわかると思うわよ」
「それぐらいの頭はあるのかしら、私としては相当怪しいのだけど……」
「まぁその気持ちはわかるわ」
フィアーネとカタリナの挑発に男は激高する。まぁここまで侮辱されれば激高しない方が少数派だろう。
「この魔人リオキルへの侮辱、只で済むと……え?」
男はリオキルという自分の名を2人に告げ威嚇しようと声を上げたのだが、その威嚇は途中で止まった。
カタリナが話の途中で魔法陣を展開しているのが視界に入ったからだった。




