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雪姫Ⅱ①

 ジャスベイン家の執務室でジュスティスは執務を執り行っている。ジュスティスは責任感が強く真面目なために執務には手を抜くような事はしない。ダンジョン作りが絡むと別方向に努力のベクトルを向けるのだが、基本は真面目に仕事に取り込むのだ。


 山のように積まれた書類をテキパキと処理していく。書類をチェックし問題点があれば赤字で添削を入れて再提出させる。ジュスティスは細かい様式には拘らないのだが、見通しが甘かったり、矛盾点があると絶対に決済はしない。そのため、ジャスベイン家の領内経営に携わる者達の能力は他の領の者達より頭一つ抜きん出ていた。


 1時間程で大量の書類の半分ほどを処理した時、一つの報告書にジュスティスは目を留める。ジャスベイン領にある放棄された『ケニファル城』という古城に何者かが住み着いたという報告文書であった。

 ケニファル城はかつてジャスベイン領の東部を守っていた城だったのだが、100年程前に国の街道整備に伴い交通の要所から外れてしまい、戦略的にも理由が無くなったために放棄された城だった。

 ジュスティスは新たなダンジョンの形として古城をモチーフにしたものを考えており、ケニファル城はその候補の一つだったのだ。


「ふむ……俺が先に目を付けていたのに良い度胸だな」


 ジュスティスの言葉に秘書官の『バルジ=クートン』が小さくため息をつく。バルジはジュスティスと同じ22歳、母親がヴァンパイアで父親が人間のいわゆるハーフヴァンパイアだ。幼い頃より文官を志しておりそれに見合う努力を惜しまない。15歳の時からジュスティスが領地経営の修行に入ると同時に、その補佐としてジュスティスの父であるジェラルより付けられた人物だった。

 ジュスティスとは同年齢と言う事もあり、すぐに打ち解け仕事の無いときは友人として扱われている。文官としての能力は非常に高く将来的にはジャスベイン領に無くてはならない人物になるのは間違いなかった。

 ちなみに妻帯者で3ヶ月前に男の子が生まれ、完全な親バカを発揮しており、事あるごとに息子自慢をくり返して周囲の者達に呆れられているという一面もある。


「ジュスティス様、趣味の話はまず置いといてください」


 バルジは仕事中はジュスティスに『様』という敬称を必ず付ける。ケジメはきちんと付けるというのがバルジの矜持であり美学であったのだ。


「わかったよ。それにしても城に住み着いたのは盗賊団か? ある意味、そちらの方が問題だな」

「確かにそうですね」


 盗賊が他領から流れてきたというのならば領内の治安の悪化が懸念されるし、他領が上手くいっていないことを意味する。エジンベートという国全体の事を考えれば早いうちに対処すべきである。またジャスベイン領の領民が盗賊化したというのなら領内経営が上手くいっていないという事を意味するため、放っておくわけにはいかない。


「となると誰か派遣することになりますね」

「ああ、立て込んでなければ俺自ら行くんだが、同じ理由でお前も無理だな」

「そうですね。ミューガン川の堤防視察を外す事は絶対に出来ませんからね」


 古来より治水政策は統治者にとって必要不可欠なものだ。その事を理解している両者は3日後にミューガン川の視察に行くことになっていたのだ。


 バン!!


「お兄様、話は聞きました!! ケニファル城へは私が行きます!!」


 執務室の扉を開け放ちフィアーネが仁王立ちして宣言した。その顔は得意気な表情で満ちている。いわゆるドヤ顔というやつだ。


「えっと……フィアーネ様?」


 バルジがおずおずとフィアーネに声をかける。それなりの付き合いなのでバルジはフィアーネの性格を理解していた。しかし色々な手順をすっ飛ばすため、少しばかり戸惑うのは仕方の無い事なのかも知れない。


「あ、バルジさん、お疲れ様です」

「あ、どうもご丁寧に」


 フィアーネがバルジに挨拶するとバルジも挨拶を返す。フィアーネはバルジの子どもを可愛がっており、親バカ全開のバルジとしてはフィアーネに悪意を持つ事はあり得ない。バルジの妻に赤ん坊の世話を教えにもらいに行っているためにバルジの妻とも良好な関係を築いていた。

 フィアーネにしてみれば将来のアレンとの間に生まれる子どもの世話の勉強のつもりなのだが赤ん坊の可愛さに最近はメロメロになっている。


「それでフィアーネ、どこから聞いていたんだ?」


 ジュスティスが呆れたように言うとフィアーネはニンマリと笑う。当然ながら盗み聞きを責めているのだが、フィアーネは当たり前のように無視した。


「もちろん最初からです。お兄様達は仕事で行くことが出来ない以上、私が行きます」


 フィアーネの言葉にジュスティスはすでに諦めの心境に達している。フィアーネが行くと言った以上、どんな事を言っても絶対に向かうのは決定事項と言って良かった。


「そうか……それなら、フィアーネお前にたの…「わかりました。吉報をお待ちください♪」」


 ジュスティスの言葉にフィアーネが言葉を被せると執務室から飛び出していく。


「おいフィアーネ!!最後まで話を……」


 ジュスティスの声がむなしく響く。その光景をバルジは気の毒そうに見ていた。バルジはジュスティスの心の中でケニファル城跡をダンジョンの候補地から外したのを察したのだ。


「候補地は一つじゃないですから……」

「……ありがと」


 バルジの慰めにジュスティスは小さくお礼を言った。



 * * *


 バン!!


「カタリナ!!」


 フィアーネはアインベルク邸の敷地内にあるカタリナの研究施設のドアを開け放つと同時に施設の主である少女の名前を叫んだ。


「どわぁ、何々!?」


 カタリナはうたた寝をしていたようでフィアーネの来襲に何も心構えをしていなかったらしく驚きのあまり文字通り飛び起きた。キョロキョロと周囲を見渡しフィアーネの姿を確認すると「ふ~~~~」と長く息を吐き出すと再びソファに座り込んだ。


「びっくりした~~。もうフィアーネ驚かせないでよ」

「あはは、ゴメンね♪」


 カタリナの抗議にフィアーネはまったく答えた様子を見せない。カタリナもいつもの事であるとサラリと流すことにした。


「それでどうしたの?」

「あのね。実は私の家の領内にある城跡に何者かが入り込んだらしくて私がそこに行くことになったのよ」

「はぁ……」


 カタリナはまだ頭が回転していないのかフィアーネの言葉への反応がいまいち鈍かった。ところが次のフィアーネの言葉にカタリナ一気に覚醒する。


「ひょっとしたらイベルの関係者かも知れないと思ったのよ」

「イベルですって?」


 イベルの名を聞いた瞬間にカタリナ食いつきが変わった。声、視線、表情のすべてがイベルという存在にカタリナが興味を持っていることを物語っている。


「ええ、時期的にイベルが活動を開始して拠点を設けていると仮定すれば可能性は十分あるわ」

「ルベルシアの使っていた刻印のサンプルが手に入るかも知れないと言うわけね」

「ええ、それであなたを誘いに来たのよ」

「さすがフィアーネ。わかってる♪」

「ふっふふ~さぁそれじゃあ準備してちょうだい♪」

「わかったわ、ちょっと待ってて」


 カタリナは準備に入るといっても、いつもの箒と帽子を身につけただけだったため1分もかからない。準備の終わったカタリナの手をフィアーネはとるとすぐさま転移魔術を展開し、2人はケニファル城に転移するのであった。


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