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墓守Ⅱ④

「さて……」


 アレンはそう一言告げると同時に動く。


(袈裟斬り!!)


 ゴルヴァンはアレンの剣の動きから袈裟斬りを放つつもりと確信し双剣を構える。片方で受けると同時にもう片方を腹に突き刺すつもりだった。


 しかし……。


 アレンの剣から斬撃は放たれない。代わりに放たれたのは前蹴りだった。音を置き去りにしたような速度で放たれた前蹴りをゴルヴァンはまともに受ける。凄まじい衝撃が腹部に発生し、猛スピードの馬車にはねられたように吹き飛んだ。


「がはぁっ!!」


 アレンは蹴り込んだ足を戻すのではなくそのまま一歩とすると吹き飛んだゴルヴァンの追撃に入る。ゴルヴァンは何とか床を転がるような状況にはならなかったが体勢を立て直すまでの短い時間に完全にアレンに流れを奪われてしまった事に気付く。


 アレンは間合いを詰めると首筋に斬撃を放つ。ゴルヴァンがその斬撃を双剣で受け止める事が出来たのはほとんど奇跡に近い。ゴルヴァンは意識してアレンの斬撃を防いだのではない、死を逃れるという生物としての本能が反射的に剣をアレンの斬撃の軌道上に滑り込ませることに成功したにすぎないのだ。


 アレンはそのまま剣を振り抜く。ゴルヴァンは凄まじい膂力にその場に留まることが出来ずに2メートルほどの距離を飛ぶと地面に着地する。

 ゴルヴァンは何とか体勢を立て直す事に成功するが、同時にアレンが追撃を行わなかった事に対して訝しむ。


「さて……初めましてだな。どうやら俺の名前を知っているようだが一応名乗らせてもらうぞ。俺はアレンティス=アインベルク、国営墓地の墓守だ」


 アレンの突然の自己紹介にゴルヴァン達は面食らっていた。どう考えてもこの段階でする話ではない。


「お前達が何者かはどうでもいいから名乗らなくて良い。さて、ご挨拶代わりに背中から斬りつけたそこのマヌケなんだが、治療しなくて良いのか?」


 アレンは先程斬り伏せたコルシスの治療を促すような言葉を言う。


「どういうことだ?」


 ゴルヴァンの言葉には猜疑の感情がふんだんに盛り込まれている。それも当然の事でこの殺し合いのまっただ中に“命を大切に”などという事を言うはずがないからだ。

 ゴルヴァンはアレンがそのような甘ったれた感情をこの場に持ち込むはずがないことをすでに理解している。ならば何かしら目的があっての発言であると考えるのが当然だった。


「いやな……俺としたら上手くいかないだろうなと思ってやった奇襲だったんだが、お前らが弱すぎて思いっきり成功してしまったんだ。一応急所は外しておいたがこのまま治療を受けなければ死ぬだろうなと思ってさ」

「……」

「しかし、お前達は本当にマヌケだな。自分達が待ち構えるという状況をまったく活かす事が出来ないんだからな」

「……」

「大体、2階からの侵入を想定してないなんてマヌケすぎて真面目に相手するのがアホらしくなるだろ」


 アレンの声には呆れた様な響きがある。


(このガキ……舐めやがって!!)


 ゴルヴァンは一瞬、ペールを見るとどうやらジルクの治癒は終わったらしく2人とも立ち上がっている。ゼントは闇姫やみひめと対峙しているため、アレンに斬りかかることは不可能だ。


(ガキめ……俺達を舐めるなよ。その余裕が命取りだ)


 ゴルヴァンは心の中でほくそ笑む。ゴルヴァンには秘策があったのだ。いや、より正確に言えば闇の魔人衆(イベルノワグ)の秘策と言うべきものだ。強者と戦った時に、致命傷を負った事も一度や二度では無い。

 その時に治癒魔術を施した護符アミュレットを展開し傷を癒やすのだ。一度斬り捨てた者に対して戦闘において注意を払う者は極少数だ。死んだふりをして傷を癒やし相手が隙を見せたところを後ろから刺すというのがその秘策の内容だ。

 先程のジルクがそれを使わなかったのは、各人が持っているその護符アミュレットが1回しか使えない事と切り札であるため可能な限り治癒魔術で対応するようにしているためである。


「ふむ……助ける気がないんだな……」


 アレンがそういうとまたも動く。動いた方向は倒れ込むコルシスだ。


「な……」


 ゴルヴァンが虚をつかれた一瞬後にはアレンはコルシスの元に辿り着き、容赦なくコルシスの脇腹を蹴り込んだ。アレンに石ころのように蹴飛ばされたコルシスはそのまま壁に激突して意識を失った。


「本当にちゃちな手を使うな」


 振り返ったアレンは心底軽蔑したような視線をゴルヴァンに向ける。


「な、なぜわかった……?」


 ゴルヴァンの言葉にアレンは呆れた様に言う。もちろんコルシスの傷が既に癒えており死んだふりをしていたことに対する質問だった。その質問に対しアレンの呆れの度合いはさらに深まったようだった。


「はぁ? 誰でもわかるだろ」

「何?」

「お前の言動から死んだふりをしているのが丸わかりだろうが」

「俺の?」

「まぁ、ここまで言って察する事が出来ないなんて、頭が悪すぎるだろ」


 アレンの言葉にゴルヴァンは混乱する。自分の言動のどこにバレる要素があったのか本気で解らなかったのだ。


「まぁ、お前に教えてやる義理などどこにもないから答えるつもりは一切無い」


 アレンは冷たく言い放つ。


 アレンはゴルヴァン達のエントランスでの戦いを気配を殺して観察していた。闇姫やみひめにジルクがやられた時にすぐさまゴルヴァンはペールに治癒を指示し、そのまま自身は血染めの盗賊(ブラッディシーフ)との戦闘を行い治癒を支援したのだ。

 アレンにとって、戦力の低下を避けるためか、部下を大切に思うからなのかは正直、問題ではなかった。問題なのはゴルヴァンが配下の者を戦闘の最中においても治癒を行うと言う事だ。

 既に事切れているというのなら治癒を行わないのも当たり前なのだが、アレンはコルシスの急所を外している事を伝えたにも関わらず動かなかった。ジルクには治癒を行ったのにコルシスには行わないのはアレンにとって不自然だったのだ。そこで何らかの手段で傷を癒やして死んだふりをしていると結論づけたのだ。

 勿論、アレンはこの考えが外れていてもまったく問題無かった。トドメを刺すことで自分の安全性が増すからだ。


「降りてこい……」


 アレンがそう言うと一斉に2階から影が飛び降りてくる。その影とは血染めの盗賊(ブラッディシーフ)達だ。その数は15体、それがジルク、ペールを取り囲んだ。


「な……」


 ゴルヴァンの驚きの声をアレンは無視して瘴気を集めると拳大の塊が3つ現れ、塊は膨張し闇姫やみひめへと変貌する。


 先程までの戦力よりも遥かに巨大な戦力にゴルヴァン達は明らかに狼狽していた。


(やはり、あの女の化け物はこのガキが……いや、問題はそこではない。一体、こいつはあとどれぐらいこの化け物を生み出せる?)


 ゴルヴァンのこの考えは戦意を失わせるに十分であった。闇姫やみひめ一体でさえ、あそこまで手こずっていたのにアレンはさらに3体生み出したのだ。しかも、闇姫やみひめを斃したとしても、それ以上に強大な実力を持つアレンが控えているのだ。まともに戦ってアレンに勝つことは不可能である事をすでに剣を交えたゴルヴァンは理解していたのだ。


「さて、まだやるか?」


 アレンの冷たい言葉が発せられると同時にゴルヴァン達の経験した事のない程の殺気が放たれた。


「く……」


 ゴルヴァンは迷う。この段階で降伏しても命が助かるとは思えなかったのだ。アレンは侯爵だ。侯爵ほどの高位貴族を襲撃し死刑にならないと思えるほどゴルヴァン達は楽天家ではない。


「ふん……情けない奴等だ」


 そこに声を投げ掛ける者があった。アレンは声をした方向を見るとエントランスの正面の階段の上から2人の男がアレン達を見下ろしていた。




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