墓守Ⅱ③
(あれは何だ?)
闇姫を見たゴルヴァン達の正直な感想がそれであった。ゴルヴァン達の有する知識の中には当然ながらアンデッドに対するものもあるのだが、眼前に現れている闇姫の事は誰も知らない。
「ゴルヴァン、どうする?」
ジルクがゴルヴァンの指示を仰いだ。だが、ゴルヴァンが返答するよりも早く闇姫が行動を起こした。
闇姫は両手を掲げて瘴気を集めるとゴルヴァン達に向けて一気に放ったのだ。
「散れ!!」
ゴルヴァンの言葉が発せられるよりも早くメンバー達は動いている。そのため闇姫の放った瘴気弾で負傷する者はいない。ジルクとコルシスはそれぞれ腰に差した双剣を抜き放つと闇姫に襲いかかる。
身のこなし、殺気を押さえる技術からこの2人が相当の手練れであるという事がわかる。闇姫はジルクに照準を合わせると瘴気弾を連発する。
キンキンキンキン!!
「くそ……」
ジルクは双剣を使って放たれた瘴気弾をはじき返していくが、捌くことが精一杯で闇姫に近づけない。
闇姫はジルクに瘴気弾を放ちながらコルシスに襲いかかる。闇姫の右手が倍ほどに巨大化し、指先の鋭利な爪が10㎝程に伸びる。たとえ鋼鉄でも引き裂いてしまいそうな威容にコルシスはわずかながら恐怖に縛られる。。
だが、コルシスも数々の修羅場をくぐり抜けてきた男だ。すぐに恐怖の拘束をふりほどくと闇姫に向かって双剣を振るう。
すれ違い様にジルクの双剣が闇姫の脇腹を斬り裂く。他愛もないとジルクがニヤリと嗤し振り返った瞬間、ジルクの顔が凍った。
振り返った目の前にすでに闇姫の肘が迫っていたのだ。ジルクは持てる力を総動員して闇姫の肘を躱した。だが、それで終わりでない闇姫は体を回転させるとコルシスの牽制のために瘴気弾を放っていた手をジルクに向けると瘴気弾を連発する。
「く……がぁ!!」
ジルクは咄嗟に防御陣を形成するが、咄嗟に形成した防御陣は脆く瘴気弾を防ぎきることは出来ない。防御陣を突き破った瘴気弾がジルクに直撃する。
苦痛の声を上げながら吹き飛ぶと地面を転がった。
「ジルク!! ペール、ジルクに治癒魔術をかけろ!! コルシスはその化け物を押さえろ!! 俺は……」
ガシャァァァァッァアッァン!!
ゴルヴァンの指示の途中で窓のガラスが砕ける音が周囲に響く。ゴルヴァン達が視線を移すと窓から突入してきたのは『血染めの盗賊』だった。数は6体、一体一体の戦闘力はそれほどでもないが連携すればデスナイトすら葬ることが出来ると言う厄介なアンデッドだ。
血染めの盗賊は、空洞化した眼窩の奥にある赤い光を光らせるとゴルヴァン達に襲いかかった。
「ゼント、コルシスと一緒にその女をやれ!! 血染めの盗賊は俺がやる!!」
メンバー達のゴルヴァンの言葉の返答は指示の実行だった。ゼントとコルシスは闇姫に、ペールはジルクの治療に動いた。
ゴルヴァンは双剣を抜いて血染めの盗賊に突入する。血染めの盗賊達は腰に差した剣をそれぞれ抜くと4体はゴルヴァンに、残りの2体はジルクの治癒に向かったペールに向かう。
(な……こいつらには戦術があるのか)
ゴルヴァンは4体の血染めの盗賊が自分を足止めをすることに驚愕する。普通、アンデッドは所構わず生者を襲うものである。ゴルヴァンが血染めの盗賊に襲いかかれば6体全部がゴルヴァンに向かってくるはずである。ところが今回はペール達に狙いを向けているのだ。
ペールがジルクに治癒魔術を行っている間は無防備であるため斃すのは容易だ。治癒を後回しにしてペールが血染めの盗賊と戦えばそれだけジルクの回復が遅れる事になる。どちらにしてもゴルヴァン達にとって望ましい流れではない。
(くそ……)
ゴルヴァンは血染めの盗賊の4体と戦うのを後回しにする事を決断すると最小限度の戦闘で4体の血染めの盗賊をやり過ごし、ペール達に向かった2体に攻撃をしかける。
「てめぇらの相手は俺だよ!!」
ゴルヴァンが2体に斬りかかると、標的をゴルヴァンに変更したようで2体はゴルヴァンに向かってくる。
(よし!!)
目論見通り自分に標的が切り替わったことでゴルヴァンはほくそ笑む。ちらりと視線を移した先にはやり過ごした4体が向かってくるのを確認した。
だが……。
ゴルヴァンに向かってきた4体のうち、ゴルヴァンに向かってきたのは半分の2体だけであり、もう半分はペール達に向かって斬りかかったのだ。
(間違いない……この血染めの盗賊達は何者かに使役されている……)
ゴルヴァンはこの段階で、血染めの盗賊達が何者かに使役されている事を断定する。自然に発生した血染めの盗賊であればここまで執拗にペール達を標的にすることはない。現在のペールの立場はジルクという重荷を背負っており、戦闘に関して言えば4人の中で最も自由の利かない立場である。そこを血染めの盗賊達は狙っているのだ。
そして、この血染めの盗賊達を使役しているのがアレンである事もゴルヴァンは断定していた。というよりもそう断定出来ない方がおかしい。
「なんて……汚い野郎だ……」
ゴルヴァンの口からアレンへの呪詛の言葉が向けられる。それは自分達が完全に手玉に取られていることに対する怒りに他ならない。ゴルヴァン達はアレンの事を内心見下していた。ゴルヴェラ11体を葬り、アンデッドを毎晩のように斃していると言っても自分達のような暗殺者には対応できないと思っていたのだ。
ゴルヴァン達が手にかけた相手には騎士や『オリハルコン』クラスの冒険者もいた。どのような強者であっても自分達の前には無力であり、あっさりと屍をさらす事になったのだ。
ゴルヴァンは怒りを爆発させ血染めの盗賊に斬りかかった。あくまでもペール達を狙うというのなら自分がこの4体を始末し、それからペールの治癒を邪魔する2体を葬れば良いと判断したのだ。
ゴルヴァンの振るう双剣が、一体の血染めの盗賊の首と右腕を一合も撃ち合うことなく斬り落とすと次の瞬間に心臓の位置にある核に剣を突き立てた。核を貫かれた血染めの盗賊はその場に倒れ込み塵となって消滅する。
残りの血染めの盗賊3体がゴルヴァンに同時に斬撃を放つ。普通は同士討ちを恐れてここまで同時に行うと言う事はないのだが、血染めの盗賊達はアンデッドでありそのような恐れとは無縁であった。
血染めの盗賊の斬撃はゴルヴァンの首、腹、足に同時に放たれたが、ゴルヴァンの技量はそれを上回るものだった。ゴルヴァンは通常であれば下がって間合いを取るところであったが逆に前進する事を選択した。
血染めの盗賊の放った斬撃の最も有効な場所はあくまで先程までゴルヴァンが立っていた所だ。そこを移動するだけで最大限の効果は望めなくなる。
ならば後ろに下がるという選択でも構わないとなるのだが、実際に下がってしまえば相手は再び新たな攻撃を仕掛ける隙が生じることになるのだ。そうさせないためにゴルヴァンは前進したのだ。
ゴルヴァンの目論見通り、間合いを潰された血染めの盗賊の剣は最大限の効果を発する事は出来ず空を切った。そして間合いに飛び込んだゴルヴァンの双剣が血染めの盗賊の胸を刺し貫き、核ごと貫くと血染めの盗賊は消滅する。
ゴルヴァンはそのまま回転し血染めの盗賊の首を刎ね飛ばし、もう一本の剣で胸を刺し貫いた。
「ぐ……」
2体目を斬り伏せたゴルヴァンの口から苦痛の声が漏れる。残った血染めの盗賊がゴルヴァンの背中を斬りつけたのだ。幸い鎖帷子を着込んでいたために浅手で済んだのだが無傷というわけにはいかなかったのだ。
ゴルヴァンは背中を斬りつけた血染めの盗賊の腕を斬り落とすと上段から振り下ろし左鎖骨から一気に斬り裂く。心臓の位置にある核が斬り裂かれ最後の血染めの盗賊が消滅すると、ペールの援護に向かう。
ペールは2体の血染めの盗賊を同時に相手取り優勢に戦いを進めている。ペールもまた強者の座に座ることを認められた実力者なのだ。そこにゴルヴァンが突入すると瞬く間に決着がつく。
「ペール、急げ」
「おう」
血染めの盗賊を消滅させたゴルヴァンはペールにジルクの治癒を指示すると、闇姫と戦うコルシスとゼントの応援に向かう。
闇姫と2人は一進一退の戦いを展開していた。そこにゴルヴァンが参加すれば勝利は確実と言って良かった。
ゴルヴァンが参戦すると闇姫は少しずつ下がり始める。それをゴルヴァン達3人は追っていく。
いつものゴルヴァンならこれが意図的な後退であると気付いたかも知れない。だが、道の化け物、メンバーの負傷、手玉に取られている事への自覚がゴルヴァンからいつもの洞察力を失わせていたのだ。
そう、2階から何者かが飛び降り真下にいたゴルヴァン達3人に斬りかかったのだ。
コルシスは闇姫との戦闘中に突然、ズンという衝撃が肩口から背中に一直線に入った。その衝撃が熱さから痛みに変わり、力が抜けていき力を失い膝から崩れ落ちる。
「な……」
突如倒れたコルシスに動揺したゴルヴァンの目に黒髪黒目の10代後半の少年の姿が目に入る。
ゴルヴァンはその少年が何者かを一瞬で理解した。
「アレンティス=アインベルク……」
ゴルヴァンの口からポツリとその名が漏れた。




