墓守Ⅱ②
「……意外と瘴気が濃いな」
メムルーク邸に到着したアレンは小さく呟く。メムルーク邸に存在する瘴気は通常では考えられない程の濃度だ。もちろん国営墓地に比べれば濃度は薄いがそれでも不自然な濃度であった。
「さて……誰がこの瘴気を集めたのかな」
アレンはすぐさまアンデッドの発生が人為的なものであると断定する。瘴気が不自然である以上、人為的なものであるという結論に至るのは至極当然であった。問題は何の目的で瘴気を集めているかと言う事である。
(俺か……それとも不特定多数か……)
アレンは引き起こした相手の目的を考えるが別段戸惑うことはない。目的が自分であっても他者であってもアレンが行う対処は決まっているからだ。その対処とは“容赦なく潰す”という事だ。
自分が目的であれば自分と家族達に被害が及ぶ可能性があるし、そうでなくとも王都の人々が被害を被る可能性がある以上、放置はあり得ない。元々瘴気を撒き散らすような輩がまともな事を考えているはずがないため、アレンは潰す事に一切の躊躇はなかったのだ。
アレンはそう決断すると屋敷の周囲を確認しだした。いかに潰すと決めたからと言って何の考えもなしにアンデッドの巣に飛び込むような真似はアレンは決してしない。増して自分をおびき寄せる罠の可能性を考えればさらに用心深くならざるを得なかった。
アレンは先程の自分が感じた視線をこの段階で気のせいだとはまったく思っていない。むしろ、おびき寄せられたという印象をより強めたぐらいだった。
まずは敷地の外を注意深く廻る。メムルーク邸は国の管理下に置かれたために荒れ果てているという感じではなかったが、それでも手入れは最小限度という感じだった。敷地の外を廻ったが罠と思われる所はなかった。
(とりあえず……)
アレンは正門の端に転移魔術の拠点をつくっておく。何かしら罠があった場合の手札だった。
拠点を作り終えるとアレンはメムルーク邸の敷地内に入ると今度は屋敷の周囲を確認しながら廻る。
(ん?)
屋敷の周囲を見回っているとブロックに囲まれた花壇があるのがアレンの目に入る。アレンはその花壇の元に駆け寄ると一つのブロックに目を留める。一つのブロックに動かした痕跡があったのだ。アレンはそのブロックを動かすと下に文字が現れた。
(……隠し陣か。この術式は対象者を閉じ込めるためのものだな……しかも発動していない、目的の者が屋敷に入ったら発動し捕獲されるというわけか)
アレンは相手の意図を把握するとすぐさま手を打つことにする。その手とはもちろん陣を破壊する事だ。最初、この罠を逆手に取ることは出来ないかと考えたのだがそこまでは欲張りすぎと考え破壊するという事で満足する事にしたのだ。
魔剣ヴェルシスを抜き放つと文字に突き刺す。するとパリンという音がアレンの耳に入る。それから文字は風に運ばれる砂のように消え去った。陣の消滅をアレンは確認するとアレンは周囲の確認作業を進める。
屋敷の周囲を確認した結果、仕掛けられていた陣はアレンが破壊したものだけだった。
(さて……このまま入るのは芸がないな。妙な気配も感じるしな……)
アレンはそう考えると瘴気を手に集めるとナイフに形成すると二階の窓に向かって投擲する。アレンの投げたナイフは窓枠に当たり、その衝撃で窓が外れると邸内に落ちガラスが砕ける音が響いた。
アレンはもう一本ナイフを瘴気で作り出すとゆっくりと歩き出す。もしアレンを監視している者がいれば二階から侵入しようという意図を誰もが察した事だろう。だが、アレンが取った行動は別のものだった。
アレンがナイフを投擲したが投擲した先は一階にある窓の一つだった。アレンの投擲したナイフは窓を貫くとナイフは邸内に消えていった。
ゴルヴァン達、闇の魔人衆のメンバー達はメムルーク邸のエントランスにおいてアレンを待ち構えていた。メムルーク邸のエントランスは玄関から入った正面に階段があり2階からエントランスが見下ろせる造りになっている。ギリアドの表の顔は裕福な商家であり、時には大規模な夜会が催されていたのだ。
例の男がメムルーク邸にアンデッドを配置したからすぐにアレンが派遣される旨を告げたからだ。男はまるで見たようにゴルヴァン達にアレンがどこにいるかを伝えていた。男はアレンが現れた事を告げると所用があると言いゴルヴァン達の前から姿を消した。
実際に男の言葉通りアレンがメムルーク邸に現れたのだ。ゴルヴァン達はアレンが邸内に入った瞬間を狙って玄関の扉の前で気配を殺して待ち構えていた。だが、アレンは敷地外をまず確認し、次いで屋敷の周囲を見回り始めた時にゴルヴァン達はアレンの慎重さに苛つきを覚えていた。
「ち……まったく、結果は変わらないのだからさっさと入ってくれば良いのに」
ゴルヴァンの隣にいるメンバーのコルシスがぼやく。
「そういうな……俺は感心したがな。まぁ面倒なやつだというのにも同意するがな」
もう1人のメンバーであるジルクが半分賞賛し、もう半分はコルシスに同意するものだ。
メンバー達の軽口にゴルヴァンは考え込む。これほどの慎重さを見せる者は記憶になかったのだ。
(ガキのくせに妙に慎重な奴だ)
ガシャアアアアアン!!
二階からガラスの砕ける音が響く。
「あのガキ、二階から侵入するつもりだ」
メンバーのゼントの言葉にゴルヴァン達は顔を見合わせる。すかさずゴルヴァンの指示がとんだ。
「コルシス、ペール、二階に行ってあのガキをここに誘い込め」
「了解!!」
「任せろ!!」
ゴルヴァンの指示にすぐに2人のメンバーが動く。ジルク、ゼントもまた移動する。2階から2人がアレンを誘い込むときに奇襲に最適の場所を確保するため移動したのだ。
闇の魔人衆が新たな状況に応じた行動を実行した時、もう一つの新たな状況が生まれた。
ガチャン
もう一枚のガラスの割れる音が響いた。指示を得て2階に向かおうとしていた2人は立ち止まるとゴルヴァンを見る。どちらに向かうべきか咄嗟に判断がつかなかったのだ。
(ち……どっちが本命だ?)
ゴルヴァンは悩む。アレンの意図を測りかねたのだ。侵入してくるのは間違いない、問題はそれがどこかということだ。
「やつは俺達を分散させるつもりだ。指示は変更だ。お前達ここで奴を迎え撃つこのままここで待機だ」
ゴルヴァンの言葉にメンバー達は頷くとゴルヴァンの周りに集まる。
(ん?)
2階を歩き回る気配をゴルヴァン達は察知する。アレンが2階から侵入したと思ったゴルヴァン達は顔を見合わせるとそれぞれが頷く。
ゴルヴァン達の視線が二階からの階段に注がれている。
「な……あれは…」
そこにコルシスの言葉が発せられ、全員の視線がコルシスの指差す方へ集中する。そこには一体の美しい裸の女がいた。1人という表現でなく一体と表現したのはその女が人間でなかった事に他ならない。背中に妖精の様な羽を生やし浮かんでいれば人間と間違える者はいないだろう。
ゴルヴァン達を見つけたその女は美しい顔を歪めニヤリと嗤う。ゴルヴァン達は知らない。それがアレンの放った刺客……闇姫と言う名である事を。
 




