傀儡Ⅱ②
思わぬ数の見学者を出す事になり、ジュセルとカタリナは少しばかり緊張していた。何しろ見学者達は凄まじい実力者ばかりだったからだ。
クリスティナでさえ魔術、体術を修めている。ただ、クリスティナの得意分野は治癒術であり、その実力は熟練者に匹敵するほどであった。クリスティナは幼い頃より血の滲むような修練を行い、熟練者に匹敵するだけの技量を身につけたのだった。
全員が修練場へ移動し、修練場の中に入ったジュセルとカタリナは空間魔術でカタリナの研究室から5体の傀儡を取り出し、修練場に置くと、魔石を背中のくぼみに装着する。
くぼみに魔石を装着された傀儡達にすぐに変化が現れた。魔石から魔力が放出されそれが人形の体を覆うとただの木の人形に皮膚が現れ、それらはすぐさま全身鎧を纏った姿に変わる。魔力が物質化し全身鎧へと変化したのだ。
全員鎧に身を包んだ5体の戦士達が整列し、ジュセル達の命令を待つ。
「へぇ~魔力を物質化させ、それを纏わせる……凄い技術ね」
「ああ、いくつの術式を組み込んだ結果かわからんな」
「だが、問題は動きの緻密さがどれほどのものかを考慮に入れておかなければならない。ジュセルが魔力回路をどのようにいじってきたのかが気になるところだ」
「現段階で魔力の消費量はほとんど感じられない。魔力をかなり無駄なく使用し物質化しているな」
「アレンの言う通りね。でも、私としては術者が操るタイプではなく、自律するというタイプというのはかなりポイントが高いと思うわ」
「私もフィアーネの意見に賛成だわ。魔石と傀儡が揃えば相当な戦力アップである事は間違いないわね」
「クリスティナ様の言う通りだと思います。人が操らなくても効果を発揮するというのは魅力です」
「ここまでは十分及第点というわけね。実際にアンデッドに相手にどれほどの効果を発揮するかが問題ね。やはりデスナイト“ぐらい”を斃すだけの力を発揮して欲しいわ」
見学者のアレン達はそれぞれ、5体の戦士達に対して思い思いの考えを口にする。否定的な意見がほとんど出ていない事から、ジュセル達の技術が高いことが窺えた。
「さて……カタリナ、それじゃあ始めようか」
「うん」
ジュセルの言葉にカタリナは返事をすると召喚陣を起動させる。カタリナはすでにジャスベイン家の管理する牧場にいるアンデッド達を召喚する許可をもらっていたため、自分で召喚する事にしたのだ。カタリナの展開した魔法陣からスケルトン達が修練場に現れる。
その数、20体だ。手にはそれぞれ剣、斧、戦槌、槍、弓矢などが握られていた。それぞれスケルトンソードマンやスケルトンウォリアーなどと呼ばれるアンデッド達だった。
アンデッド達が現れると5体の戦士達の手にはそれぞれ武器が形成される。この武器は魔力を物質化したものだ。片手剣に盾、一本の大剣、槍、戦槌、戦斧とバリエーションは様々だ。
「武器まで魔力で物質化させることが可能なのね。まぁ肉体と鎧が出来るのだから武器も出来ないとおかしいわよね」
「そうね。でも少なくとも肉体、鎧、武器の三つのものを同時に物質化するのは難しいわよ」
「確かに私……同時に形成できるのって弓と矢の2つが限界」
「アディラのは瘴気だから少し、趣が違うんじゃない?」
「でも、物質化すると観点から言えば根本は変わらないと思うの」
「なるほど、言われてみればそうね」
婚約者達が傀儡の能力について会話の途中でアンデッド達が傀儡達に襲いかかった。
傀儡達はそれぞれ武器を構えると、アンデッド達に突っ込んでいく。戦斧を持つ傀儡がアンデッド達に突っ込み、戦斧を振り回し始めると、一振り事にスケルトンが砕かれ転がっていく。
そこに残りの4体の傀儡も躍り込むと一気にアンデッド達を蹴散らし始める。それは戦闘ではなく蹂躙と呼ぶべきものだった。圧倒的な実力差を見せつけ、わずか5分ほどで傀儡達はアンデッド達を駆逐し終える。
「うん……この戦いぶりなら十分な性能と言えるんじゃないか?」
アレンの言葉にアルフィスも頷く。
「ああ、確かにアンデッドをあそこまで蹴散らせるというのなら性能的にはまず問題はないな。だが……」
アレンやアルフィスが傀儡の性能をかなり高く評価しているのは間違いない。だが、手放しで賞賛しているわけでないのは明らかだ。ジュセルとカタリナの耳にもアルフィスの声が届いていたが、その事で不快になる事はない。なぜなら2人もアルフィスと同意見だったからだ。
国営墓地のアンデッドは他の場所で発生するアンデッドよりも強力だ。そのため、求められる性能が他の場所よりも自然と高くなるのだ。
「ジュセル、カタリナ、次の実験に移ってくれ」
アレンの言葉にジュセルは頷く。カタリナも頷くと同時に先程同様に召喚陣を形成すると新たなアンデッドを召喚した。次にカタリナが召喚したアンデッドは瘴気によって形成された体を持つ異形の騎士、『デスナイト』だった。
「いよいよね」
「うん」
「前回の傀儡ではデスナイトを斃せなかったけど……」
「さっきの戦闘を見る限り、今回はかなりいけるんじゃないかしら」
フィアーネ達が期待を込めた目で傀儡達とデスナイトを見ている。どうやら、これからが本番であるということを全員が察しているようだった。デスナイトは強力なアンデッドであるのは間違いないが国営墓地に配置する以上、避けては通れない相手だった。
『グォォォォォォォォォォ!!」
デスナイトの雄叫びが修練場に響き渡る。死の恐怖を身近に感じるような圧迫感が撒き散らされたが、修練場で見学する者達には同様は見られない。デスナイトごときに恐怖を感じるものはいないのだ。唯一クリスティナだけが緊張した表情を浮かべアルフィスの腕にしがみついていたが、取り乱すような事はしなかった。何だかんだ言ってもアルフィスの婚約者であり、将来の王妃なのだから生半可な女性ではないのだ。
ただ、アルフィスの腕にしがみつくクリスティナを見た瞬間にフィアーネ、レミア、フィリシア、アディラが『これだ!!』という表情を浮かべるとアレンにしがみついてきた。
「あのな……なんでお前ら俺にしがみつくんだ?」
アレンの呆れた様な声に全員が怯えた表情を浮かべて素晴らしい“棒読み”を披露する。
「アレン ワタシ コンナ オソロシイ アンデッド ヲ ミタノハジメテ」
「アレンサマ ワタシ コワイデス ぐへへへへ」
「アレン ワタシ コワイ タスケテ」
「アレンサン コワイデス ワタシタチ ヲ マモッテクダサイ」
「あのな……真面目にやろうな」
アレンの呆れた声に4人はニコニコ微笑みながらアレンから離れる。本心を言えばずっとしがみついていたいのだが、その辺の切り替えは4人はきちんとしていたのだ。
「まったく……」
アレンも口ではそう言っているが本心を言えば婚約者達に抱きつかれ幸せだったのだ。アレンの言葉を聞いて、4人はアレンの本心をきちんと理解しているのだろう。その表情は嬉しそうだった。
「ジュセル、カタリナ、始めてくれ」
アレンがそう言うと、カタリナが苦笑しながらデスナイトに命令を下した。
『グォォォォォォォォォォ!』
命令を下されたデスナイトが傀儡達に向かって駆け出した。




