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閑話~ロムの新人研修~

 主人であるアレンとアディラが報告のために王城へ向かった後、ロムはアレンに男達の相手をするよう指示された。ジェド達はキャサリンがお茶の用意をしてサロンで寛いでいるため、男達に応対しているのはロムただ1人だった。


 ロムは男達に出来るだけ丁寧に応対したのだが、未だに行動制限の術を掛けていない事とアディラがこの場にいないという事で横柄な態度を取ってきた。

 ロムは男達の態度を改めるように窘めたのだが、男達はロムの実力を知らない者達ばかりである。加えて今ここにアディラが居ない事が男達の態度に拍車をかけたのだ。


 ロムは自分への侮辱に対しては非常に大らかであった。強者たる余裕がそうさせていたのだが、ものには限度がある事を男達は知らなかった。そしてロムの怒りの忍耐力を一瞬で蒸発させるのはアレンや家族への侮辱、弟子達への侮辱であった。

 そして男達の侮辱の対象はついにアレンへと到達したのだ。男達はここでロムを殺してアインベルク邸から逃亡しようとしたのだ。アディラ達はジェド達がいるから自分達をていったと考えていたのだ。ところが自分達を見張りに来たのはロムだったために一気に調子に乗ったのだ。

 少し冷静になれば、ロムが1人でここに来ているという事は1人で制するだけの実力があるのは確実だ。だが、男達は千載一遇のチャンスに浮き足立っていたのだ。


 瞬間、ロムの拳が振るわれ1人の男が顎を砕かれ、5メートルほどの距離を飛び地面を転がった。いつものロムの加減では3メートルほど吹き飛ばすように加減をするのだが、今回の男達の侮辱には余程腹に据えかねたのだろう。つい手加減を誤ったのだ。


 5メートル程の距離を吹き飛ばされた男を見て、全員がゴクリと喉を鳴らした。この時男達は自分達が竜の逆鱗を無礼になで回した事に思い至ったのだ。


 ロムは呆然とする男達を放っておき、殴り飛ばした男の元にゆっくりと歩き出した。足を振り上げたロムは容赦なく気絶する男の左膝を踏み砕いた。


 ゴギャ!!という形容しがたい音が男達の耳に入る。その後、右腕と左腕を交互に膝同様に踏み砕いた。骨を砕かれた男は顎が砕かれているために叫ぶことは出来なかったようでただひたすら苦痛に呻いている。


 本来では制止に入る場面であったが男達はロムの苛烈な意思表示に動くことが出来ない。もはや男達にとってロムの姿は巨大な怪物に見えていたのだ。


「まったく……アディラ様が躾けたと聞いておりましたので安心しておりましたが、主人がいないとここまで愚劣になるのですな」


 ロムの言葉を男達は黙って聞いている。いや、とても発言するような状況では無い。


「あなた達の不始末はアディラ様の不名誉、そしてアレン様の不名誉になります」


 ロムが一言発する度に威圧感が増していくのを男達は感じている。すでに実力的に劣る『フォーヴァ』のメンバーは腰を抜かしてへたり込んでいた。加えて呼吸も恐怖のために浅くなっている。


「あなた方は愚かだから強いものにしか従わないのですね。ならばきちんと上下関係を仕込まないといけませんね」


 ロムはここで一端言葉を句切る。


「さて、始めましょうか」


 ロムの静かな意思表示に男達は狼狽する。男達はロムの威圧感は見えない手となって男達の喉元を締め上げてくるような錯覚に襲われる。魔族であるキュギュスと人間である他の男達の間には相当な実力の差があるのだが、ロムとの間にも相当な差があるのは明らかだ。ロムにしてみれば男達は等しく弱者であった。それも相手の力量をまったく測ることの出来ない程度の弱者だ。


「ご心配なさらずとも、殺すようなヘマをすることはございません。二度と反抗的な態度をとらなくなるように指導するだけでございます」


 ロムはそう言うとゆっくりと男達の元に歩き出した。その自然な歩みに男達は一歩も動くことは出来ない。へたり込んでいる男の1人の前に立つと突然、男が吹っ飛んだ。数メートルの距離を飛び地面に転がった男はすでに意識を失っていた。

 他の男達の目にはへたり込んでいた男が突然吹き飛ばされたとしか認識していなかった。もちろん、男が吹き飛んだのはロムが攻撃をしたからなのだ。ロムはへたり込む男の顔面を容赦なく蹴りつけたのだ。


「両手、両足は後で砕いておきますか……」


 さらりと恐ろしい言葉がロムの口から発せられる。


「うわぁぁぁぁっっぁぁぁぁ!!!」


 キュギュスが全身から魔力を込めて強化するとロムに殴りかかった。ロムの今までの態度から敵対者には容赦しない人物である事は10分すぎるほど理解していた。そして謝罪したところでなぁなぁで済ませるような人物ではない事もだ。


 キュギュスの拳が凄まじい速度で放たれる。ロムは構わず歩を進めた。キュギュスは拳がロムの顔面に突き刺さる光景が展開されると思ったのだが、当然そうはならない。ロムはキュギュスの拳を最小の動きで躱し懐に飛び込んだのだ。


 ドゴォ!!


 懐に飛びこんだロムはそのまま拳をキュギュスの腹に叩き込む。今まで経験した事のないようなその衝撃にキュギュスは動きが止まった。そのまま崩れ落ちなかったのは魔族としての矜持だったのかも知れない。

 腹部に入った拳をロムはそのまま振り上げる。振り上げた先にはキュギュスの顎があった。顎を打ち上げられたキュギュスの体は20㎝程浮かび上がると重力に引かれて地面に再び着地する。

 浮かんだ時間はほんの一秒にも満たない短い時間であったが、キュギュスは相当な長い時間浮かんでいたような錯覚を覚えていた。顎を打ち上げられたときにキュギュスの意識では非常にゆっくりと時間が流れていたのだ。ひょっとしたら走馬燈を見たのかも知れない。


 顎を打ち上げた拳を今度は振り下ろし右鎖骨を砕くとロムは右手で喉を掴む。その際に親指を喉に押し込みダメージを与える事を怠らない。左手で腕を掴むと体を捻ってキュギュスを投げ飛ばした。


 投げ飛ばされたキュギュスは頭から地面に落とされ、意識を失った。そのままロムは足を振り上げると胸を踏み抜いた。


 ゴギィィィィ!!


 もはや何度聞いたかわからない骨の砕ける音が男達の耳に入る。


「ひ……」

「た、たす……」


 恐怖がふんだんに込められた声を上げようとした時にロムの後ろ回し蹴りが炸裂する。男は躱すどころか防御することも出来ずに吹き飛ばされる。やはり顔面を蹴られたために顎が砕けていた。ロムはそのまま反対の足で回し蹴りを別の男に放つと、またも男が吹き飛ばされる。


 今、ロムが蹴り飛ばした2人はアシュレの仲間の『ミスリル』クラスの冒険者であったのだが、まったくロムに歯が立たなかった。いや、歯が立たないどころかまったく抵抗すら出来なかったのだ。


 ロムの視線を受けたアシュレは顔を引きつらせながら、謝罪の言葉を紡ぎ出そうとした時にロムはアシュレに下段蹴りを放つ。その凄まじい衝撃に体はついてこなかったのか足を掬われたかのようにアシュレの体が横に回転する。そこに下段蹴りを放ったロムの足が軌道を戻し顔面に入れられる。いわゆるカケ蹴りと呼ばれる技法であり、どの流派にもある珍しくない技だ。だが、ロムほどの精度と威力、速度で放てる者などやはり限られるだろう。

 足と顔面を別方向からほぼ同時に蹴られたアシュレは回転しながら地面に落ちる。


 腰を抜かしていた男達も容赦なくロムは顔面に蹴りを入れて吹き飛ばした。


 ロムが全員に格の違いを教え終えてしばらくして、フィアーネ、レミア、フィリシアが戻ってきた。庭先で転がる見知らぬ男達を見てフィアーネ達は首を傾げる。“こいつら誰?”という表情がそれぞれ浮かんでいる。


「皆様、お帰りなさいませ」


 ロムが文句のつけようもない美しい動作でフィアーネ達に挨拶を行う。


「ロムさん、こんにちは」

「あ、はい、ただ今戻りました」

「ロムさん、ただ今帰りました」


 フィアーネ達やや戸惑いながら挨拶を返す。ロムが無意味な暴力を振るうようなことをしないのはわかっている。むしろ、フィアーネ達はこの男達がロムの逆鱗にどのように触れたかが気になっていたのだ。


「ロムさん、こいつらは?」


 レミアの言葉にロムは答える。その声に一切の気負いはない。


「この者達はアディラ様が連れてきたアインベルク家に仕える事になった者達です」

「え? アディラが連れてきたの?」


 レミアが驚きの声を上げる。転がっている男達の中には魔族が含まれている事に気付いていたのだ。レミアもいや、他の2人も驚きの声を上げる。


「はい、クルノスからの戻る途中に襲ってきたそうでございます」

「なるほど、それでアディラは?」

「アレン様と共に王城に出仕なさいました。この者達をアインベルク家で引き取る事の許可をもらいに行くと……」


 ロムの言葉に全員が納得の表情を浮かべた。王族であるアディラを襲撃した以上、普通に考えれば極刑に処せられるはずである。それを許可なくアインベルク家の駒とすれば色々とまずいことになるとアレンは考えたのだろう。


「なるほど……ロムさん、こいつらには行動制限の術がかかっているんですか?」


 フィアーネの言葉にロムは静かに首を横に振る。それを見た全員が完全に事情を理解した。この男達が行動制限がかけられていない為にロムに無礼を働いたのだろう。その結果がこれだった。


「こいつらのタイプって本当にどうしようも無いわね。なんでわざわざ痛い目に遭いたいのかしら?」


 レミアの呆れたような言葉に全員が苦笑する。この場に居る全員が大なり小なり身の程知らずを蹴散らした経験を持っているためにレミアの言葉に頷かざるを得なかったのだ。


「それではフィアーネ様、フィリシア様、この者達に行動制限の術を掛けていただいてよろしいでしょうか?」

「もちろんです」

「すぐにやりますね」


 ロムの申し出にフィアーネとフィリシアは微笑んで魔法陣を展開させる。1分も立たずに男達の行動は制限され、これ以降アインベルク家の者に対して敵対行動を封じられることになった。


「ありがとうございます。それでは皆様方はサロンの方へジェド様達がいらっしゃいますので、私はこの方々に一言伝える事がありますので」

「え、ジェド達がきてるんだ」

「わかりました。行ってきます」

「それではロムさん失礼します」


 フィアーネ達はロムに頭を下げるとサロンに向かって駆け出す。その後ろ姿を見送りアインベルク邸に入ったのを確認すると倒れた男達の方にチラリと視線を送ると一言言葉を発する。


「オルカンド」


 ロムが魔人の名を呼ぶと一体の魔人が片膝をついてロムに跪き頭を下げる。ロムはオルカンドが近くに控えているのを知っていたのだ。


「は……ロム様、お呼びでしょうか」

「この方達に治癒魔術をかけなさい」

「はっ!!」


 オルカンドは一礼するとすかさず近い者から治癒魔術を展開していく。その様子をロムは黙って見つめている。オルカンドはロムの視線を背中に受けこれ以上無いぐらい緊張して必死に治癒魔術を施す。


 完治というわけではないが、とりあえず話すぐらいには回復したところでロムはオルカンドを下げる。目を覚ました男達はロムを見ると恐怖に顔を凍らせると一斉に平伏する。その様子にロムは頷くと男達に言い放った。


「ようやく話を聞く気になったようですね。まぁ行動制限をかけてありますのでこれ以上、私達に逆らう事は絶対に出来ません」


 ロムの言葉が平伏する男達の頭上から振り注ぐ。ロムの言った行動制限が何かはわからないが、もはや男達にアインベルク家の者に逆らう意思など微塵もなかった。


「あなた達は今後、アレン様の為に身を粉にして働いてもらいます。アレン様、婚約者の方々の役に立たないと私が判断すればいつでも処分いたします。処分の内容はを知りたければ役に立つつもりが無い事をアピールなさい。すぐにわからせてあげます」


 ロムの言葉に男達は身を震わせる。まるで氷水を背中に流し込まれたかのような感じを男達は受けたのだ。


「さて、それではアレン様達への言葉遣いの指導といきましょうか」


 


 アレンが王城から戻ってきた時に、男達は完全に変わっていた。アレンに対する言葉遣いのみならず、ジェド達、エシュレム達への態度も完全に変わっていたのだ。


「ロム、面倒な事を引き受けてくれてありがとう」


 態度の変化にアレンはロムが何をしたかを理解し、ロムに労いの言葉をかける。


「滅相もございません。優しい指導で済みましたので今回は楽でございました」


 ロムの“優しい指導”という言葉に男達は顔を引きつらせる。自分達が受けた指導が優しいのならば厳しい指導がどれほどのものなのかを考えれば震えしか来なかった。


「今回の駒の方々はアレン様達の役に立っていただきたいと思わずにはおられません」


 ロムは男達に視線を移し、ニッコリと微笑む。その笑顔を見たときに男達は自分達が喰われる立場である事を完全に理解するのであった。

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