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月姫⑤

 翌日、時間通りにエシュレムとラウラの親子は行政官府にやってきた。前日にアディラが言った通りに行政官府に務める者達はアディラの執務室に2人を通した。


「時間通りですね」


 アディラの言葉にエシュレムとラウラは頭を下げる。頭を上げると執務室にいる者達に視線を移した。視線の先にはウォルター達近衛騎士達とジェド達がいた。


(な、なんだ……この連中は…とてつもなく強いじゃないか…)

(何? この人達……とんでもなく強いじゃない)


 エシュレムとラウラが緊張しているとアディラが声をかける。


「そんなに緊張しないで下さい。それでは顔合わせと言う事で自己紹介を」


 アディラの言葉に傍らに立つウォルターがエシュレムとラウラに一礼する。


「初めまして、ウォルター=ローカスと申します。近衛騎士団に所属しております」


 ウォルターの近衛騎士という言葉にエシュレム達は驚いたようだった。王族であるアディラの護衛に近衛騎士が配属されるのは当然すぎる事だったが、自分達のような一介の冒険者に丁寧に挨拶をすることは通常ないのだ。


「ロバート=ゼイルです。同じく近衛騎士団所属です」

「ヴォルグ=マーキスです。近衛騎士団に所属しています」

「初めまして、ヴィアンカ=アーグバーンです。私も近衛騎士です」


 続いて近衛騎士達が挨拶を行う。その立ち居振る舞いに一切の隙を見いだすことがエシュレム達には出来ない。


「俺はジェドといいます。冒険者をしています」

「私はシアといいます。同じく冒険者です」

「レナン……」

「アリア……です」


 それからジェド達が挨拶をする。エシュレムとラウラはジェドとシアの名前に反応する。最近、『オリハルコン』クラスに昇格したという冒険者と同じ名前だったからだ。


「あの、ジェドさんとシアさんは……今度、オリハルコンに昇格した。あの有名な冒険者ですか?」


 ラウラが尋ねるとジェドとシアは頷く。


「はい。といっても俺達はなったばかりですからそんなに緊張しないで下さい」


 ジェドの言葉にラウラは曖昧に頷く。冒険者にとって『オリハルコン』クラスの冒険者は完全に別格扱いだった。


「エシュレム=ローガム、冒険者をしています」

「娘のラウラ=ローガムです。同じく冒険者です」


 エシュレムとラウラは全員に向かって一礼する。前日のエシュレム達の態度とは明らかに違う猫を被った挨拶にアディラは苦笑しそうになる。


「それでは、自己紹介は済んだという事でこれ以降は仲間として接して下さいね」


 アディラのその言葉を皮切りに途端に張り詰めていた空気が緩む。近衛騎士、ジェド達はエシュレム、ラウラの2人を歓迎するつもりだったが、自己紹介まではお客さんという位置づけだったのだ。

 お客さんの位置づけが終了し、仲間となる事で言葉遣いも非常に親しいものになったのだ。

 豪快そうに見えるが意外と上下関係を気にするヴォルグがエシュレム達とお互いにどう呼ぶか確認することを提案する。その結果、年長者であるエシュレムに対して呼び捨ては失礼という事で『エシュレムさん』となる事が全会一致で決定された。ついでラウラはその理論に従い『ラウラ』と呼ぶ事が決定され、ラウラ自身も当然と思っていたためにあっさりと承諾した。

 反対にエシュレムは年長者らしく呼び捨てで呼ぶことをヴォルグが提案し、これまた全会一致で承認された。エシュレム自身はそれはちょっとと思ったのだが、年長者の義務ですと言われてしまい、結局押し切られてしまった。

 ラウラは基本的に『~さん』と呼ぶことが決定された。ただレナンとアリアは年下と言う事で呼び捨てでも構わないという事になったのだ。


 ちなみにアディラは対象外であり、『王女殿下』、『アディラ様』と呼ばれる。自分だけ仲間はずれにされているようでアディラはちょっと拗ねる雰囲気を出したので全員に微笑ましい空気が流れる。


「さて、それじゃあ。今後の予定を説明しますね」


 アディラが柔らかい雰囲気でエシュレム達に言う。昨日のアディラの威厳ある雰囲気とは違う事に2人は少々困惑していた。もちろん、批判的な感情とは縁遠いのだが、落差が激しくて戸惑っていたのだ。


「ウォルター」

「はっ」


 アディラに声をかけられたウォルターはエシュレム達に説明を始める。


「急な話で済まないが我々は今日の正午までにクルノスを出立する。2人には何とか正午までに準備を終えて欲しい」

「正午?」

「昨日の話では2~3日後と聞いてましたけど?」


 突然、今日出立すると聞いて2人は流石に驚く。2人の準備は手持ちの荷物だけなので正直な所、問題無く準備は出来るのだが話が違うという気持ちだった。


「それについては私から説明させてもらいますね」


 困惑の表情を浮かべる2人にアディラが口を開く。


「お気づきでしょうけど、ギルドで言った日程は偽装です。あの場で正直に日程を告げれば私を狙う者がいた場合、襲撃の機会をわざわざ与える事になります」


 アディラの言葉に2人は頷く。確かに要人の日程をあの場で正直に話すなどとありえない事だ。


「あなた達は“いつでもいける”という発言がありましたので、予定通りにあなた達も一緒に出立する事が出来ると思ったわけです」


 アディラの言葉にエシュレムは疑問を呈する。


「それでは、俺達が準備の関係で一日欲しいと言いだしたらどうするつもりだったんですか?」

「その場合は、私達だけ出発し2人にはその後に王都に来てもらうつもりでした」

「なるほど、納得しました」


 エシュレムは納得したように頷く。一筋縄ではいかないことを再確認した気分だった。


「それでは今日出立という事でよろしいですね」


 アディラの言葉にエシュレム達は頷いた。その後、いくつかの要点をウォルターが伝えるとエシュレムとラウラは荷物を預けた荷物をとりに宿に戻っていったのである。


 それからエシュレム達が荷物を持って戻ってきてすぐにアディラ達は王都に向けて出発したのだった。




 * * *


 ガシャアッァァァン!!


「てめぇら、恥さらしやがって!!!」


 男が酒の入った陶器製の酒器が投げつけられ、男の顔面に直撃すると酒器が砕け散った。男は蹲り顔を押さえ込むが手からポタポタと値がこぼれ落ちている。


 男が蹲る傍らで2人の男がガタガタと震えていた。今叱責というよりも折檻を受けているのはアディラ達に冒険者ギルドでのされた男達3人だ。


「まぁ落ち着けよ……。話を最後まで聞こうぜ」


 酒器を投げつけた男をもう1人の男が窘めるように言う。だが、窘めた男の目にも、直立不動で立っている男達に対する親愛の情はまったく感じられない。まるで蛇が獲物を睨むような目で見ているのである。


「その女達はどんなやつらだ?」

「は、はい、貴族の令嬢とその護衛という感じでした」

「貴族……か、ふん貴族のガキに伸されるとはお前らが情けない事には変わりないが、このままにしておくわけにはいかないな……」


 蛇のような目で睨みつけていた男の言葉にもう1人の男が声をかける。


「ああ、その女共には俺達に手を出した事を後悔させてやらないとな……」

「どこの貴族か知らないが俺達に手を出したのが運の尽きというやつだ」


 席に座っていた3人の男達は直立不動で立っている男達を睨みつけると1人の男が声を荒げながら言う。


「何チンタラしてんだ。さっさとその女達を探しに行け!!!」


 男の言葉に3人は慌てて駆け出す。この命令が彼らにとって地獄の始まりである事をこの時、誰も気付かなかった。

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