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月姫④

「立ち話もなんなので座りませんか?」


 アディラがそう言うと、中年の冒険者と少女はコクコクと頷くと席の一つに座った。メリッサとエレナはアディラの座った席の傍らに立つ。その自然な動作にギルドにいる者達はアディラが本物の王女である事を強く思う。


「あ、あの……なぜ私達を王女様が…」


 少女がおそるおそる切り出す。だが、アディラはニコニコと微笑みながら口を開く。


「その前にあなた方の名前を教えていただけますか?」


 このアディラの言葉に2人は自分達が名乗ってないことを今更ながらに思い出す。


「こ、これは失礼しました。私はエシュレム=ローガムと申します。こちらは娘のラウラです」

「ラウラです」


 エシュレムが名乗り、ラウラも頭を下げる。


 エシュレムは40代になったばかりという風貌だ。茶色の髪に白いものがところどころに混ざっている。身長はアレンより少し低いと言ったところだ。

 娘のラウラは、16歳との事だった。茶色の髪に黒眼で髪の長さは肩より少しばかり長いくらいで、三つ編みにしている。容姿も中々整っておりまずまずの美少女と呼んで差し支えないだろう。ローブを身につけ、魔術師が持つような杖を持っている事から魔術師である事がわかる。


「わかりました。それではこちらも改めまして、アディラ=フィン=ローエンと申します。お気づきでしょうけど私はローエンシア王国の王女です」


 アディラの挨拶にゴクリとエシュレムとラウラはゴクリと喉をならす。王女が自分達にどのような事を目的にして何をさせようとするのか気になって仕方が無かったのだ。


「それでは交渉を始めましょうか」


 アディラはエシュレム達にニッコリと微笑み話を切り出す。


「エシュレム殿とラウラ嬢は私の婚約者をご存じですか?」

「あ、あの私の事はエシュレムと呼び捨てにしていただけると……」

「わ、私もです。ラウラと呼んでください」

「わかりました。えで先程の質問ですが……」


 アディラが苦笑しながら2人に言うと2人は慌てて首を縦に振った。


「も、もちろん、存じ上げております。アレンティス=アインベルク侯爵ですよね」

「私も知っています。侯爵様は有名ですから」


 2人の返答にアディラは満足気に頷くと話を進める。


「それは良かった。それではアインベルク侯が王都の国営墓地の管理を一手に引き受けて、私もそれに参加しているという事は?」


 アディラの言葉に周囲は色めき立つ。王都フェルネルの国営墓地に立ち入らないと言うのが冒険者達にとって常識だったからだ。国営墓地で発生するアンデッドの中には軍の出動が要請されるようなものがいるという噂を聞いていたからだ。そんな危険な場所に王女が関わっているというのだから驚くのも無理は無かった。


「いえ……存じ上げませんでした」

「私もです」


 エシュレム達は素直に答える。アディラはさらに続ける。


「あなた達に私が求めるのは私が国営墓地の見回りに参加した時の護衛です。ここにいるメリッサ、エレナと共に私の護衛に参加して欲しいのです」

「え?」

「ふぇ!?」


 エシュレム達の返答は呆けた声だった。確かにアディラから話があると言われた時にその可能性は考慮に入れていたのだがまさか現実になるとは思っていなかったのだ。


「どうでしょうか?」


 アディラに重ねて問われエシュレムとラウラは視線を交わす。危険な気配を感じていたのだろう。王族が自分達のように無名の冒険者に声をかけるのは裏があると考えるのは普通の考えだった。


「危険ではないのですか?」


 エシュレムの質問の質問にアディラは真顔になり答える。


「もちろん危険ですよ。国営墓地はアンデッドが恒常的に発生します。しかもそのアンデッドは瘴気の濃さの関係で他の場所で発生するものよりも遥かに強いです。そんなところで私を守るのですから危険に決まっています」

「……」

「……」

「危険であればやりたくないというのなら私の見込み違いでした。それならば話を続ける必要はありませんのでこれで失礼します」


 アディラが席を立とうとするとエシュレムの雰囲気が変わる。先程までのオドオドとした感じは無くなり、反対にふてぶてしいまでの自身に溢れた表情を見せる。その雰囲気の変化を感じたのかアディラはまた席に座り直した。


「やっぱりそっちが本性ですね」


 雰囲気の変わったエシュレムに対してアディラも微笑みを絶やすことなく言い放った。このアディラの言葉にエシュレム達は話し出す。


「ラウラ、見かけに欺されるなよ。王女様はまったく甘ちゃんなんかじゃないぞ」

「わかってるわ。父さんの演技を見破っただけじゃなく交渉も上手いし、戦闘能力も高いわ。ここまで条件が揃って王女様を侮るなんてアホの極みよ」


 エシュレム達の変化に周囲の冒険者達は困惑する。先程までのうだつの上がらない冒険者の影はまったく見えない。いや、むしろ強者の放つ気配を感じていた。同時にとても王女に対する態度では無い事にアディラが怒り出さないか心配したのだ。だが、アディラはそれを気にした様子も無かった。


「あんたの護衛に付くのは構わないさ。どうやら俺達を捨て駒にしようって腹じゃ無いだろうしな」

「ええ、捨て駒なんかにはしない。でもそれはあなた達の安全を意味する言葉じゃ無いわ」


 アディラの言わんとする事をエシュレム達は正確に把握している。アディラは過酷な国営墓地にいる限り、常に死と隣り合わせである事を伝えていたのだ。アレン達のような規格外の実力を持つ者達からすれば、それほどのものではないが、それ以外の者達からすれば国営墓地は危険極まりない場所なのだ。


「それはわかった。俺達はこれでも冒険者稼業をやっている以上、危険の無い仕事が存在しない事は理解している」


 エシュレムはカラカラと笑って言う。


「それでは交渉は成立という事で良いわね。細かい条件はあとで話し合いましょう。じゃあ、最後にもう一つ聞かせてもらいたい事があるわ」

「なんだ?」

「どうして弱者のフリなんかしてたの? いえ、別の言い方をすれば侮られるように仕向けるメリットは何なの?」


 アディラはエシュレムに疑問を呈する。エシュレムはその疑問にニヤリと嗤う。


「組むべき相手を物色していたんだ」

「?」

「つまりだ。俺達を侮って舐めた態度をとるような奴とは組みたくない。そういう奴は大抵、他の連中から恨みを買っている可能性が高いからな下手したら、まとめて襲われる可能性がある。そして王女様のように洞察力に優れた者が見つけてくれないかなと思ったんだ」

「そう、それじゃあ、私もあなたの試験に合格したというわけね」


 アディラの言葉にエシュレム達は頷く。


「ああ、こういう言い方すると偉そうに聞こえるかも知れないが、俺達は王女様に雇われることには何の不満も無い」

「そう良かったわ。それじゃあ、私達はあと2~3日したら王都に戻るから、一緒に来る?それとも後から来る?」


 アディラの言葉にエシュレム達は即答する。


「こちらはいつでもいけるから大丈夫だ。準備と言っても大したものは無いからな」

「それを聞いて安心したわ。それじゃあ、条件をもう少し細かく決めるから明日の9時に行政官府に来てもらえるかしら。行政官達には話を通しておくわ」

「了解した。明日の9時だな」

「それじゃあ、また明日ね」


 アディラはそういうと立ち上がり出口に向かって歩きだすと冒険者達は道を開けていく。扉から出て行ったアディラを冒険者達は黙って見送り姿が見えなくなると全員が安堵の息を漏らした。


「さすがは『月姫』様だな。可愛らしいお姿に欺されちゃいけねえや」

「ああ、あんなに凜とした方だったんだな」

「ありゃ、すげえや」

「本物はやっぱり違うな」


 冒険者達は口々にアディラについて口を開く。そのほとんどは好意的なものだ。元々、アディラは天真爛漫な性格のために国民の人気はものすごく高いが、決してそれだけでは無い事を冒険者達は知ったのだ。


「お父さん……お疲れ様…」

「ああ、王女殿下……話には聞いていたがここまでとは……」

「ええ、凄い方ね、お父さんの演技を見破る洞察力、私達の無礼な物言いすら受け流す度量……」

「あの王女様が惚れ込んだというアインベルク侯はどれほどの人物なんだろうな」

「アインベルク侯とつながりが出来ればひょっとして……」

「ああ、あいつと会うことが出来るかも知れないな」


 エシュレムとラウラはお互いに頷いた。周囲ではまだ、冒険者達がアディラについて話していた。




 一方、ギルドを出たアディラは何でもないような表情をしながら通りを歩いている。


 しばらく歩き、メリッサがアディラに声をかけた。


「アディラ様、お疲れ様でした」


 メリッサの労るような言葉にアディラは思いっきり安堵の息を吐き出す。


「ぶはぁ~あれで大丈夫だったかしら。エシュレムさんもラウラさんも気分を害したりしなかったかな?」


 アディラの声は先程までの威厳あるものではなく、年相応の可愛い少女のものだ。


「大丈夫だと思いますよ。あんまり最初からアディラ様の人懐っこさを出したら逆に警戒されてたと思いますし」


 エレナがアディラの先程までの対応をフォローする。アディラの先程までの対応は王女としての仮面を被ったものであり、アディラ本人としての対応ではなかったのだ。


「はぁ……アレン様がさっきの私の態度を見たら幻滅しないかしら…」


 アディラの言葉にメリッサとエレナは苦笑する。アレンがそんな事でアディラに幻滅するはずは決して無い事を2人は知っている。アレンのアディラを見る目には愛情がふんだんに盛り込まれているのだ。もちろん、フィアーネ、レミア、フィリシアの3人もアディラ同様に愛情が盛り込まれている。


「大丈夫だと思いますよ。むしろ、アディラ様の頼りがいのある一面を見れてアインベルク侯は惚れ直すんじゃないでしょうか」


 エレナの言葉にアディラは先程までの不安な雰囲気はすっかり消えていた。そして、表情が緩み始めているのをメリッサとエレナは見た。


「ぐへへ~アレン様が惚れ直す……と言う事は現段階で私に恋してくれてると言う事よね~ぐへへ」


 アディラの口から、いつもの残念な笑い声が発せられメリッサとエレナはエシュレム達にこの事をどうやって伝えようかと頭を悩ませた。



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