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月姫③

 声を上げたアディラに全員の視線が集まるがアディラはまったく気にした様子もない。


「おいおい、お嬢ちゃん……」


 中年の胸ぐらを掴んでいた冒険者が手を離すとアディラを嘲るように見るとアディラに向かって歩き出すと進行方向にいた冒険者達は道を開ける。


「なんです? 報酬を踏み倒して偉そうにするなんて随分と恥ずかしい事をするような人が何か文句があるんですか」


 アディラの言葉に男はひくりと頬を動かした。不快感を刺激されたことは間違いなかった。


「大体、周りの方達も誰が聞いたって報酬を値切ろうというセコイ考え方の持ち主を庇うのは何故です?」


 アディラは次に周囲の冒険者達に視線を移しながら言う。すると何人かの冒険者がアディラを睨みつけてきた。その目には『事情も知らないくせに』という感情が含まれている事を察する。


「おい、お嬢ちゃんよ。見ねえ顔だが、事情も知らんのに顔を突っ込むなよ」


 周囲で見ていた冒険者がそういうと何人かの冒険者が同調する。だが、アディラは露骨に声を上げた冒険者に失望したような視線を向けると言い放った。


「事情ですか?ええ、わかりませんよ。と言う事はあなた達はそちらの方が何もしないのに報酬だけ要求するような卑怯者だというのですね?」


 アディラの言葉に冒険者達は露骨に目を逸らす。


「どうしたんです? どうして卑怯者であるそちらの方を責めないんです?」


 アディラの言葉は冒険者達にとって耳が痛い言葉であった。内心、冒険者達は値切られている冒険者に罪がないことを知っていたのだ。


「はい、そこの偉そうな事情通のあなたならそちらの方が悪いとわかってるのでしょう? 早く責め立ててはどうですか?」


 アディラが指差した相手は先程、“事情も知らないのに”と責め立てた冒険者だ。


「まぁ……これ以上、相手しても仕方ありませんね。そこのあなた達に話がありますけど聞いてくれますか?」


 アディラはもはや冒険者達を一顧だにせずに中年の冒険者に視線を移すと話をふる。


「え、ああ。大丈夫だ」


 中年の冒険者は戸惑ったように頷く。後ろの少女も同じようにコクコクと頷いた。


「おい、勝手に話を進めんじゃねえよ!!」


 無視された形になった絡んでいた冒険者はアディラにくってかかる。男がアディラの方を突こうと手を上げる。だが、アディラはまったく動じることなく不用意に近付いた男の脛を蹴りつけた。


「つぅ……へ?」


 次の瞬間、男の視界が上下逆さまになりその意味を理解する間もなく頭に衝撃が走った。アディラが脛を蹴りつた後にそのまま懐に踏み込むと男を一本背負いの容量で投げ飛ばしたのだ。男は受け身を取ることも出来ずに頭から床に落ちそのまま気絶する。


 あまりにも予想外の結果に周囲の冒険者達は呆然としていた。小柄な美少女であるアディラが大の男を投げ飛ばしたのだ。アディラを知らない者からすれば驚くなという方が難しいだろう。


「てめぇ!!」

「このガキ!!」


 投げ飛ばされた男の仲間が激高すると剣を抜いた。王族相手に剣を抜けばどう考えても極刑は免れない。まぁこの段階でアディラが王女である事を知っている者がこの中では皆無だったと言う事を考えれば仕方の無い事なのかもしれない。


 『月姫』という二つ名は知れ渡っているが、アディラの顔まではここの冒険者は知らなかったのだ。


 斬りかかってきた冒険者2人にメリッサとエレナが動く。メリッサは剣を、エレナは棍を振るって斬りかかってきた冒険者の相手をする。メリッサもエレナもまず一流と呼んで良い実力を持っている。冒険者の振り下ろした剣をメリッサが手にしていた剣で受け流すと返す刀で冒険者の喉元に斬撃を放った。

 かろうじてその冒険者は躱す事に成功するが、首に一筋の切り傷が付いていることからメリッサがまったく躊躇なく斬撃を放った事がわかる。もし、躱さなければ間違いなく冒険者の首は床に転がっていただろう。


 躱したがその冒険者に対する攻撃が終わったわけではない。エレナが容赦なく棍を横に薙ぎ冒険者の脛を打ち付けたのだ。足を払われる格好となり冒険者は床に突っ伏した。そこにエレナが容赦なく棍で打ち付けると冒険者は意識を手放した。


「くそがぁ!!」


 もう1人の冒険者は仲間がやられた事に対して明らかに狼狽していた。その隙を見逃すことなくアディラが間合いを詰めると顔面と腹に同時に掌打を放つ。その冒険者は何とか後ろに跳び躱す事に成功するが、アディラはそのまま止まることなく水面蹴りを放ち、冒険者の足を払った。転んだ冒険者の喉元にメリッサが剣を突きつける。


 当然ながらメリッサの目には一切の慈悲の感情はなかった。その目を見たときに冒険者は抵抗の意思をなくしたようだった。


「お、おい……レグス達が…」

「あいつらはプラチナクラスだぞ……」

「一体……何者だ?」


 周囲の冒険者の間からアディラ達に賛辞とも、畏怖ともとれる言葉が発せられている。自分達が恐れていた連中をあっさりと蹴散らしたアディラ達への言葉としてはある意味順当なのかも知れない。


「さて……もう良いですね? 私の目的は有為な人材の確保……あなた達は対象外です」


 剣を喉元に突きつけられた冒険者はコクコクと頷いた。アディラは微笑むと扉を指差す。もちろん“さっさと出て行け”という意思が込められている。男は顔を青くして立ち上がるとのびている仲間を起こすとギルドを出て行こうとする。


 今後、彼らがクルノスでかなり侮られることになるのだろうが、ある意味自分達が今までやってきた事に対する報いと思って頑張ってもらうしかなかった。


「あ、そうそう、ちゃんと正当な報酬を渡しなさい」


 アディラの言葉にそのまま去ろうとした冒険者はビクリと体を震わせると銀貨5枚をテーブルに置くと忌々しげにアディラ達を睨みつけるとそのまま出て行った。


 エレナがテーブルの上に置かれた銀貨を手に取ると、先程の中年の冒険者の元に手渡した。


「あ、ありがとう」


 中年の冒険者と少女は揃ってアディラ達に頭を下げる。


(さて……これでようやく交渉に入れるわね)


 アディラが中年の冒険者に近付き口を開く。


「さてこれでやっと、交渉に入れますね」


 アディラがそう言うと中年の冒険者は素直に頷く。


「私はアディラ=フィン=ローエンです。あなた達を雇いたいと思っています」


 アディラが名乗ると周囲の冒険者達に動揺が走る。名乗られた名がこのローエンシア王国の王女の名前であったからだ。最初は疑いが生まれ、次にアディラの先程の腕前から『月姫』の二つ名に結びつき、それから本物であると急激に変化していったのだ。


「ほ、本当の王女様なんですか?」


 後ろにいた少女が恐る恐るアディラに尋ねると、アディラはニッコリと微笑んだ。その微笑みを見たときにその場にいた全員が本物であると理屈抜きに思ったのだった。

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