戦姫Ⅲ⑤
ゴルヴェラ2体がその戦闘力を遺憾なく発揮してアンデッドを蹴散らしている所にレミアが突っ込ん出来た事はゴルヴェラ達にとってまさに青天の霹靂とも呼ぶべきものであった。
レミアは裏をかいたといっても油断をするような事は決してしない。レミアは間合いを詰める時であっても殺気、気配を極力隠して突っ込んできたのだ。探知能力の低いゴルヴェラでは、レミアの接近に気付くことは出来なかったのだ。
ズバァァァァァァ!!!
レミアの双剣が長剣を持つゴルヴェラを背中から斬り裂く。鮮血が舞い、斬られたゴルヴェラは蹈鞴を踏んだ。
「が……」
背中を斬られたゴルヴェラは背中越しにレミアの姿を確認すると憎々しげにレミアを睨みつける。そこに、スケルトン達が殺到し剣を振り下ろした。
「コドム!!」
両手に片手斧を持ったゴルヴェラが仲間の危機に名を呼ぶとスケルトン達を蹴散らし、何とか命を失う事はなかった。だが、その行動には大きな代償を伴った。レミアが意識を逸らした斧を持ったゴルヴェラを狙ったのだ。
接近を許した事に気付いたゴルヴェラは、苦し紛れに片手斧を振り回した。だが、そんな苦し紛れの攻撃がレミアに通じるはずはない。レミアはただ速いだけの斧を最小の動きで躱すとゴルヴェラの膝を蹴りつけたのだ。
「ぐ……」
思った以上の衝撃がゴルヴェラの膝に生じ、ゴルヴェラは一瞬だが動きが止まる。そこにレミアは容赦なく右手に斬撃を放った。レミアの放った斬撃はゴルヴェラの右手を切り落とし持っていた片手斧と一緒に地面に落ちる。
右手を失ったゴルヴェラは呆然とそれを眺めていたが、自分の身に何が起こったか理解したときに痛みが襲ったのだろう。苦痛に顔を歪めると次いで絶叫を放った。
「ぎゃああああああああああああああ!!!!」
耳を劈くような絶叫であったが、レミアは動じることなく新たな斬撃を放つとゴルヴェラの首を刎ね飛ばした。
「ネザ!!!」
仲間の死にコドムは激高し長剣を振り上げレミアに袈裟斬りを放つ。深手を負う前であればレミアはその斬撃を躱すのに“それなり”に苦労はしたのかもしれないが、背中に深手を負っている今ならば躱す事など雑作もないことだった。
レミアはスルリと横に避けると同時に喉に斬撃を放った。コドムは咄嗟に躱す事に成功するが、レミアの攻撃はそれで終わりではなかった。いや、むしろ始まりだった。レミアは双剣だけでなく肩、肘、膝のからだのあらゆる部位を使い間断なくコドムに攻撃を放つ。
「く……」
凄まじい攻撃に晒されたコドムは深手を負っていると言う事もあり、あっさりと防戦一方に追い込まれる。
レミアの剣の一本がコドムの長剣を絡め取ると天高く長剣が舞った。長剣が地面に落ちる前にレミアのもう一本の剣がコドムの喉元に突きつけられる。勝負は決したのだ。
「まだやる?」
レミアの顔に艶やかな笑みが浮かぶ。平時であれば見惚れるような美しい笑顔なのだが、現在のコドムにはそのような感情は一切湧いてこない。自分が敗れた屈辱とそれ以上に、生殺与奪を握られた事による恐怖がコドムにはあったのだ。
このような状況でレミアに逆らうなど状況判断が完全に欠如した者の行動だ。コドムは本能でレミアに逆らえば即座に首を落とされることを察している。そのために首を静かに横に振る以外の選択肢が彼には思い浮かばなかったのだ。
「そう、それじゃあ。私の質問に答えてもらうわね。ウソをつきたいなら好きなだけついてもらっても構わないわ。私がウソと判断したした瞬間に首を落とすからね。あなたがもたらす情報はあったら良いと言うレベルであることを忘れないでね」
レミアの言葉にコドムはコクコクと頷くだけだ。レミアの言った言葉はまったくレミアの本心であり、コドムの対応次第で即座に首を落とすつもりである事は脅しで無い事は明らかだったのだ。
「そう……あなたが現状を正しく認識していたみたいで面倒が省けるわ。それじゃあ、あなたの意思? それとも命令?」
レミアの質問は抽象的であり甚だ不親切であると言って良い。当たり前だがこれは意図的である。具体的に質問しなかったのは、この質問ならより多くの情報を仕入れる事が出来ると考えたのだ。コドムは現段階ではレミアに逆らう気は一切無いとみていた。レミアの不興を買えばその場で殺されるのだから、不興を買わないように多くの情報を与えると踏んだのだ。
「は、半分は命令、もう半分は自分の意思です」
コドムは小さい声でレミアの質問に答える。抽象的な質問であったために、いつレミアの逆鱗に触れるか心配だったのだ。
「そう……では誰?」
レミアの質問にコドムはゴクリと喉をならす。
「長老会です」
「なるほど長老会を主導した人物は?」
「そこまではわかりません。私は長老会に参加できるような身分ではありませんので……」
「そう……それなら、あなたが私を狙ったのはどうして?」
「は、はい……あなた様達がエギュリムを斃した事がゴルヴェラ達の間で……話題となりまして……」
「長老会はゴルヴェラの面子のため、あなたは功名のためというわけね?」
「は、はい」
コドムの言葉にレミアは別に気を悪くした様子もない。元々あったら良いというレベルの尋問なのでそこまで求めるわけでは無い。エギュリム達魔将をアレン達が斃した事が、ゴルヴェラ達の種族の誇りを著しく傷つけその報復に来たという事だった。
(まぁ、予想通りね。一応みんなに注意は促しておかないとね)
レミアはそう結論づけると、もう一つの情報を聞き出すことにする。
「それじゃあ、ゴルヴェラは魔族と組んでいるけどそのメリットは?」
「え?」
「へぇ……ここでとぼけるなんてね」
コドムの呆けた声を受けてレミアの殺気は一気に強まる。コドムは恐怖の表情を浮かべてガタガタと震えだした。その様子を見てレミアは殺気を緩める。脅しとしては十分と判断したのだ。レミアは静かにコドムに言葉を投げ掛けた。
「あなた達ゴルヴェラが魔族と手を組んでいるのは知ってるのよ」
「そ、そんなバカな。我らゴルヴェラが魔族と組むなどあり得ません」
「でも実際に私の仲間が魔族と組んでいるのを確認してるわよ」
フィアーネの話では、イリムと一緒にいた者の中にゴルヴェラがいたという話だったのだ。
「し、しかし、我らゴルヴェラは手を組むという事はありえません」
コドムの言葉にレミアは考える。
(こいつの言う事が正しければイリムの元にいるゴルヴェラは対等の力関係ではなく、上下関係があるというわけね。しかもイリム達の方が圧倒的に上というわけか……)
レミアはイリムの実力を元々侮ってはいなかったが、コドムの話を聞いて少なくともゴルヴェラを大きく上回る実力を持っている事を察する。レミアはコドムに視線を移す。
「さて、もういいわ。あなたはここで解放するから、長老会に伝えなさい。もし、今後も私達を付け狙うようなら容赦はしない。あなたも私との戦いで卑怯な手にやられたと思うのならもう一度挑んで来なさい。真っ先にあなたから斬り刻んであげる」
レミアの言葉にコドムは震え上がる。レミアの言葉は脅しで無い事がコドムにはわかっていた。コクコクと頭を頷くとレミアは背中を見せて歩き出した。隙だらけの姿ではあるがそれが逆にコドムには恐ろしかった。
コドムは青い顔をしながら転移魔術を起動させるとこの場から逃げ出した。




