戦姫Ⅲ③
弓使いを斃したレミアはまたも転移魔術を展開させると巨木の上に立った。どのみち、自分を見ている者にはすぐに見つかるのだから、それほどの問題ではない。
この段階でわかっていることは、何らかの術でレミアを監視し、仲間のゴルヴェラ達にレミアの位置を教えていると言う事と遠距離から魔術を放つ事が出来るという事だ。
ただし、遠距離から魔術による攻撃を仕掛けたところで、レミアは躱したことからそれほどの脅威ではないとみなしている。遠距離からの初撃で仕留めることが出来無かった以上、レミアを仕留める事は困難を極める事になる。なぜならば、レミアはすでに遠距離からの魔術による攻撃があることを知っているからだ。
「さて……それじゃあ、やるとしましょうか……」
レミアは瘴気を集め出す。レミアはアレンに瘴操術の手解きを受けており、ある程度の彫刻を生み出す事が可能だったのだ。レミアの瘴操術によって生み出される彫刻ははっきり言って戦闘力はそれほどではない。そしてレミアはその事を理解している。レミアが彫刻に求めているのは別のものだ。
レミアの周りに瘴気の塊は数十個形成されるとそれぞれ膨張し獣の姿になった。その獣は犬と狼のような姿形であった。
「行け!!」
レミアの声に獣たちは一斉に駆け出す。
「さてと……こちらはこれで良しと…あとは…時間を潰しておこうかしら」
レミアは巨木から飛び降りると二体のゴルヴェラ達とは逆の方向に向けて走り出す。レミアに現段階でゴルヴェラ2体を相手取るつもりはない。あの二体と戦うのは遠距離攻撃能力を持つ者を斃してからだと決めていたのだ。
* * *
「間違いない……こっちに向かってきている」
一体のゴルヴェラがレミアを水晶に写しながら呟く。このゴルヴェラの名は『ビ・レドス』という。ゴルヴェラの高名な魔術師だ。
「放たれた獣は瘴気で作られた存在か……という事は核を潰せば消滅する…アンデッドと同じだな」
ビ・レドスはレミアが獣を作り出す過程を見ており、放たれた獣がアンデッドと同種の存在であると察したのだ。その考えは間違ってはいない。アンデッドも瘴気を燃料に仮初めの生命を得た存在なので、レミアのつくった獣も瘴気で構成されていることを考えれば同じであると考えて良いだろう。
ビ・レドスは召喚術を展開する。ビ・レドスが召喚したのはアンデッドの魔獣達だ。【瘴獅子】という名の魔獣は瘴気を纏った獅子の姿をしている。レミアが放った獣よりも遥かに巨大なアンデッドだった。ビ・レドスはその【瘴獅子】を5体召喚した。
「始末しろ」
ビ・レドスが命令すると五頭の【瘴獅子】は一斉に駆け出す。レミアの放った獣たちを始末するためだ。
「ふん……あの程度の獣を始末してから、ついでにあの女も食い殺してやるとするか」
ビ・レドスの表情は残忍は表情を浮かべている。【瘴獅子】ならばレミアの放った獣などあっさりと始末できると考えていたのだ。その余裕がレミアを侮る気持ちに繋がった。
だが、その見通しが甘かった事をビ・レドスはすぐに思い知ることになる。
* * *
【瘴獅子】がレミアの放った獣たちとぶつかるのはそれからすぐの事であった。【瘴獅子】が姿を見せたときに、獣たちは一斉に散会した。数十の数の獣たちが蜘蛛の子を散らすように散会すると瘴獅子達は近くの獣たちをかみ砕き始めた。
瘴獅子に核をかみ砕かれた獣たちは次々と消滅していくが、その全てを消滅させることは出来ない。少なくとも20を越える獣たちが瘴獅子の牙を逃れてビ・レドスに向かっていく。
それを見たビ・レドスは舌打ちをしながら魔矢を連射する。一気に数十の魔矢が放たれ、魔物達が次々と核を撃ち抜かれて消滅していく。
「数は多いがそれだけだな……こんな雑魚を繰り出して俺をどう始末するつもりなんだかな…あの女は……」
ビ・レドスは背後に回り込もうとした獣を魔矢で射貫く。射貫かれた獣はそのまま消え去った。
「しかし、鬱陶しいやつらだ」
ビ・レドスが忌々しげに呟いた時、背中に突然熱さを感じる。その熱さはすぐに痛みに変わった。
「ぐ……」
ビ・レドスの口から吐き出された言葉は苦痛の言葉だ。先程までの余裕の声色は一切含まれていない。
「その水晶で私を監視していたというわけね」
女の声がビ・レドスの耳に入る。ビ・レドスは恐る恐る振り返るとそこには先程まで水晶に写し出されていたレミアが立っていた。
「な、なぜ……ここに…」
ビ・レドスの困惑の声を無視してレミアは双剣を同時に突き出した。一本は顔面、もう一本は腹に放たれた双剣をビ・レドスは躱す事は出来ずにまともに受ける。
ビ・レドスの顔面と腹部に深く刺し込まれたレミアの双剣はそのまま貫通し背後から突き出ていた。ピクピクと痙攣するその姿はピ・レドスの死に抵抗する最後の足掻きのように思われる。その痙攣が止むとビ・レドスの死体は力が抜ける。レミアが双剣を引き抜くとビ・レドスはそのまま崩れ落ちた。
「種明かしをしてやる義理はないの。地獄でゆっくりと考えてね」
レミアはもはやビ・レドスを一顧だにせず、双剣を一振りすると剣に付いた血を振り落とした。
「さて、瘴獅子を片付けておきましょうか」
レミアはビ・レドスの召喚した瘴獅子を始末するために歩き出した。
瘴獅子は召喚主のビ・レドスが絶命したにも関わらず消滅していなかったのだ。召喚術は召喚主が死んでしまった時に召喚したものが消滅する場合と消滅しない場合があるのだ。
どうやら今回は消滅しない場合のようだ。アンデッドである瘴獅子を放置しておけばどのような犠牲が出るかわからない。そこでレミアは駆除しておく事にしたのだ。
「それにしても【運ぶ猟犬】は使えるわね」
レミアはそういうと転移魔術を展開する。次の瞬間にはレミアは瘴獅子達の前に立っていた。突如現れたレミアに瘴獅子達は一斉に襲いかかるがレミアはまったく動じることなく双剣を振るい、瞬く間に核を斬り裂き瘴獅子を消滅させた。
転移魔術は点と点をつなぐ魔術である。転移先を設けなければ使用することは不可能なのだ。その理屈ならビ・レドスの背後にレミアはいつ仕掛けたのかという疑問が生まれるが、それは運ぶ猟犬が解決してくれた。
運ぶ猟犬の“運ぶ”はレミアを運ぶという意味だ。運ぶ猟犬は言わば移動する転移魔術の拠点であり、消滅させられればそこに拠点を形成するようになっているのだ。
レミアが瘴操術で運ぶ猟犬を作ったのは単純に戦闘ならばアレンの闇姫、フィアーネの神の戦士で十分用足りる。またアレン達自身の戦闘力があればこれ以上の戦闘力は過剰であると考え、レミアはアレン達が過剰ではない機動力の底上げをしようと考えたのだ。
「さて、後はあの2体ね……」
レミアは小さく呟くと再び転移魔術で転移した。




