戦姫Ⅲ②
巨木から飛び降りたレミアは降下中に巨木を蹴って方向転換する。方向転換した先にはゴルヴェラの一体がいた。そしてレミアは空中で双剣を抜き放ち、狙ったゴルヴェラに斬撃を放った。
キィィィィィンンン!!!!
レミアの双剣の一本がゴルヴェラの剣に受け止められると剣同士のぶつかる澄んだ音が森の中に響いた。思わぬ形で斬撃を受け止めたゴルヴェラの顔には驚愕の表情が浮かんでいた。
レミアがいきなり斬りかかってくるなどゴルヴェラにとって予想外だったのだ。3対1という不利な状況、しかも相手はゴルヴェラである。そのような絶望的な状況においてレミアの方から先端を開くというのは通常は考えられないのだ。
ただ、レミアにしてみればそのような常識を裏切るのは戦闘に置いて効果的であるという事を知っていたのだ。セオリーを知らずにセオリー以外の事をするのは愚かであるが、セオリーを知った上でセオリーを無視するのは立派な作戦となるのだ。
レミアの剣を受け止めたゴルヴェラの顔面にレミアが口から直径1㎝程の鉄球が吹き付けられる。レミアの吹き付けた鉄球はゴルヴェラの右目に直撃した。敵の気配を察してすぐに、鉄球を口に含んでいたのだ。
「がぁぁぁぁ……がっ…」
ゴルヴェラの放った絶叫は突如中断される。レミアのもう一本の双剣がゴルヴェラの腹部に刺し込まれたからだ。
「ま、まてぇ……」
腹を貫かれたゴルヴェラはレミアに懇願する。レミアが腹に刺し込んだ剣を横に薙ごうとしたのを感じたのだ。
だが、レミアは一切の容赦をすることなく剣を薙ぎ腹を斬り裂いた。腹を斬り裂かれたゴルヴェラが膝を着いた瞬間にレミアは剣を一閃し首を刎ねる。一切の無駄のない流れるような攻撃だった。
血を撒き散らしながら死体が地面に倒れきる前にレミアはもう一体のゴルヴェラの懐に入り込むと喉と腹に同時に斬撃を放とうとした。だが、レミアはその斬撃を途中で止めると即座に後ろに跳んだ。すると先程までレミアの頭のあった位置に一本の矢が通り過ぎた。そのまま斬撃を放っていれば矢はレミアの頭部を射貫いていたことだろう。
「もう一体いたわけね」
レミアの言葉にゴルヴェラ達は我に返るとレミアから距離をとった。レミアの身体能力の高さ、斬撃の鋭さに先程までの余裕はゴルヴェラにはない。すでに警戒すべき敵としてレミアはとらえられていた。
「さて……復讐のつもり? 言っておくけど容赦しないわよ」
レミアの言葉と共に殺気をゴルヴェラに叩きつける。以前斃したゴルヴェラ達は無辜の武器を持たない者達を虐殺しようと考えていたのだ。そのような輩を斃したからといってもレミアにしてみればまったく気に病むことはない。そんな奴等の復讐に来たというのならば同じ穴の狢なので何の容赦もするつもりはなかった。
「あいつらは戦う前に私と大事な友人の尊厳を踏みにじろうとした……その報いを受けただけよ。まぁ、あんた方もその類でしょ? ゴルヴェラなんてクズしかいない種族なんだから今更隠そうたってしかたないわよ」
レミアはゴルヴェラ達を挑発する。相手の冷静さを失わせることで状況の変化を狙ったのだ。現在の状況は目の前にいる2体のゴルヴェラと先程矢を射たゴルヴェラで最低でも3対1という不利な状況なのだ。
「貴様、人間如きが……」
挑発に耐えかねたゴルヴェラが反論する。だが、レミアはその言葉の途中で動いた。但し、ゴルヴェラの隙をついて攻撃したのではなく、後ろに跳び、空中で一回転するとそのまま駆け出す。
凄まじい速度で逃げ出したレミアにゴルヴェラ達はしばし呆然とするが、レミアが逃げた事に気付いた2人は怒気を発してレミアを追う。
「待ちやがれ!!!」
「卑怯者が!!」
口汚くレミアを罵りながらゴルヴェラ2体は走る。だが、レミアの速度はゴルヴェラ達2体をはるかに上回っている。何もない平地であればゴルヴェラ2体は引き離されることはなかったかも知れない。
だが、森林地帯という障害物の多い場所においてはそうではなかった。レミアは最短のルートを選択しほとんど速度を落とすことなく進むのに対し、ゴルヴェラ2体はそうではなかったのだ。そのため1秒ごとにレミアはぐんぐんとゴルヴェラ達を引き離していった。
(ふ~ん……思った通りこの森林地帯でなら地形を上手く使えば勝算は高まるわね)
レミアはゴルヴェラ達が自分についてこれないことを確認すると方向転換を行う。もちろん、ゴルヴェラ2体が視界から外れた事を確認してからの方向転換だった。
(さて……引っかかるかな…まずは弓の方を始末しないと……)
レミアはまず狙撃してきた者を斃すつもりだったのだ。遠距離からの攻撃は一方的にやられるだけなのだ。そのためにレミアがまず遠距離から攻撃を仕掛ける者を狙うのは当然だった。
レミアは方向転換しそのまま進むがある事に気付く。それは撒いたと思ったゴルヴェラが真っ直ぐにこちらに向かってきたのを察したのだ。しかも迷う事無くまっすぐにこちらに方向を変えたのだ。
(……誰かが私を見てあいつらに教えている…? 弓を放った奴かしら……それとも、他の奴かしら……)
レミアはゴルヴェラ2体の行動に誰かが情報をゴルヴェラ2体に与えている可能性を考えていた。迷う事無くこちらに向かってきているという事から導き出した答えであった。
そして、レミアは追ってくるゴルヴェラ2体とは別にもう一体のゴルヴェラの気配も察している。レミアは木の影に隠れてゴルヴェラ達の視界から身を隠し、次の瞬間に転移魔術を発動させた。
視界がぐにゃりと歪み、視界が元に戻る。レミアは最初に身を隠そうとした巨木の上に立っていた。先程、念のために拠点を作っていたのだが早速役に立った形だった。
「よし……」
レミアは巨木から飛び降り、狙撃手を斃しに走り出した。ここから100メートル前後の距離に一体のゴルヴェラの気配を感じていた。追ってきた二体のゴルヴェラの気配は先の方にある。
(まだ気付いていない? どちらにしても遠距離攻撃をする者から始末する)
レミアは走る中で突然ゾワリとした感覚に襲われる。レミアはその感覚を得た瞬間に右手に跳んだ。
ドゴォォォオォォォォ!!!
その瞬間にレミアが居た場所が爆発する。突如発した爆発であったがレミアはその爆風も防御陣を咄嗟に構成すると事なきを得ることに成功する。
(もう一体はあそこね……でも、まずは弓使いから……)
レミアは優先順位を弓使いに定めると爆発に構うことなく再び駆け出した。すでにレミアの視界には弓使いのゴルヴェラを捉えている。
ゴルヴェラは矢を番えるとレミアに向けて矢を放つ。中々の速度であるのだが、レミアにしてみれば躱す事は雑作もないレベルだ。レミアが容易に矢を躱す事が出来るのはアディラの矢で練習していたからだ。
アディラの矢は威力、速度も凄まじいが初手をまったく読ませない事にある。放つ気配がまったくないので躱すのが一呼吸どうしても遅れるのだ。その一呼吸の間にアディラは再び矢を放つのだ。そのアディラの矢に比べればこのゴルヴェラの矢を躱す事など容易だったのだ。
ほとんど速度を落とすことなくレミアはゴルヴェラに突っ込んでいく。ゴルヴェラの顔には明らかに動揺が見て取れる。先程の一射で勝負は決したと思っていたのだろう。ゴルヴェラは再び矢を番えると放つ。
またしてもレミアは矢を躱し、間合いに入り込むと斬撃を放つ。レミアの剣はゴルヴェラの弓を断った。レミアはそのまま体を回転させるともう一本の双剣でゴルヴェラの首筋を斬り裂いた。
頸動脈を斬り裂かれたゴルヴェラの傷口から血が噴水のように噴き出し周囲を赤く染める。自分が敗れた事を悟ったゴルヴェラは膝から崩れ落ち地面に突っ伏した。
「さて……次は“あいつ”ね」
レミアはジロリとあらぬ方向に視線を向けた。




