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閑話~邪神降誕~

『……また私をその術で縛ろうというのか?』


 男の耳に突然、言葉が聞こえた。いや、耳が音をとらえたと言うよりも脳内に直接響いたというのがより正しいのかもしれない。


 男の名はヴェラン=イビン、元イベルの使徒の教団員であり、イベル降臨の研究に携わっていた男だ。そのイベル教団もすでに存在しない。その理由は教団の本拠地がジャスベイン家次期当主であるジュスティス=ルアフ=ジャスベインにより壊滅させられたからだ。

 凄まじいという言葉すら生ぬるい圧倒的な力で教団本部は潰され、そこに所属していた者達は捉えられた。とらえられた者達は現在厳しい取り調べを受けており、その取り調べが終わり次第、裁判にかけられるのは間違いなかった。その後、裁判で極刑が言い渡されるのは間違いなかった。


 とらえられたイベルの使徒を尻目にヴェランは見事に捜索をすり抜け、脱出に成功したのだ。転移魔術でエルゲナー森林地帯に逃げ込んだヴェランはかつてイベルを降臨させたという神殿に向かった。この神殿は魔物の襲撃のために放棄していたものだ。


 ヴェランは儀式を行いイベルの魂を呪珠に宿らせると次に自分の中に呪珠を取り込んだ。そうすることでゆっくりと自分とイベルの魂を同化させようとしたのだ。この術は数百年前にイベルの顕現を成功させた術という事だった。

 当時の技術では呪珠の完成度が高くなかったために最終的に呪珠が砕け散ると言う結果になったのだが、呪珠が砕けるまでの4分程、イベルの力を実験となった人間が行使したという記録があった。ヴェランは呪珠を改良して絶対の自信を持ってイベルの顕現を行おうとしていたのだ。


 イベルを宿した呪珠を取り込んですぐにその声は聞こえた。ヴェランはその声がイベルのものであることを一瞬で悟ると心に歓喜の念が後から後から湧き出てきた。


 イベルの『その術で私を縛る』という言葉はヴェランにとってイベルの降参のように聞こえたのだ。イベルの力を自分のものにして世界に君臨しようという野望に手をかけたようにヴェランには思われたのだ。


 ある意味、ヴェランの人生において絶頂期が到来したと言っても良かったかもしれない。だが、その絶頂期は本当に僅かな時間でしかなかった。


 イベルの言葉にヴェランの絶頂期は終わりを迎えた。


『芸の無いことだ……』


 イベルの声には完全にヴェランを蔑む感情が込められている。いや、ヴェラン個人ではなく人間全体に込めた蔑みなのかも知れない。その言葉を聞いた時にヴェランは不安に襲われた。


「なんだと?」

『この程度の術で私を縛れるわけがなかろう』

「な……そんな…伝承では…」

『その伝承を残したのは誰だ?』

「え?」

『矮小な人間が本気で神である私を使役できるとでも思っているのか? その伝承は私が流したのだよ』

「な」

『お前のような阿呆あほうを欺すのは本当に楽しいな。どうだ? 一瞬でも私の力を手に入れられると考える事が出来て幸せだったろう?』

「く、くそがぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」


 イベルの言葉についにヴェランは咆哮を放った。虚仮にされた事に怒りを表したのではない。自分の存在が消されるという恐怖を振り払うための咆哮だった。


 ヴェランは僅かずつだが自分自身が消えていく感覚を感じ始めていたのだ。その事を感じたときにヴェランの恐怖は最高潮に達したと言って良いだろう。


「ひ……や、やめろ!! やめてくれぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」


 ヴェランはイベルに命乞いを始めるがイベルはまったく取り合わない。それどころか暗い愉悦を含んだ声で語りかけ始めたのだ。


『ふはは、少しずつ自分が消えていくのを感じるだろう。魂の消滅……それこそが本当の死だ』

「いやだ!!!!いやだ!!いやだぁぁぁぁぁぁぁ!!」

『人間如きが神を使役しようなどとは………思い上がった報いをくれてくれるわ』

「が……が…」


 ヴェランは自身の体が引きされていくのを感じていく。だが、ヴェランの感じている感覚は肉体が引き裂かれていくのでは無かった。引き裂かれようとしているのは魂だったのだ。


「ぎぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」


 ヴェランはあまりの苦痛の為にのたうち回った。


『ふん…お前の魂を引き裂いた後に私の糧としてくれよう』

「がぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁっぁぁぁぁっぁあ!!!!!!!」


 ヴェランは自身の魂が引き裂かれる苦痛に必死に耐える。そして、限界が近いことをヴェラン自身が悟っている。


「た、たしゅ……」


 ヴェランは最後の命乞いの途中で自身の魂が完全に引き裂かれるのを感じた。そして、次に引き裂かれた魂がイベルに取り込まれていくのも感じる。イベルの魂はまるでアメーバのようにヴェランの引き裂かれた魂を覆い尽くし、少しずつ消化されていくのを感じた所でヴェランの意識はそこで途絶えた。


 動かなくなったヴェランの体がむくりと起き上がる。先程までの苦痛に耐えていた感じは一切しない。見る者がみれば先程までとはまったく違う事を察するだろう。


「ふん……人間の体か…このような脆弱な体で私の力を使えば消しとぶな……」


 ヴェランの体を現在つかっているのはもちろんイベルである。イベルはヴェランの魂を消滅させるとヴェランの体を乗っ取ったのだ。


「少しずつならすしか無いな。私の力でこの体を私の血肉としなければならんか」


 イベルはニヤリと嗤う。その顔にはヴェランの体の脆弱さを嘆いているようには見えない。どう考えても楽しんでいる表情である。


「さて……あいつはどこにいるかな?」


 イベルはそう言うと転移魔術でとんだ。

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