傭兵㉓
クギルの死体がデスナイトに変貌したのを見たのにかかわらず、エルグド達に動揺の色はなかった。人間ならば恐慌状態となり大混乱に陥るのだろうが、エルグド達は魔族である。当然、人間よりも戦闘能力が高いためにデスナイト如きに恐れる事はないのだ。
もちろん、油断すれば命を失う事もあるが、少なくともこの執務室においてデスナイトに遅れをとる者はいないというのが彼らの中の常識だったのだ。
「おい」
「「はっ!!」」
エルグドがそう言うと同時に両隣に立っていた護衛の騎士達が剣を抜き、エルグドの前面に立った。護衛騎士が前に立ったのを見てから、従者のアベンはエルグドの隣に、クギルを斬った男は壁際に移動する。デスナイト如き出る幕もないという考えなのだろう。
「やれ」
エルグドがそう言った瞬間にデスナイトに2人の護衛騎士達が斬りかかる。護衛騎士の腕前ならばデスナイトごとき1分もかからずに斬り伏せることが出来るはずだ。
だが……。
デスナイトは盾と大剣を駆使して護衛騎士達と互角の戦いを展開していく。デスナイトは盾で護衛騎士の剣を受けた瞬間に大剣を振るう。防御に徹したと思ったら即座に反撃をするという戦法で護衛騎士2体に攻めさせなかった。
「ほう……」
壁際からデスナイトと護衛騎士の戦いを見ていた男は感心したような声を漏らした。
(護衛騎士の実力が劣るからデスナイトを斬り伏せられないのではない。あのデスナイトが強いのだ……だが、なぜだ? なぜデスナイトがあれ程の戦闘力を持つ?)
男の中に疑問が湧き起こってくる。
「く…エケス、右に回り込め!!」
護衛騎士の1人が出した指示にエケスと呼ばれた護衛騎士は素直に従う。その時、デスナイトが指示を出した護衛騎士の間合いを詰め、大剣を縦横無尽に振るい始める。虚を突かれた護衛騎士は押され始め、壁際に追い込まれた。
壁際に追い詰めたデスナイトはトドメとばかりに剣を振り上げ渾身の力を込めて振り下ろした。護衛騎士は自分の剣を斜めに構え、大剣の一撃を逸らしながらデスナイトの横に回り込んだ。
護衛騎士が回り込むと同時に腕に斬撃を放った。そしてエケスもまたデスナイトの首にに斬撃を放っている。普通に考えれば護衛騎士は腕を斬り落とし、エケスは首を斬り落とし、そのまま核を斬り裂いて勝負ありというはずだった。
だが、ここでエルグド達にとって想定外の出来事が起こる。デスナイトの腕から瘴気の体を持った女の上半身がデスナイトの太い腕から生え、護衛騎士の斬撃を止めたのだ。そして、エケスの放った首への斬撃もデスナイトの背中から生えた女の上半身により止められていた。
「な…」
「なんだ、これは?」
護衛騎士とエケスが戸惑いの声を上げた瞬間に護衛騎士とエケスがほぼ同時に吹き飛ばされた。女の上半身が瘴気弾を護衛騎士とエケスに放ったのだ。そのため、まともに直撃した護衛騎士とエケスは吹き飛んだのだ。
「な……これは一体なんだ?」
エルグドが呻くように疑問を呈した瞬間にデスナイトは破裂する。いや、破裂したのではない本来の姿を現したと言った方がより的確なのかも知れない。デスナイトが破裂した後に現れたのは、瘴気に体で構成された肉体を持つ闇の美姫達である闇姫だった。
闇姫達の造詣は美しいの一言だったが、だが、見る者には決してそのような印象を受ける事は無い。美しさよりも禍々しさを感じてしまうのは死を体現する威圧感を発するからかもしれない。
突如現れた4体の闇姫にエルグド達は困惑する。闇姫はアレンのオリジナルの術であるためにエルグド達にとって初見だったため仕方の無いことだったのだ。
「ち……」
壁際で見ていた男は自身の腰から剣を抜いた。男の抜いた剣から炎が立ち上る。その事からこの男の抜いた剣が魔剣である事がわかる。
「殿下、魔剣『ギルメデス』をこの部屋で使うが良いな?」
男がエルグドに問いかけるとエルグドは即座に許可を出す。
「もちろんだオルグ。好きに戦え」
エルグドの許可を得たことでオルグはニヤリと嗤う。
「ふん……この女達は擬態能力があるのだな…だが、この俺の前ではまったく無意味だ」
オルグはそう言うと動く。一瞬で闇姫との間合いを詰めると魔剣ギルメデスを一閃する。その一閃は闇姫の胴を両断する。両断された下半身は一瞬で塵と化すが残った上半身から下半身は一瞬で再生される。
オルグは再生したことにまったく気落ちした様子を見せることはせずに再び魔剣ギルメデスを振るった。魔剣から凄まじい炎が放たれ闇姫達4体をまとめて焼き払った。
不思議な事にあれほどの量の炎を振るったにもかかわらず、執務室で灼けたのは闇姫達のみであり、執務室の他の者には焦げ目すら付いていなかった。
「見事なものだな……オルグ」
エルグドの言葉にオルグはニヤリと嗤って答える。
「先程の化け物はどうやら墓守の術らしいな……。面白い……リンゼル達を壊滅させ、遠く離れたベルゼイン帝国の第一皇子の喉元に手を触れるとは……殿下、どうやら墓守は俺達が相手をするに相応しい実力の持ち主らしい」
「ああ、人間だからと言って油断は出来ない相手というわけだな」
「墓守は俺のチームだけで行かせてもらう。他の奴等は足手まといにしかならんな」
「そうか……オルグに墓守は一任しよう。頼むぞ」
「任せてくれ」
オルグとエルグドはお互いにニヤリと嗤った。
「おや?」
「どうしたの?」
アインベルク家のサロンでアレン達が昼下がりにお茶を飲んでいるとアレンが声を上げた事に対してフィアーネがアレンに尋ねたのだ。
「闇姫達が消滅した」
アレンの言葉に婚約者達は「へぇ~」という表情を浮かべる。アレンが闇姫を作成する際に、消滅を感じるようにする場合と感じさせない場合の2パターンがある。
今回、クギルに仕込んでおいた闇姫達は前者のパターンであったために闇姫の消滅を感じ取ることが出来たのだ。
闇姫達が消滅させられたというのに、アレン達には一切の動揺はなかった。闇姫は確かに強力な術ではあるが、アレン達ならば問題無く消滅させることの出来る相手だったのだ。
「アレン様、次はその方が来ると言う事でしょうか?」
アディラがアレンに言う。今日は学園が休みのためにアディラは昼間からアインベルク邸にやって来ていたのだ。
「ああ、恐らくそいつが送り込まれてくる可能性が一番高いな。そいつは闇姫達4体をほぼ同時に消滅させた」
アレンの言葉に婚約者達は感心したような表情を浮かべる。
「へぇ~闇姫4体を同時にか…剣とかじゃさそうね」
「闇姫4体を……何かしらの魔術かしら?」
「その可能性は高いですね。それとも多人数で……と言う事でしょうか?」
「私の弓術じゃあ、闇姫4体を同時に消滅させるのは不可能ね。」
婚約者達はそれぞれアレンの「闇姫4体が同時に消滅」という情報から相手の戦力の分析を始めていた。
「まぁ、次の相手が只者で無いと言う事がわかっただけで今回は良しとしようじゃないか」
アレンの言葉に婚約者達は笑顔で頷く。
「それもそうね。あ、そうだ、アレンこのスコーンとっても美味しいわよ。食べさせてあげるね♪」
フィアーネはそう言うとスコーンの端を甘噛みして、そのままアレンに近づいていく。どうやら口移しで食べさせようとしているらしい。アレンはフィアーネがからかっているものと判断するとフィアーネの額を小突く。
「いたっ」
フィアーネの抗議の声が発せられると同時に口にしたスコーンが落ちるのをアレンはそのままキャッチするとそのまま口に含む。いわゆる間接キスの形となり、フィアーネは途端に真っ赤になった。
フィアーネは結構大胆にアレンに迫るのだが、こういう風にアレンがそれに応えると途端に慌てふためくのだ。
そしてその光景を見ていた他の婚約者もフィアーネと同じようにスコーンの端を甘噛みしアレンに迫ってきた。どうやらフィアーネ同様に間接キスぐらいしたいという心づもりらしい。
アレンは苦笑しながらフィアーネにやったように1人づつ額を小突いたり、口からスコーンを取り上げて全てのスコーンを口に含んだ。
アレンが4つのスコーンを食べ終わったときにアレンの前に真っ赤になった婚約者達の顔があった。
(さて、今回の魔族達の殲滅のご褒美はこの真っ赤な顔が見れただけでも十分だな)
アレンは心の中で4人の婚約者の照れた様子を微笑ましげに眺めるのであった。
今回で長かった『傭兵』編も終了です。
次回からは新章です。というよりも閑話のような内容になります。




