傭兵㉑
「だ……団長…」
クギルの隣にいた部下の1人が呆然とクギルに話しかける。
ベルゼイン帝国において高名な傭兵団であるリンゼルの団員達が文字通り人間に斃されていくのを見ていれば当然の事なのかも知れない。しかも斃されていった者達の中に、副団長のミュリム、3人いる隊長のミザーク、リギンが含まれている事が、団員達にさらに困惑を深めさせたのだ。自分達よりも遥かに強い幹部があっさりとやられていったのだから仕方の無い事だった。
「ミュリム……ミザーク…リギン……」
クギルも呆然と仲間達の名を呼ぶだけだった。
「お、おい、来たぞ」
「ひぃ」
「に、逃げ……」
「投降すれば助かるんじゃ無いか……」
団員達の中からアレン達に対する明らかな怯えが見て取れる。怯えを見せる部下達にクギルは怒りの声を上げる。
「てめぇらみっともなく喚くんじゃねぇ!!俺達リンゼルが人間如きに負けると思ってんのか!!!」
クギルの言葉に部下達はうつむく。この状況でアレン達に勝つのは不可能としか思えないのだ。そしてそれはクギル自身が思っている事だ。
(くそ……何が何でも生き残ってやる…)
クギルは心の中でそう呟く。クギルがここでいう生き残るとはアレン達と戦闘をして勝利を収めるという事を意味するものでは無い。部下達をアレン達にぶつけて自分だけは逃げ切るという算段を立てていたのだ。
「全員構えろ!! 人間如きにこれ以上舐められてたまるか!!」
クギルが部下達を叱咤すると部下達もそれぞれ武器を構える。
リンゼル達の数はクギルを入れて11名だ。もはや、アレン達よりも数が少ない。しかも、アレン達よりも個々の能力で劣るのだ。しかも絶望的なほどの差である。
そこに三方向からアレン達は合流した。いや正確に言えばクギル達を三方向から包囲したというのがより的確なのかもしれない。
「みんな、どうやらこいつらはやる気らしい。降伏すれば命だけは助けてやろうと思っていたのに、ここまでやる気を見せられればこちらも応えてやるというのが礼儀だ。徹底的にやるぞ」
アレンの言葉に全員が頷く。やや芝居のかかった風に全員がやる気をだした声を上げる。
「ああ、いよいよ最終段階だ。気合いが入ってきたな」
「みんな気を引き締めていきましょう」
「とりあえず殺るとしましょう」
アレン達の言葉にクギルは顔を青くする。見せかけの士気高揚が完全に逆効果になっている事を察したのだ。
「だ、団長……命令を」
「だ、団長…」
「ひぃ…」
団員達の声には恐怖が色濃く滲んでいる。カタリナ達に向かっていけば、カタリナの地竜に食いちぎられ、シアの凄まじい数の魔矢に肉片と化される未来しか見えない。間合いを詰めたところで、ジュセル、レナン、アリアの壁を短時間に破る事は不可能だ。
かといってフィアーネ達の方はさらにまずい。あの3人の少女達の理不尽すぎる戦闘力を見てしまえば瞬く間にこの世とおさらばするしか無い。1人だけでも絶対に勝てないのに数が3人、しかもその背後にはアディラが虎視眈々と矢を射かける機会を狙っているというのだから厄介極まりない。
そして、アレン達だ。抹殺対象のアレンに万全の状態で向かっていっても確実に返り討ちに遭うことだろう。そのアレンと同格のアルフィス、2人よりは劣るとはいえ、ジェドは確実に自分達よりも強い。
団員達が出した結論は『生き残るのは無理』だった。これほどの戦力相手に生き残る事など天地がひっくり返っても、いや、天地がひっくり返る方がまだ現実感があった。
「お、落ち着け、リンゼルの意地を見せてやれ」
クギルの叱咤激励もアレン達の圧力を直に受けている現段階においては何の効果も発揮していない。
「惨めだな……」
アレンのポツリと呟いた言葉は小さいものであったが不思議とクギル達の耳にははっきり届いた。
「アレン、そういうな。俺もこいつらの立場になれば同じような感じになると思うぞ」
ジェドが哀れむような視線をクギル達に向けながら言う。ジェドとしてみればこの理不尽な戦闘集団に囲まれ四方から殺気を放たれれば心が折れるのも仕方ないと思っている。
「しかしな、こいつらは俺の婚約者達の尊厳を踏みにじろうとしたんだから、到底許すことは出来ないな」
アレンがそう言うとさらに殺気が強まった。殺気が強まった事により団員達はガタガタと震え始め、それをアレン達の目からも確認が出来る。
(アレンがここまで心を折りにくるのは、こいつらを駒とする方向に舵を切ったか)
付き合いの長いアルフィスはアレンがこのリンゼル達をここで殺すのではなく、駒として使い潰す事にした事を察した。ちらりとフィアーネ達を見ると彼女たちもそれを察しているようだ。
(フィアーネ嬢達はアレンの戦い方を理解してるから察するのはわかるが、アディラもわかってるのは何故だ? しかも、あいつ何をすればアレンの助けになるかを考えてるな)
アルフィスはすっかりアレンの考えに染まってしまった妹を嬉しく思う反面、頭を抱えたくなった。
「アレン、さっさとやってしまいましょう。どうせこいつらはこの間の奴等と一緒よ」
「そうよ、さっさと斬り刻ませてくれない? こいつらに品性を求める事自体間違ってるわ。害虫に情けをかけても無駄よ」
「私もそう思います。どのみち、こいつらは品性だけでなく知性も無いのですから命を助けた所で感謝どころか体勢を立て直してまたやって来ます。おそらく、こいつらは秘境と呼ばれることに快楽を感じる変態だから、老人、女、子どもを狙ってきますよ」
「みんなの言うとおりです。アレン様、こんな奴等を生かしておく必要はありません」
婚約者達が言いたい放題に言い始める。1人の団員が言いたい放題のフィアーネ達を睨みつけた瞬間に、アディラが矢を番えると即座に放った。
「ぎゃああああああああああ!!!!」
次の瞬間に睨みつけた団員の左目に矢が突き刺さり悲鳴を発しながら蹲る。その姿をアディラは冷たく見下ろして言う。
「何ですかその目は? 私達の尊厳を踏みにじろうというクズのくせに、自分達は尊厳を踏みにじられないとでも思ってるんですか? 顔を上げなさい。もう片方の目も射貫いてあげるわ。それとも頭を射貫いて脳の風通しを良くしてあげましょうか?」
アディラの言葉に射貫かれた団員は「許してください」「殺さないで下さい」をブツブツとくり返すだけだった。
アディラの苛烈な意思表示に団員達はすっかり心が折れる。何しろアディラが矢を射た瞬間がまったくわからなかったのだ。いつ怒りを買って射貫かれるかわからないという恐怖は凄まじいものだった。
(やるな……アディラ、これで完全に心を折ったな)
(凄いな、王女殿下……さすがにアルフィス様の妹でアレンさんの婚約者…)
(フィアーネ達がやるよりも効果的ね。あの弓の腕を間近で見せられれば逃げ切る意思を完全に絶つわね)
アルフィス、ジュセル、カタリナはそれぞれアディラの行動が心を折るためのものであることを察していた。単に殺すつもりだったらアディラの矢は射貫いた団員の後頭部まで突き出て即死していただろう。悲鳴を上げさせるために手加減した事を察したのだ。
(う~む…もう完全に心折れてるんだからやらなくて良かった気もするな…本当にアレンの関係者は一切手を抜かないな)
(あんなに可愛いのにまったく容赦しないのね。アレンが染めたのか、それとも元々の才能かしら?)
(参考になる。ああやって残虐に振る舞うことで抵抗の意思を挫くという方法もあるんだな)
(お姫様、格好いい……ああやってやればジェドとシア、レナンを守る事が出来る)
そしてジェド達もアディラの行動に理解を示している。レナンとアリアに至ってはかなり誤った方向に歩み始めたという懸念はあったが、根本的にジェドとシアの助けになる事を考えての行動なので問題はないのかもしれない。
(良くやってくれた。アディラ、そしてフィアーネ、レミア、フィリシアもな)
アレンは婚約者達の行動により、この戦いの幕引きをさらにやりやすい形になった事を察した。
(あいつ以外はいらないな……さて始めるか…)
アレンは唯一排除すると決めた対象を見る。その視線の先にはリンゼルの団長であるクギルがいた。




