傭兵⑳
「舐めるな人間如きが!!」
ミュリムの周囲に数十の拳大の目玉が現れる。その目玉が何の種族のものかは判断がつかない。
ミュリムが手を振るとふよふよと浮かんでいる目玉が一斉に散会しアレン達に向かってくる。
「ジェド!!」
アレンはジェドに先程ミュリムから奪った剣を投げてよこす。ジェドの魔剣ヴァルバドスは先程ミュリムの左腕を貫いた際に手放していたためジェドは現在丸腰だったのだ。
「助かるよ」
ジェドはそう言うと剣を構える。自分の方に向かってくる目玉達を迎え撃った。目玉達はアレン達の間合いのギリギリの場所から魔力の塊を放つ。かなりの威力である事が察せられアレン達はそれぞれ魔力の塊を躱す事を選択する。
アレン達は放たれる魔力の塊を器用に避けながら目玉達を斬り落としていく。動きは中々速いのだがアレン達なら問題無いレベルの動きだ。
(まぁ……こんなものを放つのは俺達の意識を逸らすのが目的だよな…となると次の手は……)
アレンがそう思った時にミュリムは魔力で大剣の形に形成すると跳躍し落下のエネルギーと共にアレンに叩きつける。
「ち……」
アレンは舌打ちしつつバックステップしてミュリムの大剣を躱した。
が……
ドゴォォォォォォォォォォ!!!!
ミュリムの振り下ろした大剣は地面に爆風を生じさせるほどのものだ。アレンは破片が目に入らないように咄嗟に目をガードする。明らかに悪い流れだが、土や石の破片が目に入ることによるマイナスの方が遥かに大きかったために仕方が無かったのだ。
躱したアレンに目玉達が襲いかかる。どうやらこの目玉達は撹乱、追撃、牽制などを行える優れものらしい。アレンは目玉達の放つ魔力の塊を魔剣ヴェルシスではたき落としながら、間合いに入った目玉達を斬り落としていく。
「アレン!! ジェド!!」
そこにアルフィスがアレンとジェドの名前を呼びながら後ろに跳びミュリムから間合いをとる。アレンとジェドはアルフィスの動きを見て、その意図を察するとアレンとジェドも後ろに跳んだ。
アレンとジェドがミュリムから離れた事でアルフィスが何かの魔術を放つつもりである事を察したミュリムは大剣を地面に突き刺し魔法陣を展開させる。その魔法陣から4つの水晶が浮かび上がりミュリムの前面に四角形を作ると一枚の壁が出来上がった。ミュリムは同時に目玉達を自分の周囲に呼び戻しアルフィスの魔術に備える。
明らかに見たことの無い防御結界であったが、アルフィスは構わず魔術を放つ。放った魔術は【粉塵爆発】だ。この魔術は魔力を粒子状に変化させ大気中に放ち対象範囲を一気に焼き尽くすという魔術だ。
ドゴォォォォォォォ!!!
アルフィスが構わず放った理由は別にこの魔術でミュリムを仕留めるつもりは無かったどころかダメージを与えるつもりもなかったからだ。アルフィスが焼き尽くそうとしたのは目玉達だ。数が多いため一体一体斬り捨てていくのは面倒と言う事で焼き尽くす事にしたのだ。
ミュリムの周囲に浮いていた目玉達は一気に焼き尽くされ、焼き尽くされた目玉は消し炭となって地面に落ちる。
「ふん……小賢しい…」
ミュリムはそう言うと今度は体長2メートルほどの魔獣が現れる。その魔獣の体には獅子、虎、豹の三つの頭がついており、尻尾は蠍の尻尾のような形をしている。いわゆる【複合獣】と呼ばれる魔獣だ。
『グルゥゥゥゥゥゥ!!』
複合獣がうなり声を上げアルフィスを睨みつける。
「アレン、ジェド……俺はこいつを始末するから、大本を頼むぞ」
「わかった、そんなに時間はかからないだろうから手早く終わらせる」
アルフィスは顎先に手をやりながらアレンに複合獣を任せるように言うと、アレンもそれに頷く。
「…そんなに時間はかからない……って…」
アレンとアルフィスの余裕の会話にジェドはやや呆然とする。ミュリムも複合獣もそんなに簡単に斃せるような相手とは思えないのだ。その一方で、アレンとアルフィスの実力なら可能なのではという思いもあった。ジェドは未だにアレンとアルフィスの実力の底を知らなかったのだ。
アレンとアルフィスは剣を構えるとほぼ同時にミュリム達に斬りかかった。アレン達が動いたのを見てジェドも動く。
しかし、アレンとアルフィスは斬りかかった相手がそれぞれ異なっていた。アレンが複合獣、アルフィスはミュリムだ。言葉とはまったく真逆の相手に斬りかかったことにミュリムは一瞬戸惑う。そしてそれはジェドも同様だった。
(え? アレンも王太子殿下も……なんで当たり前のように真逆の相手に斬りかかってるんだ?)
ジェドはアレン達の中でどのようなやり取りがあったか気になるが、それは後で聞けばわかると思い、頭を切り換える。
アレンは複合獣との間合いをほぼ一瞬で詰めると豹の頭を斬り落とした。感覚が繋がっているのか獅子と虎の頭部が苦痛の嘶きを発するがアレンはそれに構うこと無く二振り目で獅子を、三振り目で虎の頭を斬り飛ばした。複合獣はそのままどうと倒れ込んだ。
そしてミュリムに斬りかかったアルフィスもまたミュリムとの間合いを一瞬で詰めるとすれ違い様に脇腹を斬り裂く。
「が……」
ミュリムの口から苦痛の声が漏れる。アレンに意識を向けていたのでアルフィスの攻撃を躱すことが出来なかったのだ。だが、致命傷では無かったためにミュリムは大剣を横薙ぎに振りアルフィスの首を狙う。
凄まじい斬撃であったがアルフィスは剣を下から打ち上げ軌道を逸らすと再び一太刀目をいれた場所と寸分違わぬ場所を斬り裂く。
「がぁぁぁっぁぁあああ!!!」
一太刀目よりより深くミュリムの脇腹を斬り裂かれたミュリムの口から先程よりも苦痛の声、いや絶叫が飛び出る。そこに複合獣を斬り伏せたアレンとジェドがミュリムに斬りかかった。
「くそがぁぁぁぁ!!」
ミュリムはアレンの斬撃を大剣で受け止めるが、この段階ですでに反撃をする余裕はない。何しろアレンが斬撃を見舞いそれを大剣で受け止めた瞬間にアルフィスとジェドも斬撃を容赦なく放つのだ。
アレンやアルフィスには一歩及ばないとは言え、ジェドもまた『オリハルコン』クラスの冒険者であり、一般的に人外の実力を持つ者に分類される実力者だ。
ミュリムは少しずつアレン達3人の剣により斬り刻まれていく。大剣を振るおうとしてもその瞬間に致命傷となる箇所への斬撃が必ず振るわれるのだからミュリムは当然そちらに意識をむけざるを得ない。
しかも魔術によりこの危機を脱しようとしても魔術を放つ間が一切与えられないのだ。
そしてついにミュリムの膝が落ちる。背後に回り込んだジェドが膝の裏を斬り裂いたためだ。ジェドはそのままミュリムから離れる。ミュリムが背後のジェドに向かって大剣の一撃を放つ可能性があったからだ。
そしてミュリムはそのジェドの予想通りの行動にでる。自分に膝を着かせたジェドへの報復を行うのが目的の斬撃を背後に放ったのだ。だが、当然ジェドはその大剣の届く範囲にはいない。代わりにあったのはジェドが投擲した自分の剣である。ジェドは下がると同時に剣に魔力を込めて投擲していたのだ。
大剣を振り切ったミュリムは、投擲された剣を大剣で弾く事も、避けることも出来なかった。ただ、投擲された剣が自らの喉を貫こうというのを呆然と眺めている。
自身の想像以上の事が起こった時に思考が止まってしまうのは人間も魔族も関係ない。
喉を貫かれたミュリムにアレンとアルフィスが容赦なくトドメを刺す。アルフィスの突きはミュリムの心臓を貫き、ほぼ同時にアレンがミュリムの頭部を両断し、首に突き刺さった剣に当たって止まった。ジェドが魔力を込めて強化していたためアレンでさえ斬り折る事が出来なかったのだ。
ミュリムの右腕から魔力によって形成された大剣が消え、ミュリムはそのまま倒れ込んだ。
「ふう…何とかなったな」
アレンの言葉にジェドは苦笑する。どう考えてもアレンが言うセリフでは無いと思ったのだ。
「それにしてもジェドはやるな、あの段階で下がりながら剣を投げつけるなんてな」
アルフィスがジェドの行動を褒め称える。実際にあそこで下がりながら剣を投げつけるというのはアルフィスも驚いたのだ。このような戦い方をするものが自分とアレン以外にいた事に驚いたのだ。そして同時に嬉しかった。アレンと同格の者がアルフィスしかいなかったように、アルフィスにとっても同格の者はアレンしかいなかったのだ。ひょっとしてジェドもまた自分達の横に並び立つ男となるのではないかという期待する思いが生まれたのだ。
「ええ、何となくこいつは俺を狙うと思ってたんです」
ジェドの言葉にアレンもアルフィスも首を傾げる。その仕草を見て、ジェドは話を続ける。
「2人よりも俺が弱いから、まず俺を狙うと思ったんだ」
「ジェドは弱くないだろ?」
「いや、2人に比べれば俺は確実に一枚、二枚落ちる。もちろん俺もそれなりにはやれると思うが、それでも2人を斃すよりも楽とこいつが考えるのは当然だ。しかも、その弱者であるはずの俺に膝裏を斬られた結果、膝を着いたんだから確実に報復すると思ったわけだ」
「まぁ、ジェドが弱いのは納得出来ないが、報復の点は納得だな。逆に報復に意識が持っていかれたというわけだな」
「そういうこと、それでさ2人に聞きたいことがあるんだが」
ジェドがアレンとアルフィスにそう言うと、2人は頷く。
「王太子殿下はさっき複合獣をやるから、アレンと俺にこいつをやるように指示しましたよね?」
「ああ」
「そして、アレンもそれを了承した」
「ああ、その通りだ」
「でも実際には2人ともまったく反対の相手に斬りかかった……何かサインでも出したのか?」
ジェドの言葉にアレンもアルフィスも苦笑いで答える。
「いや、俺もアルフィスも実は意思の疎通をしてたわけじゃない」
「?」
「ただ単にアルフィスが複合獣を斃そうと斬りかかるのなら俺もやってしまおうと思っただけだ」
「俺もだ。ただ単にああ言っておけば、こいつが勘違いしてアレンに意識を向けるかなと思っただけだ」
「え? 本当にそれだけ? 示し合わせ全く無しだったの?」
「「ああ」」
アレンとアルフィスの言葉にジェドは内心よろめいた。アレンもアルフィスもただ単にアルフィスの言葉という状況を利用しようとしただけで事前の打ち合わせなどまったくなかったのだ。
(王太子殿下が顎に手をやって言ったというのは何のサインでもなかったんだ)
ジェドはアルフィスが顎に手をやって離したのがサインだと思っていたのでかなりガックリ来ていた。
(言わなくて良かったよ。恥かくところだった)
ジェドの自嘲ぎみの笑顔にアレンとアルフィスは首を傾げるのであった。




