傭兵⑲
「さて……やるか」
「だな……」
アレンの言葉にアルフィスが同意する。そこにジェドがやって来て戦いの準備がすべて整った。
「ジェド、この魔族は俺達3人を相手にして勝つ自信があるということだ」
アレンの言葉にジェドは訝しがる。ジェドの見たところミュリムはこちらの力量を読み違えるほど凡庸な相手には思えなかったからだ。
(まさかとは思うが、さっきのアレンと王太子殿下の戦いぶりで判断してるんじゃないだろうな?)
ジェドはミュリムのアレン達の評価が先程の戦いによるものである可能性を考える。先程のアレンとアルフィスの戦いは確かに凄まじいものであったが、まだまだ余力を残していた。それにも関わらず見切ったというのであれば大した事はないと思わざるを得ない。
ジェドは先程の凡庸でない力量を持つという項目を保留にしておく必要性にかられる。
(まぁ…やってみればわかるか……)
ジェドはそう考えると剣を構える。
ジェドが剣を構えたところでアレンとアルフィスは動く。アレンが首を、アルフィスが足にほぼ同時に斬撃を放つがミュリムはバックステップして躱した。
ミュリムが体勢を立て直す前に攻めきることが必要とアレンとアルフィスは考えると即座にミュリムを追撃する。アレンは間合いを詰めると顔面、胸、足に三段突きを放った。
ミュリムは下がりながらアレンの突きを躱す。胸に放たれた突きを剣で軌道を逸らし、下がりながらアレンの首に斬撃を見舞うが、アレンはその斬撃を剣で受け止める。
ミュリムの斬撃は一般的に見れば凄まじいと呼んで差し支えないものであったが、アレンはそれをあっさりと止めた。いや、ただ止めたというのでは言葉が足りない。剣同士を打ち合わせたというのに音が全くしなかったのだ。まるでミュリムの斬撃を包み込むように受け止めたというのがより的確なのかも知れない。
「ふむ……腕前はそれほどでもないな…」
「何だと?」
アレンの呟きにミュリムは聞き返す。斬り合いを展開した直後のアレンの科白をミュリムは聞き流すことが出来なかった。しかも内容がミュリムの実力を見切ったようなものであれば尚更だ。
「怒るなよ、お前の自信の根拠が何なのか一つ一つ吟味しているところなんだからさ」
アレンの言葉にミュリムはギリっと歯ぎしりする。アレンの上から目線が気に入らないのだ。
「ふん……そんなに見たければ…」
ミュリムの口から自信を思わせる言葉が紡ぎ出されそうになったがそれはすぐに中断される。アルフィスとジェドがミュリムに斬りかかったからだ。
アルフィスはミュリムの横から回転した斬撃を繰り出す。アルフィスの剣はミュリムの背面から襲いかかった。普段のアルフィスの技からすれば大ざっぱに過ぎたのだがこれには目的があったのだ。
ミュリムはアルフィスの斬撃に対処するために一瞬だがそちらに意識を向ける。しかし、それはアレンとジェドから意識を逸らす事を意味していた。剣を引いて間合いを取ろうとしたミュリムの剣を掴む手がある。もちろん、掴んだのはアレンだ。アレンは魔力で手を強化した上でミュリムの剣を掴んだのだ。
ミュリムはここで決断する。その決断とは剣を手放すことだ。剣を握ったままであればアルフィスの斬撃を躱す事は出来ない。命と剣のどちらを取るかと言われればとるのは命に決まっている。
ミュリムは即座に剣から手を離すと横に跳びアルフィスの斬撃を躱す事にかろうじて成功する。
だが、そこにはすでにジェドが網を張っている。ジェドはミュリムが右 (ジェドから見て)に跳ぶことを予測していたのだ。アルフィスの斬撃の軌道から後ろに跳ぶことはあり得ない。だからといって左側にはアルフィス、正面にはアレンがいるので必然的にそこしか空いていないのだ。
ジェドは上段に振り上げた魔剣ヴァルバドスを振り下ろした。
「がぁ!!」
ジェドの魔剣がミュリムの肩口を斬り裂くと鮮血が舞い、ミュリムの口から苦痛の声が発せられた。
(ち……仕留められなかったか)
ジェドは心の中で舌打ちをする。ジェドは手に伝わる感触からミュリムが致命傷を負っていないことを察したのだ。そこでジェドは直ちに追撃を行う。振り下ろした勢いを殺すことなく、そのまま突きに転じたのだ。
その突きの軌道上にミュリムは何とか左腕を割り込ませる。ジェドの剣は左掌から腕を貫いていき、肘の先から剣先が飛び出ている。
「ぎぃ!!!」
ミュリムの左腕に経験した事の無いような痛みが走る。気絶しそうになる痛みを堪え、ミュリムは拳を振り上げジェドに放った。体の動き、速度、全てが破れかぶれの攻撃であったが、人間がまともに食らえばまず戦闘は不可能なほどの一撃だ。
ジェドは魔剣から手を離しながら膝を抜き身を屈めるとその上をミュリムの拳は通り過ぎた。最小限度の動きで躱したジェドは、即座にがら空きとなった腹部に双掌打を叩き込んだ。
ドゴォ!!
まともに入った双掌打はミュリムを吹き飛ばし、ミュリムは2メートル程の距離を飛び地面に転がった。
「予想以上の結果だな」
アレンがアルフィスに向かって言う。
「ああ、剣を奪うだけで御の字だったんだが、ジェドがこれ以上無いダメージを与えてくれてたな。最初の斬撃だけで終わらずに左腕、そして双掌打……さすがは『オリハルコン』クラス、看板に偽りなしだな」
アルフィスの言葉にアレンも嬉しそうな表情を浮かべる。友人が褒められて嬉しいのだろう。
アレンとアルフィスは倒れたミュリムに向かって歩き出す。もちろんトドメを刺すためだ。
アレンとアルフィス、そしてジェドが自分の方に歩いてくるのをミュリムは察している。そしてその目的が自分にトドメを刺すことである事もだ。
(くそ……なんなんだ、こいつら…強すぎる。だが……俺をこのままで終わると思うな!!)
ミュリムは立ち上がるとアレン達を睨みつける。左腕に刺さった魔剣ヴァルバドスを左腕から引き抜くと剣を落とす。カランと言う音を立て魔剣が地面に転がった。
そして突如、ミュリムの体が膨張する。身長が一挙に4メートルほどに伸び、それに相応しい体格に筋肉も巨大化していった。頭部には一本の角が生え、体毛が体を覆っていった。
「それが……お前の自信の根拠か?」
アレンが呆然としながらミュリムに尋ねると巨大化したミュリムは嫌らしく顔を歪め、アレン達に嘲りの表情を浮かべながら返答する。
「そうだ…この姿は我が種族の本当の姿だ。さっきの姿の時にトドメを刺しておくべきだったな」
先程まで追い詰められていたとは思えないほどの余裕だ。アレン達は先程、ジェドが与えた傷が塞がっていることに気付く。
「なるほど……その姿になると傷が完治する…回復力が異常に上がるというわけか」
「それだけじゃないな。おそらくあいつは仮の姿に化けるためにずっと魔力を自分の内側に向けて放っていたんだろ。だから全力を出せなかったというわけだ」
アレンとアルフィスの言葉にジェドは答える。
「なるほど…するとあいつはこれから全力で俺達に向かう事が出来ると言うことですね」
ジェドの言葉にアレン達は頷く。ジェドの言葉にアレンが「油断するなよみんな」と言おうとしたときに、ジェドが先に言口を開く。
「なんだ、アレンと王太子殿下と一緒か」
ジェドの言葉にミュリムは訝しんだ視線をジェドに向ける。
「これから2人も本気って事だろ?」
ジェドの言葉にアレンとアルフィスは苦笑を浮かべながら頷いた。
 




