傭兵⑮
ジュセルが九節棍を構えると同時にシアが魔術を放った。放った魔術は【双雷撃】だ。放たれた雷撃をまともに受けた団員が全身を焦げ付かせ崩れ落ちた。周囲に肉の焦げる臭いが立ちこめるが、リンゼルの団員達は構わずに突っ込んでくる。
「あら? この雷撃で足が鈍ると思ったんだけどな……」
シアの口からあてが外れたような言葉が発せられたが、その声はどことなく呑気でありそれほどの危機を感じている様子はなかった。
レナンとアリアがシアに向かってくる団員の1人に襲いかかる。アリアとレナンは常に二手に分かれて敵の注意をどちらかが引き、注意から外れた方が攻撃を加えるようにしていた。
レナンとアリアの近接能力は実の所、リンゼルの団員達を上回っているのだが、相手の数が多い以上、一対一で雌雄を決すると言う事はしなかった。これは試合のように正々堂々こそが尊ばれる場所ではない。勝つこと、もっと言えば生き残る事こそが尊ばれることなのだ。レナンもアリアもその事を理解しており、その事についてまったく迷いはなかった。
レナンとアリアがまず襲ったのは中肉中背の片手剣を持ったリンゼルの団員だ。団員はまずはアリアに狙いを絞ったようだった。レナンとアリアはどちらとも少年少女と呼んでい不思議でない姿だ。
2人とも美少年、美少女という容姿であり、暴力の世界で生きてきたようにはまったく見えない。団員からすればどちらから襲っても問題ないと思ったのだろうが、より完勝を期すために少女のアリアから狙ったのだ。
だが、レナンとアリアの戦闘能力は決して見かけ通りのものではない事をすぐに団員は思い知ることになった。
アリアに振り下ろされた剣をアリアは拳と掌を合わせてへし折ったのだ。アリアは剣の横腹を打つ際に掌の方は魔力で手をまるで包み込む盾のような形、拳の方は魔力を楔のような形に形成していたのだ。
団員がアリアを侮っていなければ剣に魔力を通す事で強化し、剣を折られる事はなかっただろうが油断が団員から武器を失わせるという結果をもたらしたのだ。
「な……」
団員がそう呟いた瞬間にレナンが団員の横っ面に肘を叩き込む。もちろん魔力による強化を怠るような事をしていなかったレナンの攻撃に団員は蹈鞴を踏む。レナンはそのまま団員の背中に手を添えて押さえた。
レナンが手を添えた場所には団員の心臓があった。そこにアリアが正面から先程同様に魔力で強化した拳を団員の心臓の位置に叩き込む。
ドゴォォオォ!!
打撃音が響き団員は膝から崩れ落ちた。倒れ込むまでの短い時間に血を吐きながら倒れたことにより地面を血で汚している。
レナンが後ろに手を添えた事でアリアの拳の威力が突き抜けずに団員の体に留まるという結果になったのだ。そのために心臓が破裂して団員は絶命してしまったのだ。
団員の1人を斃したレナンとアリアは次の団員に襲いかかる。その団員は斧槍を持っている。苦も無く仲間を斃した2人に対して当然怒りはあったのだがそれ以上にこの団員にあったのは警戒である。決して油断できない相手である事を察したのだ。
団員は斧槍をレナンに向かって槍のように突き出す。レナンはそれをさっと躱すが、その後に団員は斧の部分でレナンの首を斬り落とそうとする。だが、その瞬間にアリアが手刀で斧槍の柄の部分を斬り落とした。
カランと乾いた音が響き斧槍が地面に落ちるのを団員は呆然とした目で眺めている。
「な…」
一瞬の自失が団員を襲い、それを取り戻すまでの数瞬の間に勝負は決する。アリアが団員の喉を、レナンが心臓をそれぞれの貫手で貫く。団員は崩れ落ち地面に倒れ込んだときには目から光は失われていた。
カタリナ達の元に向かっていたのは、ミザーク以下6名だったのだが、すでに2人が命を失っていたのだ。
「レナン、アリア、避けて」
シアの言葉を受けてレナンとアリアがシアの隣に戻る。その瞬間、シアの周囲に数十の魔法陣が浮かび上がる。浮かんだ数十の魔法陣は同時に光り輝くとそれぞれの魔法陣から【魔矢】、【火矢】、【氷矢】、【雷矢】、【瘴矢】がほぼ同時に放たれた。
それは魔術による矢の奔流だった。その矢の奔流に巻き込まれた団員達は、瞬く間に肉片と化した。もちろん団員達も防御陣を形成したのだがシアの放った矢の奔流は防御陣が張られていようがお構いなしに降り注ぎ、一箇所が破られればそこから防御陣を突き破り、団員達は奔流に飲み込まれていったのだ。
「さすが……シア」
「さすが…シアはやっぱりすごい」
レナンとアリアはシアを褒め称える。2人の賛辞をシアは微笑みながら受ける。
「ありがとう、でも2人が時間を作ってくれたからさっきのは放てたのよ」
シアはそう言うとレナンとアリアの頭を撫でる。頭を撫でられて、アリアは嬉しそうに微笑み、レナンは恥ずかしそうにそっぽを向く。
「レナン、嫌なら嫌というべき……シア…私は嫌じゃないから…もっと撫でて…」
アリアの言葉にレナンは慌てる。
「べ、別に嫌じゃないよ。ちょっと……恥ずかしかっただけだ…」
アリアとレナンのやりとりにシアは微笑む。
その光景をジュセルとカタリナは微笑ましげに眺めている。一方でミザークは部下達が全滅した事に動揺を隠せない。そしてその隙を見逃すことなくジュセルが動いた。
(しかし…シアさん……あのさっきの魔術はほとんど反則だよな…)
ジュセルはミザークとの間合いを詰めながら心の中で呟く。あれだけの数の矢を同時に放つ事が出来る者などどれ程居るというのだろうか。そしてあの魔術のやっかいなところは擦り傷も一万回つければ致命傷になるという恐るべき考えのもとに形成されている事だ。
シアの放った魔術の一つ一つはジュセルのものには及ばないのは確かだ。だが、あれ程の矢の数を同時に放てばトータル的にジュセルを上回るのは確実だった。
(シアさんはキャサリンさんの指導を受けてるという話だったよな……)
ジュセルはそこまで考えてぶるりと身を震わせる。もし、今後シアが一つ一つの矢の威力をキャサリン並の威力になればと考えたのだ。
(シアさんって…ひょっとして怪物の域に足を突っ込んでるんじゃないか? ……おっと、まずはこっちだな)
ジュセルはミザークとの間合いに入ったところで意識を戦いに切り替える。ミザークは未だに動揺が収まっていない。戦槌を振り回すがそこに集中はない。横に振った戦槌をジュセルは屈んで躱すと裏拳をミザークの膝の裏側に叩きつける。
内側からの衝撃にミザークは体勢を崩した。ジュセルは体勢を崩したのを確認すると九節棍で首筋を打ち付けた。そのまま脇をすり抜ける動きを利用して先程打ち付けた棍の反対側でミザークの顔面を打つ。
ミザークにしてみれば膝の内側、首、顔面を続けて強打されたのだ。自分の身に何が起こっているかをミザークの脳は処理しきれなかった。そして、ミザークの視界が急転し頭に凄まじい衝撃が生じる。
ジュセルが九節棍の各節を離してミザークの首に巻き付けるとジュセルは背負い投げの要領でミザークを投げ地面に叩きつけたのだ。
ジュセルはミザークの首に巻き付けた九節棍をほどくと一本の棍として容赦なく振り下ろした。
ドゴォォォォォォォォ!!!
ジュセルの振り下ろした九節棍の一撃により土煙が舞う。
「ち……」
ジュセルの口から舌打ちが漏れる。その理由はトドメを刺し損ねたためだった。ミザークの戦槌がジュセルの九節棍を受け止めていたのだ。
ミザークはその膂力を使いジュセルを吹き飛ばす。いや、ジュセルが自ら跳んだのだ。
「はぁ……はぁ……」
ミザークは何とか立ち上がるがそのダメージは色濃いことは確かだった。
「さて……やるか」
ジュセルはそう言うと九節棍を回転させる。その回転速度はどんどん上がっていき、まるで棍による結界を張っているように見える。棍の結界に巻き込まれた地面に生えている草が一瞬で塵になった。
そしてジュセルが動く。一瞬で間合いを詰め棍の結界にミザークを巻き込んだのだ。
(確かに速いが……俺の力ならば押さえ込む事も…か……)
ガギィィィィ!!! ボギャァァァァ!!!
異様な音がしてミザークの視界がまたも急転する。ミザークは急転する視界の中で地面が急激に近付いていくるのが見える。そのまま受け身を取ることも出来ずに地面に激突するとミザークは転がった。
棍の結界に巻き込まれたミザークは戦槌でジュセルの九節混を押さえ込もうとしたのだが一瞬で弾き飛ばされたのだ。そのまま左腕が巻き込まれ一瞬で数十回も九節棍の打撃を受けた事で左腕は一瞬で砕け、そのまま顔面を打ち据えて吹き飛ばされたのだ。
まるで竜巻のような破壊力であり、ミザークは一瞬でボロ切れのように無残な姿になったのだ。
だがミザークはまだ息があったのだ。そしてジュセルに吹き飛ばされ落下した場所はカタリナの近くだった。ミザークは自分がすでに敗れた事を悟っているが責めて一矢報いたいという気持ちがミザークを立ち上がらせた。
「カタリナ!!」
ジュセルが叫ぶ、いかに手負いとは言えミザークとの近接戦闘を行うだけの実力はカタリナにはないと考えたのだ。ジュセルは叫ぶと同時に駆け出すが、ミザークはすでに戦槌を振り上げている。
(間に合わない!!)
ジュセルの心に絶望が広がっていく。だが、命の危険にさらされているはずのカタリナは余裕の表情でミザークの最後の悪足掻きを迎え撃つ。
振り下ろされた戦槌をカタリナは箒で打ち付け軌道を逸らすと、そのまま横に薙ぎ払った。
シュン!!
カタリナの箒がまるで刃物のような音とともに振るわれ、ミザークの首がゆっくりと傾き、地面に落ちる。
ブシュ……
傷口から血が噴き出し、ミザークの体は崩れ落ちた。
カタリナの手にあった箒『だった』ものは、刃渡り40㎝程の片刃の剣を付けた薙刀に変わっていた。
「これからの魔女は前衛もこなせるのがスタンダードなの。残念だったわね♪」
カタリナはニッコリと微笑むとミザークに言い放った。
ミザーク率いる一隊はここに消滅したのだった。




