傭兵⑭
すべての魔人達が消え去った事にリンゼル達は呆然としている。それはそうだろう。先程までリンゼル達を痛めつけていた魔人達が何の前触れもなくすべて消え去ったのだから。
クギルは魔人が消えたのと同時に三本の杭とそれを結ぶ光の壁もなくなっている事に気付く。
(なぜ……いきなり…術を解除した?)
クギルの困惑は強まる。戦闘中にわざわざ有利な状況を捨てる理由がクギルにはどうしても思いつかなかったのだ。
一方でアレン達にとってこの事態は想定内の事だったのだ。
実はカタリナの開発したこの【破獄の陣】はまだ未完成な術なのだ。術の強力さは十分及第点に達しているのだが、発動に魔石に込められた魔力を使っており、その魔石に込められた魔力を使い切ってしまえばそこまでなのだ。
今回、この陣のために使った魔石3個はSランクのものであったのだが、それでも発動時間は10分も持たなかった。
この術の発動には膨大な魔力が必要であり並の魔術師であれば1分も持たずに魔力が枯渇するのだ。フィアーネの魔力量であれば30分程は持つだろうが、その魔力の消費量と効果が釣り合わないのだ。
カタリナはこの術の完成形では魔力消費の効率化を目指しており、Sランクの魔石を使えば20分持つ効率にまで上げるのが目標だ。
この事をアレン達には伝えてあったので、アレン達はこの術でリンゼルを全滅させるつもりなど最初から無かった。ただリンゼル達を消耗させるのがその目的だったのだ。
そして想定内と言う事は次の手段に移るのも想定内というわけである。リンゼル達が呆然としている瞬間を狙ってアレン達はリンゼルへの攻撃を開始したのだ。
カタリナ、シア、ジュセルは容赦なく魔術を、アディラは弓で呆けたリンゼル達に攻撃を開始したのだ。
後衛組が狙ったのは幹部達ではなかった。狙ったのはその周囲にいる団員達だ。アディラ達が幹部達を狙わなかった理由は、より攻撃が入る可能性の高い方を狙ったに過ぎない。
幹部達をここで斃せればリンゼル達の部下達も大いに動揺するだろう。だが、そのためには確実に幹部を斃さなければならないのだ。これはかなりハードルが高い、幹部が攻撃を躱した場合には、すぐに部下達に命令を下すために、この空隙が無駄になってしまうのだ。
それならば、少しだけでもリンゼルの戦力を削ることを優先するというのが後衛組の立てた作戦だったのだ。
シアは【魔矢】、【火矢】、【氷矢】を立て続けに放つ。
レミアの魔術は間断なく放たれ、呆けていたリンゼル達に容赦なく降り注ぐ。
「がぁ!!」
「ぐぁ!!」
シアの魔術の直撃を受けた者達は声を上げて倒れていく。シアの魔術の威力では致命傷にまで至らないがそれでも戦闘力の低下は避けられない。シアもリンゼル達に対して自分が今放っている魔術では致命傷を与える事は出来ないことを知っているがここでは戦力を削るのが目的なのだから十分であると考えていたのだ。
(シアさん……魔術をここまで連射できるなんて……この人も対魔神のメンバーに選ばれるだけあってとんでもない実力者なんだな)
ジュセルはシアが魔術を間断なく放っている事を心の中で賞賛する。シアの放っている魔術は決して高度なものでは無いが、魔力の使い方、展開の早さから言えば確実に一級品である。
そして、次にカタリナがいつものように箒で地面をつき魔法陣を展開させる。
「【地竜召喚】!!」
カタリナが地竜を召喚するとそのままリンゼル達に襲いかかった。三つ首の地竜はリンゼル達に口を開け迫る。その非現実的な光景にリンゼル達は動揺する。
「な!!」
「竜だと!?」
「うわぁぁあぁっぁぁ!!」
シアの魔術に痛めつけられた所にカタリナの地竜が襲いかかる。地竜とリンゼル達の関係はまさに喰う者と喰われる者のそれであった。
「ぎゃああああああ!!!!」
「た、助けてくれぇぇぇえぇえ!!!!!」
地竜の顎に捕らえられた哀れなリンゼル達が叫び声を上げる。その声は自分達が今まで敗者の口から吐き出させていたものだ。その声を聞く度に自分を勝者、強者であると思わせてくれていたのだが、聞くのと発するのとでは意味が真逆なためにレらはまったく喜べない。
地竜は無慈悲に顎に捕らえたリンゼル達をかみ砕いた。かみ砕かれて肉片と化した死体が周囲に散乱する。
ここでようやくミザークが自失から立ち直り地竜に襲いかかった。
ミザークは自分の背丈ほどもある戦槌を振りかぶり、凄まじい勢いで襲い来る地竜の頭部を打ち付ける。魔力を込めたミザークの戦槌は地竜の頭部を吹き飛ばした。
三つの頭部のうち一つを打ち砕かれた事で、残りの頭部がミザークに襲いかかる。ミザークは回転したままその遠心力で地竜の横っ面を殴りつける。再び地竜の頭部は砕け散った。
ミザークは跳躍し最後の頭部に戦槌を振り下ろすと直撃を受けた地竜の頭部が爆ぜた。頭部を失った地竜の体は崩れ去り地面に吸収されていった。
「よくもやってくれたな」
ミザークがカタリナ達を睨みつける。牛の瞳は基本、穏やかな感じがするのだが、ミザークの瞳には怒りに満ちており穏やかとは対極にあった。
「ぶち殺してやる!!」
ミザークが吠えるとカタリナ達に向かって突っ込んでくる。
ミザークの部下達も隊長であるミザーク自らが地竜を斃した事により志気を回復させた。
「うぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「殺せぇぇぇぇぇ!!」
雄叫びを上げながら部下達も突っ込んでくる。
それを見てカタリナ達は戦闘態勢をとった。
「シア……下がって…」
「シアは私達が守る……」
レナンとアリアが一歩進み出る。シアを守るという確かな意思が両者の瞳には宿っている。シアはそれを見て微笑むと2人に優しく言う。
「レナン、アリアは2人で必ず1人と戦って、私が魔術で援護するから」
「うん」
「まかせて」
シアの言葉にレナンとアリアは頷く。
「ジュセルとカタリナはあの牛頭をやってくれるかしら? 勿論、私も援護するわ」
シアの申し出にカタリナとジュセルは快諾する。もともとジュセルは1人でミザークと戦うつもりだったのでその申し出を断る理由はなかったのだ。
「さて…それじゃあ、やりますか」
ジュセルが一歩進み出た。




