傭兵⑬
フィアーネが使役する氷蓮魔人をリギンが迎え撃つ。
その後ろに彼の部下と思われるリンゼルの団員達が十数名付き従う。リギンは無造作に剣を振るった。
リギンの振るった剣から魔力が放出され、刃の形となって放たれると氷蓮魔人をあっさりと両断する。右肩からバッサリと両断された氷蓮魔人は斬る口にしたがって地面に落ちる。
あまりにもあっさりと勝負がついた事にリギンも部下達も拍子抜けしたようだった。だが、当然ながらこれで終わってはいなかったのだ。
両断された部位から氷が発生し、氷蓮魔人はまた元の姿を取り戻した。いや、取り戻したと言うよりも分裂したと言った方がより正確だろう。地面に落ちて転がった部位もまた氷が発生すると、氷蓮魔人となったのだ。
(さきほどの化け物と同じか…?)
リギンは心の中でそう思うと、再び剣を振るった。氷蓮魔人はまたしても斬り刻まれて地面に転がる。
だが、またしても粉々になった部位が再び氷蓮魔人となって立ち上がったのだ。
(こいつは厄介だな……さっきの化け物と違って核という概念がないようだ)
リギンはそう断じると方針を転換する。剣で斬り刻んでも分裂させ敵が増えるという結果に終わるだけであり剣では駄目だという結論に至ったのだ。
「質の悪い能力よね」
レミアの言葉に全員が頷く。氷蓮魔人には核がないわけではない。むしろたくさんありすぎるぐらいだ。氷蓮魔人の核は一つではなく複数あるのだ。そのために両断されても、どちらの部位にも核が含まれているために再生が可能なのだ。
レギンは先程、剣で切り刻んで氷蓮魔人を粉々にしたのだが、すべての欠片が氷蓮魔人として再生したわけではない。核が含まれていなかった欠片はそのまま消え去ったのだが、再生に目を奪われたレギンとその部下達はそれを見逃してしまったのだ。
もちろん、氷蓮魔人が再生した時に冷気を発生させたりして氷を作りカムフラージュをしていたりしたのだ。
「そうね……剣で欠片にすればするほど数が増えるというのはやっかいよね」
フィアーネの返答に全員が頷く。もちろん、核が複数あると言うことをこの場で言うような事はしない。あくまでも見たままを言っているだけだ。もっと言ってしまえば嘘すらついていないのだ。
「確かにそうね。あの魔族の方は剣が得意なようね。相性が悪いわ」
アディラの言葉にまたもや全員で頷く。もちろん演技である。フィアーネ達はこの会話を聞こえるか聞こえないかの大きさで話す事により、リギン達の判断を狂わせようとしていたのだ。
(アディラ、ナイス♪)
(えへへ♪)
(フィアーネもね♪)
(考える暇を与えないためにもフィアーネ、一気に行きましょう)
(わかったわ、みんな一応備えておいてね)
(((わかったわ)))
フィアーネ達は視線を交わして意思を確かめ合う。アレンの婚約者達4人はその辺の意思の疎通はかなりの精度だった。
フィアーネの思念を受けた氷蓮魔人達は、そのままリギン達に向けて突っ込む。凄まじい速度で突っ込みリギン達に襲いかかったのだ。
一方、カタリナ達の所では雷光魔人を使役しミザーク達に襲いかかっていた。
雷光魔人は両手をミザーク達に向けると【双雷撃】の魔術を放つ。
ビシィィィ!!!
雷撃がミザーク達を襲うがミザークは凄まじい速度で術式を展開すると雷光魔人の【双雷撃】を見事に防ぎきった。
「やるわね……あの速度で防御陣を形成できるなんて……」
カタリナの感歎はある意味、強者故の余裕から来るものであった。あの速度で防御陣を形成することはカタリナ、ジュセル、シアにとってそれほど困難な事ではない。にも関わらず、このような感歎の声を上げた理由はミザークを油断させるためである。といっても一応やっておくかというレベルであり油断しなければ油断しなくても一向に構わないのだ。
雷光魔人はミザークだけでなく周囲の部下達にも雷撃を放つ。だが、それもミザークの防御陣によって阻まれてしまう。
雷光魔人の雷撃を防いだミザーク達は反撃に転じる。魔族達は雷光魔人を雷の魔術である事を看破すると雷を無効化するために【水衝】を全員が放つ。
雷光魔人が雷撃を放つが【水衝】により放たれた水に当たると放った雷撃は電気分解を起こすと霧散してしまった。当然、魔族達の放った【水衝も消滅したのだが、数が多いためにさほど問題ではない。
「あらら……雷光魔人の雷撃は水に弱いのか……」
ジュセルの言葉にカタリナも頷く。
「ジュセル知ってた?」
「いや、残念だが初めて知った」
「どうやら魔族の知識は私達よりもこの事に関しては上みたいね」
「そうだな。実力は大した事はないようだが、自然科学に対してはあっちの方が進んでいるようだな」
「でも、私達が知らないだけかもしれないわよ」
ジュセルとカタリナは科学談義を始めている。例え戦いの最中であっても気になる事があればこの2人は熱中してしまうという事が多々あるのだ。良く言えば根っからの研究者気質で好奇心旺盛、TPOを弁えないと言えるかも知れない。
このまま行けば雷光魔人は間違いなく消滅させられた所だろうが、そうはいかなかった。
数を増やした炎獄魔人と氷蓮魔人がそれぞれ散会しリンゼル達に襲いかかったのだ。結界によって隔絶された空間のあちこちで魔人達とリンゼル達魔族の戦いが始まっている。
そしてこの乱戦が思わぬ効果を生み出した。魔人達はそれぞれ暴れ回り、炎、氷、雷撃を一気に放ち始める。
「ぎゃあああああああ!!!」
炎獄魔人の炎に灼かれた団員の1人が火を転げ回る。氷蓮魔人の腕のスパイクによって殴打された団員が吹き飛び倒れた所を灼かれる。
雷光魔人の雷撃が混乱したミザークの部下達に直撃する。直撃を受けた団員がその場に倒れ込んだ。
この事態にミュリム、ミザーク、リギン達は上手く対処できない。それぞれ一体ずつであれば対処も余裕だったが数を増やした魔人達は所構わず炎や氷、雷を放つためにそのすべての対処するのは不可能だったのだ。
「う~ん…そろそろね」
カタリナの言葉にジュセルも頷く。カタリナの言葉が発せられて間もなく、地獄絵図は終焉を迎える。
すべての魔人達が崩れ去ったのだ。炎獄魔人は体を灰にした。氷蓮魔人はその氷の体が溶け出し水と化して地面に落ちる。雷光魔人は空中に霧散する。
魔人達の突然の消滅にリンゼル達は呆然としていた。




