傭兵⑪
『即刻退去しろ』
アレンのこの言葉はアレンにとってさほど意味があるものでは無い。半分以上は、リンゼル達に対する挑発だったからだ。アレンにとってリンゼル達を潰す事は確定路線だったのだ。
このアレンの言葉にアルフィスとジェドは苦笑を漏らしている。どう考えても戦闘は不可避なこの状況でアレンの言葉を受け入れるはずがないのだ。
このリンゼルという傭兵団はローエンシア王国に対して、良からぬ事を考えている事は確実であり、その良からぬ事とはローエンシアの民を蹂躙することである事を前回の雑魚共の会話から察していたのだ。
「どうした、さっさと退去しろクズ共が」
アレンの言葉がリンゼル達に突き刺さった。全くといって良いほどリンゼルに対する敬意など無い。
「な……」
リンゼル達は突然投げ掛けられた挑発に言葉が発せられない。この段階に至ってもなおリンゼル達は人間が魔族である自分達を恐れていると考えていたのだ。
「貴様らのようなクズ共に生きるチャンスを与えてやろうという俺達の慈悲だ。地べたに頭をこすりつけてこちらの寛大な言葉に感謝したらどうだ?」
アレンがさらに挑発するとアルフィスが声をかける。
「アレン、いきなりそんな事を言われてもこのクズ共の知性では何を言っているか出来ないだろう。こいつらのレベルに合わせた言い方をしてやらないと駄目だろ」
「う~ん、これでもレベルを下げたつもりだったんだがな」
「もっと下げろ。こいつらの知的レベルを高く見積もりすぎだ」
アルフィスの言葉も相当酷い。アルフィスもアレンから前回の雑魚共がどんな発言をしたか聞いており、すでに誰も生かして帰すつもりはないことを決めていたのだ。無辜の民を虐げようとするものをアルフィスは憎む。そのような者をそれ以上の力を持って叩きつぶす事に躊躇いはない。
「いいか、こいつらにわかるレベルにまで降りるのは苦痛以外の何ものでもないが、それは仕方ない。手本を見せてやる」
アルフィスがそう言うとリンゼル達に視線を移す。その視線にはアレン同様何の敬意も含まれていない。
「おい、クズ共、お前達にもわかるようにいってやるが、先程のアレンが言った退去しろはこの墓地からという意味じゃないぞ。この世から退去しろ、つまり死ねと言っているわけだ。理解したか? 理解したのならまず自分達の墓穴を掘ってそれから墓穴の中で自殺しろ。手間が省ける」
アルフィスの貴公子然とした容姿からは似つかわしくない毒舌がリンゼルに対して発せられると、リンゼル達は呆然としていたが、やがて怒気を爆発させた。
「ふざけるな!!」
「人間如きが俺達リンゼルになんて言いぐさだ」
「俺達、リンゼルを舐めるのもいい加減にしろ」
「人間如きが誰に口を利いているつもりだ!!」
団員達が口々に怒りを発する。しかし、団長クギルを始め、幹部達は沈黙している。なぜここまでことさらに挑発するのか、その意図するところを図っているのだ。
「一応いっとくが、別働隊の連中はすでに全員始末したぞ」
アレンがそう言うと団員達が途端に沈黙する。そしてアレンの言葉を理解したのか団員達の中から否定を期待する言葉が発せられる。
「う……うそだ」
「そんなはずはない!!」
「ジルム隊長が貴様ら如きにやられるはずはない!!」
団員達の否定の言葉は狼狽を表現したものであることは間違いなかった。団員達の狼狽を見てアレンはニヤリと嗤う。
「と言われてもな、奴等が来ない事が俺の言葉が正しいことの証明なのだが、そこまで待ってやる義理はないしな。まぁいいや、俺の今の言葉はウソだぞ。そのジルムとか言う隊長はもうしばらくしたら来るから戦いつつ待っていればいいさ」
アレンの言葉にリンゼル達は憤る。ここまで虚仮にされてもはや黙っている事は出来ない。
一方でアルフィスとジェドは忍び笑いを漏らしている。アレンのリンゼル達への嘲りを挑発と捉えている2人は『いいぞ、もっとやれ!!』といった感じだ。
「アレン、もう良いだろ。こんな奴等に話しても時間の無駄だし。結果は変わらないのだからやってしまおう」
ジェドがアレンに言う。その声には敗北を心配する響きは一切無い。
「ジェドの言うとおりだな。これ以上、こいつらのアホ面と下品な声を聞くのは苦痛だ」
アルフィスも同意の声をあげるとアレンも頷いた。
「そうだな……準備も終わっただろうからやってしまおう」
アレンの言葉にリンゼル達は罠を意識する。それも当然の事でアレンの今の言葉を聞いて罠を考えられないものなど白雉の証明でしかないだろう。
「貴様ら…一体な…」
ミュリムの問いかけの途中にアレンは懐から魔石を取り出すとその場に落とす。地面に転がった魔石が止まったときに魔石が砕け散り、一本の緑に発光する杭が表れると地面に突き刺さった形でその場の者達の目に入る。
「な……なんだ?」
「だ、団長!!あれを!!」
団員達が動揺する中、1人の団員が他の二つの場所にアレンが発生させたと同じような杭が地面に突き刺さっているのが見える。違うのは杭が発する光の色だ。一本は赤く発光し、もう一本は青く発光している。
発光する杭の光に照らされて、それぞれの杭の周囲には人影が見える。そして次の瞬間に杭同士が線で結ばれると光の壁が浮かび上がると三本の杭の色は緑、赤、青と十数秒ごとに変わっていく。
「思ったよりも大がかりな仕掛けだな……」
ジェドの言葉にアレンとアルフィスは頷く。
「カタリナの作った新しい術だ。使いこなすのが難しいかも知れないが、始めるぞ」
アレンがそう言うと杭が赤く輝き出す。赤く輝きだした杭から炎が巻き起こる巻き起こった炎は形を変えていく。
炎は体長3メートル程になると頭、体、腕、足、尻尾が形作られていく。
『ゴガァァァァァァッァァアァァァァァ!!!』
怪物の姿をとった炎の塊は雄叫びを上げる。
「これが【炎獄魔人】か……」
アルフィスが感歎の声を上げる。炎を纏う【炎獄魔人】は美しかった。姿形ではない純粋なエネルギーの集合体には見るものを引きつける命の輝きのようなものが感じられたのだ。
この炎獄魔人は、カタリナが作り出した疑似生命体、いや、生命体ですらない魔力によって形作られた動く彫刻である。アレンは瘴気で闇姫という動く彫刻を作成し使役するが、その魔術版である。
カタリナがアレンの闇姫を参考に作った物だったのだ。
凄まじい熱量を放つ炎獄魔人であるが、アレン達は一切その熱を感じない。その理由は杭同士を結んだ光の壁である。光の壁は強力な結界であり内部と外部を完全に隔絶するのだ。
「【破獄の陣】か…。カタリナも凄い術を開発したものだな」
アルフィスの言葉にアレンとジェドは頷く。
そして3人が他の2つの杭の方向を見るとアレン達の炎獄魔人に似た怪物が顕現していたのが見えた。




