傭兵⑩
ジルム率いる別働隊がアレン達に殲滅された頃、傭兵団リンゼルの団長クギルが率いる本隊55名は戦闘中だった。
本隊には団長クギルだけでなく、副団長ミュリム、隊長のミザーク、リギンもいるため、別働隊に比べてその戦力は単なる数の差ではなく質の面でも大きく上回っていたのだ。
元々はこの本隊でアレン達を消耗させ、消耗したところに別働隊が襲いかかるという作戦だったのだ。もちろん現段階で本隊の者達は戦闘中のために別働隊が殲滅された事を気付いていない。
そして、アレン達が今度は本隊を殲滅するために向かっている事も知らなかった。
「ち……アンデッドの集団に、土槍兵、そしてあの化け物…」
クギルの口から忌々しげな言葉が発せられる。襲ってきたアンデッド達はデスナイト、リッチ、死の聖騎士などのかなり強力なアンデッド達だ。
もちろん、クギル達リンゼルにとって対処できないようなアンデッドではないために、アンデッド達は次々と斬り伏せられていっている。
槍を持った土槍兵達も中々強いのだが、団員達が対処できないという程のものでは無い。
問題は見た事も無い瘴気で構成された6体の羽を生やした女の化け物だ。この女の化け物達は見た目の秀麗さとは想像もつかないほど悪辣で残虐だった。
空を自由に飛び回り、上空から瘴気の塊を放ち、好機とみるや上空から急襲するのだ。
しかも、団員を捕まえてわざわざ上空に連れて行きそこで引き裂き、団員達の怒りと恐怖を煽るのだ。捕まった団員は化け物に引き裂かれ、その肉片が地上の団員達に降り注げば百戦錬磨の団員達も平静ではいられなかった。
もちろん、この女の化け物とはアレンが作成した闇姫である。アレンは出来るだけ本隊を引きつけさせるために上空から攻撃を仕掛けるように命じていたのだ。そして動揺を誘うために出来るだけ残酷に殺すようにも命令していたのだ。
「団長、あの女の化け物は俺達でやる!!」
隊長のミザークが牛頭を振るわせクギルに告げる。すでに地上にいるアンデッド、土槍兵は大部分が斃されており、ミザークが参加しなくても問題は無い。
「ああ、ミザークとリギンであの化け物を始末しろ」
クギルの指示にミザークとリギンが頷く。
ミザークは巨大な戦斧を肩に担ぎ、リギンは長剣を抜き放って闇姫達を迎え撃つ。闇姫達の注意を引くためにミザークとリギンは強烈極まりない殺気を闇姫達に放った。
すると闇姫達はその殺気を感じたのだろう上空からミザークとリギンを睨みつける。上空に浮かんだ闇姫達は自身の周囲に瘴気の塊を集め出す。闇姫達の周囲には拳大の瘴気の塊が浮かんでいる。
1体辺り約20程の瘴気の塊が浮かんでおり、全部で100を優に超えている。その100を越える瘴気の塊が一気にミザークとリギンに放たれる。
凄まじい速度で放たれる瘴気の塊にミザークとリギンはまったく回避行動を取ろうとしない。ミザークの足下に魔法陣が展開されると魔法陣から強い光が放たれた。2人の周囲に光の壁が発生すると瘴気の塊はその壁に当たり次々と消滅していく。
ミザークはその風貌、所持している巨大な戦斧のために攻撃重視と思われがちなのだが、実の所、防御魔術のエキスパートなのだ。その体格と防御魔術で進路の確保、殿を受け持つ事が多いのだ。
「リギンやれ!!」
ミザークの言葉にリギンは頷く。リギンは長剣に魔力を込めると無造作に振るう。三日月状の魔力の塊が剣から放たれ闇姫の一体を斬り裂く。左肩から袈裟斬りにされた闇姫の右半分が塵となって消え去ったが、すぐさま再生する。
その光景を見ていた団員達の中には戸惑いの声を上げる者がいたが、リギンはまったく動揺した様子には見えない。右半分が消滅したことに着目し、この闇姫はデスナイト達と同様に核がありその核から放出される瘴気が形を形成しているだけではないかと辺りを付けたのだ。
リギンは再び魔力を長剣に込めると無造作に闇姫達に向かって斬撃を放ち始める。闇姫達はリギンの斬撃を躱す事は出来ずに頭部、腕、足、胴を斬り落とされていく。斬り落とされた部位を見ながらリギンは闇姫達の核の部位を確認していく。
(なるほど……あいつらの核の場所はそれぞれ違っているというわけか……)
リギンは心の中でそう結論づける。
リギンは剣を振るい続け、核を斬り裂かれた闇姫達が塵となっていった。
全ての闇姫達が消滅した後、ミザークとリギンは残りのアンデッドと土槍兵に襲いかかる。その光景を見て、部下達もまた襲いかかった。
程なくしてアンデッド、土槍兵達もまたリンゼル達により斬り伏せられる。
ようやくすべての敵が消滅したことでリンゼル達の間に安堵の空気が流れ始める。
「くそ、なんだったんだ。あの化け物は」
「あんな化け物見たこと無いぞ」
「それにあの土槍兵は、かなりの性能だった。あれはかなりの術者が製作したものだ」
「アンデッド達もかなりの強さだった」
口々に先程の戦闘を振り返って団員達が話し始める。団員達の損害は死者6名、重傷者3名、軽傷者は20名を越えている。生者は治癒魔術を行いすぐさま完治したのだが、今回の戦闘でリンゼル達は勝利を収めたように見えるが、実際はそうでないことをクギル、ミュリムは察していた。
何しろ今回リンゼル達が斃した相手はすべてアンデッド、人形などの召喚、あるいは作成された者達であり墓守側の人的損害は皆無だ。今回送り込まれた者達が何度も送り込まれればこちらばかり消耗していき、最後には敗北してしまう。
「一刻も早く墓守達を見つけないと……」
クギルの言葉にミュリムも頷く。現状を正確に捉えた彼もまた自分達が不利な状況にあると言うことを察していた。
「団長、俺達は考え違いをしていたのではないか……?」
ミュリムの言わんとしている事をクギルも認めざるを得ない。今回の作戦は墓守達の実力が大した事は無いという情報から立てられている。ところが、実際は初戦によりかなりの損害が出るという結果になったのだ。
「ああ、ひょっとしたら……俺達は嵌められたのかもしれんな…」
クギルはそう言うと視線をテルクの頭部に向ける。テルクは先程の戦いにおいて闇姫に引き裂かれて肉片と化し命を失っていたのだ。
本来であればテルクを問い質し作戦を変更せざるを得ないのだが、その尋問対象者がすでに死んでいるのだ。
「団長…」
ミュリムの声にクギルは視線を移す。ミュリムの視線はクギルに向けられておらず、別の場所を向いている。そちらの方に目をやると3人の人間が歩いてくるのが見える。
こちらに歩いてくる人間達を見た団員達が先程までの安堵した空気を霧散させ殺気を人間達に放ち始める。
約50もの魔族の殺気を受けているのに人間達は余裕の表情だ。そのまま歩いてきた人間達は声の届く距離で立ち止まる。
真ん中にいる黒髪の少年が口を開く。
「俺はこの国営墓地の管理者だ。管理者として命令する。即刻退去しろ」
少年の投げ掛けられた言葉にクギル達は呆然と立ち尽くすのであった。




