傭兵⑧
ジュセルは魔族との間合いを潰すために駆け出す。ジュセルは走りながら両手に魔力を集め投擲用のナイフを形成すると、走る際に腕を振る動作そのままで魔族に向かってナイフを投擲した。
間合いを潰そうと駆けてくるジュセルを迎え撃とうと魔族達は構えをとったが、駆けてくる動きのままナイフが投擲された事に魔族は気付かなかった。
ジュセルの投擲したナイフは、一体の魔族の鼻と口の間のいわゆる人中と呼ばれる急所と喉元に突き刺さった。突如崩れ落ちた仲間に魔族達は意識を持って行かれる。そしてそれはジュセルから意識を逸らすと同義だった。
魔族の一体が崩れ落ちビクビクと痙攣する仲間に声をかけようとするのとジュセルの跳び膝蹴りに顔面を砕かれるのはほぼ同時だった。跳び膝蹴りを食らった魔族は3メートルほどの距離を飛ぶと地面を転がる。
ジュセルは吹き飛ばした魔族に目もくれずに一番近くにいた魔族の腹に向けて強烈な掌抵を放つ。腹に一撃を食らった魔族は体をくの字に折り曲げるとジュセルはその頭を掴み、もう一方の手を延髄の位置に添えると次の瞬間に喉元に膝を入れる。
ゴギィィィ!!
頸骨が砕ける音が周囲に響き魔族はその場に崩れ落ちる。僅かの時間、その魔族は痙攣していたがすぐに動きを止めた。
「て…」
仲間をやられた魔族が威嚇の声を上げようとしたが、ジュセルは間合いを詰めると手を柄杓のような形にして空気を貯めるとそのまま魔族の耳に叩き込む。空気圧で魔族の鼓膜が破れると魔族はよろめいた。
ジュセルはそのまま魔族の耳を掴むと容赦なく引きちぎった。
「ぎ…」
突如生じた激しい痛みに魔族は叫び声を上げようとするが、その瞬間にジュセルの肘が顔面を打ち砕いた。血と歯を撒き散らしながら魔族は地面に崩れ落ちる。魔族が地面に倒れ込んだ瞬間にジュセルは首に膝を落とした。
ゴギィ!!!
またも頸骨の砕ける音が響き魔族は絶命する。
ジュセルは立ち上がると同時に最後の魔族との間合いを詰めると裏拳を叩き込む。強烈な一撃に魔族は仰け反る。ジュセルは動きを止めることなく魔族の顎と額を掴み上げるとそのまま捻った。
ギョギィィィ!!
異様な音がして首があり得ない方向に曲がり、魔族はそのまま崩れ落ちる。
ドサ……
シュン……
魔族が崩れ落ちると同時に剣が振るわれる音が発せられ、ジュセルが視線を移すとアルフィスが、顔面を膝蹴りによって砕かれた魔族の首を刎ねたのが目に入る。首を落とされた魔族の死体からは血が噴き出し地面を濡らしていた。
「ジュセルお疲れ」
アルフィスの労いにジュセルは笑って答える。
「いえ、全員がこの程度の連中なら警戒に値しませんね」
「確かにな。まぁ幹部クラスの実力は雑魚とは一線を画すと思いたいな」
「そうですね」
アルフィスとジュセルはすでにアレン達に合流するために歩き出している。ここでの戦闘が終わった以上はこの場に留まる理由はないのだ。
「ん?どうやらアディラがまた1人射倒したらしいな」
アルフィスが歩きながら別働隊の様子を見ながら言う。ジュセルもアルフィスの言葉に目を向けると倒れた団員から離れている様子が見えた。
この状況で倒れた者から距離をとるのは先程の【爆発】に巻き込まれるのを防ぐためである事は明らかであった。
「それにしても王女殿下の弓術は反則ですね」
ジュセルの言葉にアルフィスは頷く。アレン達の実力も十分に反則なのだが、アディラの弓術も厄介な事この上ない。何しろアディラの弓術は射程距離が桁違いなのに加え、精度もまた規格外なのだ。
アディラが1人居るだけで敵は常に狙撃に気を配らなければならない。ある意味、敵にとってアレン達よりも厄介な存在だった。
「ああ、俺が敵だとしたらアディラを真っ先に狙うな」
アルフィスの言葉にジュセルも同意する。
「だからこそ、アレンはアディラの護衛を増やそうとしているんだろうな」
「メリッサさんとエレナさんでは不安と言う事ですか?」
ジュセルは首を傾げる。あの2人の実力を考えれば護衛として十分な技量を持っていると思うのだ。
「あの2人の実力は確かだ。だが、魔神を相手にするのだから常に備える必要がある」
「…確かにそうですね」
ジュセルはアルフィスの言葉に納得すると同時に心のどこかに隙があったことを自覚すると密かに恥じる。アレン達が規格外の実力を持っているとは言え、魔神と称されるような存在もまた規格外の存在であるのだ。
「とりあえずは護衛チームを編成しているところだが、メリッサとエレナ程の実力者を集めるのは中々難しいというのが現状だ」
アルフィスの言葉にジュセルは頷く。
「お疲れ様」
そこにアレン達が現れる。どうやらアディラが一射した後にアルフィス達の方向に向かって歩いて来たらしい。
「あいつらの実力はどうだった?」
アレンの問いかけにジュセルが答える。
「はい、とりあえず俺1人で5体を斃す事は出来ました。まぁ1体はアルフィス様がトドメを刺しましたけど」
ジュセルの返答を聞いてアレン達は頷く。
「そうか、それではあいつらを潰すのは大丈夫だな」
「はい。こちらの方が個々の能力は上のようです」
ジュセルの言葉に全員が頷く。アレン達が前回斃した魔族達も大した相手ではなかったのだが、自分達が斃した連中が最下級の可能性を考慮して慎重になっていたのだ。
「じゃあ、数もこちらとほとんど変わらないし、個々の実力もこちらが上となればもう遠慮することはないな」
アレンがそう言うと全員が頷く。これ以上時間をかけると本体の足止めをしているアンデット達が敗れこちらに向かってくる可能性が高くなるのだ。
「それじゃあ、みんな、あの別働隊を叩きつぶすぞ」
アレンの言葉がかかると全員が武器を構える。
「行くぞ」
アレンはそう言うと駆け出した。




