傭兵①
今回から新章です。よろしくおつきあいください。
魔族の国家であるベルゼイン帝国の帝都『ヴォルゼイス』にある酒場の一角で、男達が下品な声を上げながら呑んでいた。
男達はそれぞれ武装をしているが、ベルゼイン帝国の正規軍の武装とは異なっている。また男達の武装も統一感が全くない。革鎧、金属製の胸甲、鎖帷子とそれぞれ思い思いの防具を身につけているし、武器も剣、片手斧、ナイフと様々であった。
そう……彼らはベルゼイン帝国で知らぬ者はいないと言われる傭兵団『リンゼル』のメンバー達である。
リンゼルの構成人数は約80名、全員が一騎当千の強者達である。最下級のメンバーであっても騎子爵を上回る実力を持っている。
「団長遅えな」
団員の1人がそう言うと、その言葉を聞いていた他の団員が答える。
「まぁ、エルグド第一皇子の呼び出しだからな」
「なぁ次の相手は誰だと思う?」
「さてな~ベルゼイン帝国で俺達が動くような相手は残ってるか?」
「俺は人間じゃねえかと思ってる」
「まさか、人間なんか俺達が出るまでもねぇだろ」
団員の言葉を皮切りに話が次の仕事の話になっていく。みなが思い思いに予想し出した。
「いや、そうとも言えないぜ。ほら…イグノールを斬ったって言う人間の事じゃねえか?」
一人の団員の言葉に全員が最近噂になっている人間の事を思い出す。
「へ……イグノールなんざ、団長にかかればあっさりとお陀仏よ」
「ああ、魔剣士なんざ所詮はお上品な貴族様だしな」
魔剣士はベルゼイン帝国において確かに強者の代名詞であるが、自分達の方が実戦ならば勝てるという自負がリンゼルのメンバーにはあったのだ。
「隊長は何か聞いてねえのかよ」
団員の一人が隊長と呼んだ男は団員の言葉に静かに首を横に振る。
この隊長と呼ばれた男の名はリギン=メースという名前だ。浅黒い肌に銀髪、金色の瞳を持つ20歳前後の容姿を持つ男だ。
魔族は容姿から年齢を図ることは難しい。若く見えても年齢は100を越えていたり、反対に老境に差し掛かったような容姿をしていても20代だったりととかく外見と実年齢が不均衡な場合が多々あるのだ。
リギンが静かに首を横に振ったことに団員達は残念そうな表情を浮かべる。団員からすれば自分達が次に誰と戦うのは楽しみで仕方がないために少しでも早くその事を知りたいのだ。
「おい、団長達が来たぞ」
外に目をやっていた団員の1人が仲間達に告げる。一斉に団員達が外に目をやると確かに団長、副団長とあと2人の隊長が酒場に向かってきているのがわかった。
リンゼルの団長の名前はクギル=ラーゴイム、均整のとれた体に整った目鼻立ちの美丈夫である。黒髪、黒眼であり姿形は人間とほとんど変わらないが、腰の辺りから二本の尻尾が生えている。
長剣を腰に差しており立ち居振る舞いにもまったく隙を見いだすことは出来ない事から、高い実力を持っている事を容易に察する事が出来る。
そして副団長はミュリム=ベンシャー、団長のクギル同様、均整のとれた体に整った目鼻立ちの美丈夫であるが、ミュリムの左頬にはザックリとした刀痕が入っており、彼の戦いの歴史の長さを見る者に印象づけさせる。
2人の隊長のうち1人の名はジルムという。赤い髪に黒眼の筋骨逞しい体格をしている。
もう1人の隊長はミザーク=レド、ミザークは牛頭であり、体格も人型の者達に比べて遥かに巨大だった。
「団長、お帰りなさい。で次の相手は誰なんです?」
団員の1人が団長のクギルに尋ねる。
「ローエンシアって所の墓守だ」
クギルは自嘲気味に嗤い団員の質問に答える。クギルの言葉からこの仕事に乗り気で無い事が団員達は察した。
「それってイグノールを斬ったって人間の事ですか?」
団員の言葉にクギルは頷く。
「ああ、第一皇子様はよりにもよって人間ごときに俺達を使うつもりらしい」
クギルの言葉に団員達も人間ごときに駆り出されるのはあまり面白い事では無い。先程の団員同士の話の中で相手が人間の可能性が語られたが、あれは冗談の類だったのだ。
「第一皇子様は俺達を舐めてんのか?」
「俺達リンゼルも随分と甘く見られたもんだ」
団員達の中からも不満の声が上がる。クギルが手を上げると団員達は途端に沈黙する。
「お前らが不満に思うのは当然だが、第一皇子直々の依頼だ。断るわけにはいかない。あと、イグノールを斬った人間を俺達が始末すれば俺達の名声も高まるといったもんだ。まぁ、相手は人間だ。物足りないことは間違いないだろうがな」
クギルの言葉に全員が一応の納得を表す。考えようによっては人間を始末するだけで自分達の名声が高まるのだから悪い事では無い。
「でも団長、人間如きに全員でいくんですか?」
団員の1人がクギルに尋ねる。
「ふむ……人間如きに全員で行くと言うのもバカバカしいな…」
クギルの言葉に何人かの団員が声を上げる。
「確かに全員で行くこともないでしょう」
「団長が何人か指名してそいつらに行って殺してくるという事で良いんじゃ無いですか」
「イグノールを斃したといってもまともに戦ったんじゃなく何かしら策を用いた結果でしょうし、6~7体いれば問題ないでしょう」
団員達の声を受けて、クギルはミュリムに視線を移すとミュリムも頷く。
(どっちみち墓守の実力を探っておくことは悪くはないな……)
クギルはそう判断すると部下の1人を指名する。
「ダギム、お前が6体のメンバーを選んで墓守を殺せ」
指名されたダギムという男はニヤリと獰猛そうに嗤う。
「了解、それで団長、その墓守を殺したら人間共で遊んで良いか?」
ダギムの言う遊ぶとは、人間達から略奪して良いかという事を意味する。ダギムは弱者を踏みにじるのがこの上なく好む男だったのだ。
「好きにしろ。ただしそれは墓守を殺してからのご褒美だ。墓守を殺す前に遊ぶなよ」
「安心してくれ、俺はこう見えても仕事に対する責任感は強いんだぜ」
「ああ、そういえば墓守には婚約者が何人かいるという話だ。そいつらも一緒に始末してやれ」
「へぇ~まぁその墓守を殺してから死体の前で犯してやるというのもいいかもな」
ダギムの下卑た考えに他の団員達も声を上げて嗤う。
「そいつぁ~いいな」
「おいダギム、俺も連れてけよ」
「ああ、人間なんか相手すんのも馬鹿らしいと思ってたけどそんな楽しいイベントが待ってるなら行く価値あるな」
「俺も行くぜ」
あっという間に団員達が名乗りを上げる。人間を踏みにじり地獄に叩き落とすのは彼らにとって完全な娯楽だったのだ。
「ああ、楽しむとするか」
ダギムはそう言うとメンバーを選び始めようとしたが意外と多くの者が乗り気になってしまい最後は結局クジ引きで6体選出することになってしまった。
リンゼルのメンバー達にとってこれは娯楽の一種となってしまっていたのだ。人間の中にも強者は居ることを彼らは正しく認識していなかったのだ。
イグノールとアレン達の戦いの唯一の生き残りであるエシュゴルの情報は秘匿され、エルグド、トルトには伝わっていなかったのだ。
トルトはイグノールの腕前を高く評価していたのでジュラス王を使ってアレンを排除しようとしたのだが、逆に反撃をくらう始末だった。当然、トルトはその事を秘匿し結局の所ローエンシア王国にいる規格外の実力者達の事は他の陣営に伝わっていなかったのだ。
それ故にリンゼル達はアレン達を舐めて戦いに臨むことになる。
そして、これから傭兵団『リンゼル』の地獄が始まるのだった。
 




