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逃亡

「ふぅ……」


 男が床から這い出てくる。この表現が的確といえるかどうかは判らないが、少なくとも一面の事実を表現した言葉である事は間違いなかった。


 男の名はヴェラン=イビンという。現在はどこの組織にも所属していない。所属していない理由は、組織が壊滅したからだ。


 ヴェランが所属していた組織は『イベルの使徒』という。イベルという神を信仰する教団だ。『イベルの使徒』の社会的な評価は「人攫い」「異常者」「外道」という散々たる物であった。

 その評価は決して間違いとは言えない。『イベルの使徒』はイベルをこの世界に顕現させるために様々な命を生贄をして捧げていた。それこそ、人、亜人、魔物、家畜ありとあらゆる者をだ。


 そのため、各国はイベルの使徒の存在を許さず、イベルの使徒を厳しく取り締まった。各国からすれば誘拐し、惨殺する犯罪者集団であり、治安維持の観点から絶対に野放しにする事の出来ない組織だ。

 だが、イベルの使徒からすれば勝手な話だが、自分達の宗教が不当に弾圧されているという認識である。自分達が不幸を撒き散らしておきながら、被害者面をするというまともな精神を持っていれば絶対に到達し得ない思考回路であった。ある意味、宗教というものの負の面を凝縮したような狂信者達であると言って良かったのだ。


 そのイベルの使徒の本部が急襲されたのだ。


 襲撃したのはエジンベート王国一の名家のジャスベイン公爵家次代当主であるジュスティス=ルアフ=ジャスベインである。


 この美貌の公爵家の嫡男は、その絶大、いや理不尽極まりない戦闘力でイベルの使徒の本部を蹂躙した。


 イベルの使徒の本部には、腕利きの私兵集団がいたのだがジュスティスという理不尽な戦闘力を持つ存在の前にはまったくの無力であった。ジュスティスはわずか10分程で500の私兵集団を壊滅させた。

 死者はかろうじて出ていなかったが全員が両手両足を砕かれ、肋骨を砕かれ息も絶え絶えだった事から命があったことが幸せかどうか悩むところである。


 ジュスティスが本部に突入し、イベルの使徒達をその絶大な戦闘力で蹴散らし、イベルの使徒の教皇、幹部達を全員捕まえてしまった。しかもジュスティスは本部を結界で覆い、転移魔術で逃れられないようにしてから突入しており、部下達も逃げ出したイベルの使徒を存分に叩きつぶし一網打尽にしてしまったのだ。


 ヴェランは仲間達が何とか脱出しようとしていたとは反対に本部内に残ることを選択した。その理由は殉教の精神とは無縁の事であり、敢えて本部内に留まることにより捕まるのを避けるつもりだったのだ。


 ヴェランが潜伏場所として選んだのは死体置き場であった。ヴェランは生贄として捧げた者達を使ってイベルの依り代を作るのが役目であり死体の管理を行っていたのだ。いわば死体置き場は自分の仕事のために必要不可欠なものであり、ヴェランはもしもの時のために死体置き場に潜伏場所を作っておいたのだ。


 死体置き場の床に人一人が入れるぐらいの横穴をいくつか作っておき、その中の一つに潜伏したのだ。しかもヴェランが潜伏した穴は二重底となっており、一つ上のスペースには死体を入れておいた。


 二重底のスペースの中でヴェランはひたすら息を潜め的が去るのを待っていた。ジャスベイン家の捜索は相当厳しく、潜伏していたイベルの使徒達は次々と見つかると捕らえられていった。


 襲撃から5日後、転移魔術を防いでいた結界が解かれるのを感じたがヴェランはまだ動かず潜伏を続けた。結果としてこの判断は正解だった。注意深く潜伏していた者達のうち、この段階で転移魔術を使った者達はもう一つの結界にかかり捕縛されたのだ。

 もう一つの結界は転移魔術を疎外する結界であったが、解かれたものよりも秘匿性に優れており、追い詰められまともな判断力を失ったイベルの使徒達は好機ととらえると転移魔術を発動し捕縛されたのだ。


 ヴェランはそれから、さらに3日潜伏し続け、ようやく潜伏場所から出てきたというわけであった。


 すでに本部には人の気配は一切無い。おそらく残党狩りも終わったと言う事で引き上げたのだろう。他の仲間達は津あまりこれから裁判にかけられることだろう。その後は容赦なく、刑場に送られその生涯を閉じることになるのは容易に想像できる。


「とりあえず…助かったか……」


 ヴェランはほっと一息をつく。死体置き場にあった死体はすべて回収されており、それぞれの場所に葬られたのだとヴェランは察する。


 ヴェランは自分の研究室の場所に注意深く移動するが、資料などは完全に持ち運ばれており、ほとんどが残っていない。依り代として核となるはずであった魔人の情報も持ち去られていた事はヴェランを失望させたが、仕方の無いことと諦める。


「……イベルを降臨させるにはあの方法しか無いか…」


 ヴェランはそう独りごちる。


 ヴェランの言うもう一つの方法とはヴェラン自身にイベルを宿らせることである。もちろん人の身に神を憑依させればヴェランも只では済まない。いや、高い確率でイベルの魂の容量に体が耐えることは出来ずに破裂してしまうだろう。だが、ヴェランにはそうならないための秘策があったのだ。


 その秘策は呪珠である。生贄達の怨念をまとめて作った呪珠を使いイベルと自分の魂をゆっくりと同化させるつもりであったのだ。そうすればイベルの力を取り込む事が出来ると考えていたのだ。


 ヴェランは元来、敬虔な信仰心など持ち合わせていない。イベルの使徒に入信したのはイベルの降臨を成し遂げたいという欲望とあわよくばイベルの力を取り込むのが目的だったのだ。


 そのためにヴェランは少しずつ準備を始めていた。依り代を作る一方でイベルの力を取り込む事ための研究も進めていた。


 もはや、イベルの使徒が崩壊した以上、依り代を作りイベルを降臨させるのは不可能である。となると自身の身に降臨させ魂を同化させイベルの力を取り込むという選択肢しか無くなったのだ。


「ふん……むしろこちらの方が望んでいた事だな」


 ヴェランはニヤリと嗤う。その顔は歪みきっており、見る者に不快な印象しか与えることは出来ないだろう。


「さて……行くか」


 ヴェランはそう言うと転移魔術を展開し、目的地へ飛んだ。

 

 ヴェランの飛んだ先は、予想通りあそこの予定です。あ、ちなみに国営墓地ではありません。彼の再登場はもう少しあとになります。

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