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雪姫⑥

 魔法陣から現れた人数は5人だ。


 イリムに声をかけたのは、漆黒のドレスをまとった美しい少女だ。黒い髪を腰まで伸ばし、黒い瞳は黒曜石のように輝いている。顔を構成するパーツが絶妙に配置され、体つきも少女らしさと妖艶な美女の者が同居しているような不自然さがより一層、少女の美しさを演出していた。

 だが、彼女もまた人ではないことは明らかである。側頭部にイリムと同様の羊のような角が生えているのだ。


 フィアーネとジュスティスはこの少女の名前を知らないが、一目で只者でない事は理解できた。


 少女の名は『アルティリーゼ=クレリア=ヴェルゼイン』…。魔族の国であるベルゼイン帝国皇帝イルゼムの娘である。


 後ろに続く者達も只者で無い事をフィアーネ達は察する。


「お兄様…少し不利ですね……」


 フィアーネが隣に立つジュスティスに囁く。


「まぁな…これはかなり真面目にやらないと…マズイかもな…」


 ジュスティスの言葉にフィアーネは頷く。ジュスティスの言葉は旗色が悪いという事を意味しない。真面目にやればマズイという相手ではない事を示している。


 2人の会話を聞いていたアルティリーゼは特に気を悪くした様子はない。しかし、背後に控える者達のうち1人が怒りの声を上げる。


 声を上げた男もまた人間ではない。この男の種族とかつてフィアーネは戦った事があった。男の種族はゴルヴェラだ。槍の穂先をフィアーネ達に向けて威嚇する。


「貴様らごとき吸血鬼が勝てると思っているのか?」


 思い切りフィアーネ達に挑戦的な視線を向けてくる。


「止めろ、ビ・バル」


 ビ・バルと呼ばれたゴルヴェラを制止したのはイリムである。直に戦ったイリムはフィアーネ達の言葉が決して過大なものでないことを察している。この場で戦闘になれば間違いなくアルティリーゼを危険にさらしてしまうことは間違いなかった。


「イリム、かなり手酷くやられたな」


 そこに魔剣士の鎧を身に纏った男がイリムに声をかける。その声にはイリムへの労いに満ちている。


 この魔剣士の名は『エルカネス=ジーズィ』、イリムの親友であり優秀な魔剣士だ。孤児であったが剣一本でのし上がった男だ。黒髪、黒眼で容姿は整っているのだが、その獰猛そうな表情が彼を戦闘狂のように誤解させるが、実際は非常に理知的で用心深い男であった。


「ああ、あの2人は強い…もし、助けに来るのが3分遅れれば俺は間違いなく殺されていた」


 イリムの言葉にエルカネスは緊張を強める。


「イリムがそこまで言うなんて…」


 そこにもう1人の少女が発言する。


 この少女の名前は『ディーゼ=メムト』、黒髪をいわゆるポニーテールと呼ばれる髪型にした可愛らしい少女だ。腰に二本の双剣を差しており、腕にブレスレットを付けている。革鎧を身につけているが、敏捷さを損なわないようにしている事から彼女の戦闘スタイルは俊敏な動きで敵を翻弄し戦うというものであることを思わせる。


「当然だろう…あの女はアインベルクの婚約者なのだろう…。アインベルクの関係者が弱者のはずはなかろう」


 最後の1人が発言する。男の左目から頬にかけてザックリと入った刀痕があり、残った右目の色は紅色だった。フィアーネはその男の容貌について聞いた覚えがあった。


「…凶王?」


 フィアーネの言葉に男は驚いたようだった。ローエンシアならまだしもエジンベートの吸血鬼が自分の事を知っているとは思っていなかったのだ。


「よく知ってるな…エジンベートに俺の名を知っている者などほとんどおらぬと思っておったが…」


 凶王こと『フォルグ=メヴィール』の言葉にフィアーネは沈黙する。


「アインベルクの関係者…まずはお手並みと言いたいところだが、イリム様をここまで追い込むような者達が相手では俺では力不足だな」


 フォルグは自分の腰に差した『魔剣ヴァディス』を握る。かつてのイリムとの戦いで敗れた時にイリムのものとなったがイリムがフォルグに返還したのだ。その後、フォルグは魔剣を使いこなすために修練を積み、魔剣に操られるという事もなくなったのだ。


「ええ、ここでこの2人と戦えばよくて相打ち…若しくは全滅ね」


 アルティリーゼの言葉にイリムは頷く。


「となると…今、あなた方と戦うのは避けた方が賢い選択と言う事ね」


 アルティリーゼはそう言うとフィアーネとジュスティスに笑いかける。見る者を魅了してしまうような笑顔であるが、フィアーネとジュスティスは当然そんな笑顔に欺されるような事はない。


「戦わないなら戦わないで良いけど…私達があなた達を見逃す利点があれば教えてくれるかしら?」


 フィアーネの言葉にアルティリーゼは微笑む。


「もちろ…」


 アルティリーゼが口を開いた瞬間に、フィアーネが動く。手にしていた微塵をアルティリーゼに投げつけたのだ。微塵は近距離、中距離、遠距離をすべて網羅する武器だ。投げつけられた微塵は回転しアルティリーゼの顔面に向かって飛ぶ。


 イリムがアルティリーゼの前に立ちふさがり微塵を掴もうと腕を伸ばす。だがそれより先にビ・バルの槍が微塵を絡め取る。ビ・バルの槍は投擲された微塵の中心の輪を通す事でそれ以上は進まない。槍が中心の輪を通してしばらくの間、微塵は凄まじい速度で回転していたが、やがて収まる。


 フィアーネの投擲した微塵は凄まじい速度であったが、それを槍で絡め取るのは並大抵の腕ではない。


「ふん…アルティリーゼ様の話の途中で…」


 ドガァァァァ!!!


 凄まじい打撃音が発せられビ・バルが吹き飛ぶ。ジュスティスが手にしていた分銅鎖を放ち、ビ・バルの顔面に直撃したのだ。


「俺から目を逸らすとは余裕だな…それとも……そいつが弱いだけか?」


 ジュスティスの言葉にイリム達は戦慄する。ビ・バルの実力は決して低くない。本来のビ・バルの実力ならばジュスティスの分銅鎖をまともに受けるような事はしないだろう。全員の視線が槍に止められた微塵に集中した瞬間に分銅鎖を放ったのだ。もし、ジュスティスが分銅鎖を自分に放っていれば、その時は自分が倒れていた事にイリム達は気付いたのだ。


 言葉、微塵の投擲、分銅鎖の流れはすべてフィアーネとジュスティスの思惑通りに進んだのだ。


 エルカネスとディーゼがアルティリーゼの前に武器を構えて立ちふさがる。だが、アルティリーゼは自分を守ろうとする2人を横にやる。


「アルティリーゼ様、お下がりください」

「アルティリーゼ様、前に出てはダメよ!!」


 エルカネスとディーゼがアルティリーゼを制止しようとする。だが、アルティリーゼはそれを聞かずに前に出る。


「さて…見逃してくれるかしら?」


 アルティリーゼは余裕の表情でフィアーネ達に言葉をかける。その声にフィアーネは答える。


「見返り次第ね…」


 フィアーネの声にアルティリーゼは目を細めた。



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