雪姫⑤
「イリム…?」
フィアーネの呟きに、ジュスティスは鋭い視線をフィアーネに向ける。その名にフィアーネは聞き覚えがあったのだ。
「まさか…あなたは魔剣士イグノール殿の…」
フィアーネの言葉にイリムはニヤリと笑う。
「ああ、そうだ。魔剣士イグノールは俺の父だ」
イリムの言葉にフィアーネは警戒を強める。だが同時にフィアーネはイリムから放たれる雰囲気が単なる恨みに基づいたものでない事を察していた。そして、それこそがフィアーネを戸惑わせる。
イリムにとってフィアーネも父の仇の一人である。確かにイグノールの今際の際に、息子は恨みによるものではなく、父を越えるために挑んでくると言っていたが、実際にその通りであった事に対して戸惑いを持っていたのだ。
(…イグノール殿は息子は自分よりも強くなると言っていた…と言う事は…)
フィアーネは神の戦士を消滅させる。アレンに及ばないとは言え、アレンのわざと酷似した神の戦士と戦わせ、アレンの技の情報を与えるわけにはいかないのだ。
「お兄様…イリム殿の実力はそこに転がっている魔人とは桁が違うと思って下さい」
フィアーネの言葉にジュスティスも頷く。そして次に続くフィアーネの言葉も十分に察していた。
「ここは二人でやりましょう…」
フィアーネの言葉が予想通りである事にジュスティスはニヤリと笑う。一方でイリムもまたフィアーネの『2対1』という提案に対して不満を漏らさない。戦いにおいて有利な状況を作り上げるというのは当然の事であり非難すべき事ではないのだ。
「そうだ…」
ジュスティスは言葉の途中で動く。一瞬でイリムの側面に回り込むと右腕を横に振るう。凄まじい一撃をイリムは屈んで躱す。イリムはジュスティスに生じた隙を突こうと握った剣に力を入れる。
だが、それよりも早くフィアーネがイリムの間合いに飛び込むと貫手を連続で放つ。
フィアーネの貫手は魔力で強化しており鋼鉄製の槍よりも遥かに貫通力がある。イリムの纏う魔剣士の鎧は本来、鋼鉄製の槍などでは傷すらつかない。だが、イリムはフィアーネの放つ貫手が自身の鎧を貫く事を本能で察するとすかさず回避行動をとる。
フィアーネの貫手は心臓、喉、顔面に放たれた。イリムはそれらを躱すが顔面に放たれた貫手が頬を掠め、イリムの頬が裂ける。幸い軽い傷であったがイリムは自分の判断が正しかった事を悟った。
もし、自分の鎧の防御力を過信し躱さなかったら間違いなくフィアーネの貫手で胸を貫かれた事だったろう。
(…鋭さ、貫通力……なんて強さだ)
イリムは頬を裂かれた事により、フィアーネとジュスティスから一端距離をとるために下がる。
その速度は凄まじく一瞬で距離をとる、はずであった…。
だが、ジュスティスとフィアーネはそれを逃すような事はしない。それどころかイリムが下がった今こそ好機と捉えると押し切るためにイリムを追う。
ジュスティスは拳を振りかぶるとイリムに叩きつける。その凄まじい拳をイリムは咄嗟に左腕を上げて防ぐ。先程のフィアーネの貫手の事を考えるといくら鎧があっても防げないと思い、魔力で強化しながら防御である。
(な…)
ジュスティスの拳を受けたイリムは吹き飛ばされる。しっかりとガードをし、魔力で強化しておいたのにイリムは吹き飛ばされたのだ。魔力で強化していたためイリムの左腕は壊されずに済んだのだが、左腕に装着していたガントレットが砕けるという結果になった。
(魔力で強化してなければ左腕を無くしてたな…)
イリムの背中に冷たい汗が流れる。だが、それで終わりではない。同時に間合いを詰めていたフィアーネが魔力の塊をイリムに向け放ったのだ。
「はっ!!!!!!」
フィアーネの気合いと共に放たれた魔力の塊をまともに受けたイリムはまたも吹き飛ばされる。
床を転がったイリムの頭にジュスティスが拳を振るう。イリムはジュスティスの拳を転がって躱した。
ドゴォォォォォォ!!
ジュスティスの拳はそのまま床を撃ち抜く。イリムは転がりながら立ち上がるとジュスティスに突きを放つ。
イリムの突きは芸術と呼んでもおかしくない程素晴らしいものだ。そのあまりの鋭さに攻撃を放ったばかりのジュスティスは一瞬回避が遅れる。
(くっ…速い……)
ジュスティスは何とか剣の側面を弾くことで突きの軌道を逸らす事に成功する。
シュパァッ!!
(何だと!?)
だが剣の側面を打ち払ったジュスティスの腕がイリムの剣に斬り裂かれた。幸い浅手であったがジュスティスの腕からは鮮血が舞い散った。ジュスティスは即座に後ろに跳ぶとイリムから距離をとった。
「お兄様、大丈夫ですか?」
フィアーネの言葉にジュスティスはニヤリと笑い、斬り口に治癒魔術を施す。斬られた腕の傷口は瞬く間に塞がる。
「ああ、大丈夫だ。戦闘に支障はない」
ジュスティスの言葉にフィアーネは微笑むと何が起こったかの説明を求める。
「でもお兄様…お兄様は彼の剣の側面を払ったはずなのにどうして斬られたの?」
ジュスティスはフィアーネの質問に答える。
「ああ、彼は魔力で剣の側面にもう一つ刃を作っていたのさ。かなり巧妙に隠されていたので実際に受けてみるまで気付かなかった」
ジュスティスの返答にフィアーネは感歎したというような口調で話す。
「なるほど…凄い業ですね。お兄様に気付かれずに魔力で刃を作る。しかも、お兄様の魔力による強化を斬り裂く程の鋭さ…強敵ですね」
フィアーネの賛辞にイリムは苦い気持ちになる。強敵と捉えてくれた事は賞賛されているために悪い気分では無いのだが、現状は圧倒的に不利というよりも何とか粘ってるという感じなのだ。
(一対一でも勝てるかどうか怪しい…いや、分が悪い…。二人が相手だと勝算は皆無だ。…どうする?)
イリムは剣に魔力を込める。
ジュスティス、フィアーネはイリムの覚悟を感じるとそれぞれ武器を構える。ジュスティスは分銅鎖、フィアーネは微塵だ。二人とも武器に魔力を込め互いの次の攻撃に備える。
ピリピリと緊張感が加速度的に増していく。
その高まった緊張は新たな来訪者によって消えることになる。
イリムの横に魔法陣が現れるとそこから数人の人影が現れる。
「イリム…ここは引きなさい」
現れた人影の一人がイリムに声をかけた。




