雪姫④
神の戦士…
フィアーネの作り出したそれは、身長1メートル80㎝ほど…。均整のとれた体格に黒いコートを纏い腰に剣を帯びている。アレンの使う闇姫、狂同様に瘴気によって作成された動く彫刻である。
フィアーネはアレンから瘴操術の手解きを受け、作成したものである。
「フィアーネ…ちょっと引くぞ…」
ジュスティスがボソリと呟く。神の戦士の容姿はアレンそっくりだったからだ。いくら婚約者の事が好きだと言ってもこれはやりすぎだとジュスティスは思ったのだ。
「ど、どうしてよ!! 私のセンスに文句があるとでも?」
ジュスティスの呟きにフィアーネが抗議の声を上げる。
「いや…お前、これってどう見てもアレン君じゃないか…いくらなんでも…」
「そんな事言われても自然とこうなってしまったんだから仕方ないでしょう。これも愛のなせる業よ!!」
「アレン君達が引かないといいな」
ジュスティスの言葉にフィアーネは衝撃を受ける。まさかと思うがアレンが引くかも知れないと考えると平静ではいられないのだ。
「ア、アレンがこの程度で動じるはず無いわ」
フィアーネの動揺した声にジュスティスは露骨に目を逸らす。
「ふ、ふん、お兄様だってこの術を習得すれば間違いなくリルカーラ様の姿形そっくりな彫刻になるに決まってるわ」
フィアーネの言葉にジュスティスは考える。正直、フィアーネの行動に引いていたが、自分がやれば自分も婚約者のリルカーラの姿形に似せたものを作り出す可能性は十分にあったのだ。
ジュスティスは心の中で絶対にこの術の習得をすまいと心に誓う。リルカーラに引かれるのは精神的に堪えすぎるのだ。
「う~ん…ここまであからさまな隙を作れば襲ってくると思ったんだけど…」
フィアーネが魔人を見ると首を傾げながら言う。
フィアーネもジュスティスも戦いの最中に話し合っていたのは別に魔人を侮っての事ではなく誘い込ませるためだったのだ。神の戦士の戦闘力は決して低いものではない。いくら魔人といえども一瞬で斃すのは不可能だった。
そのために魔人が踏み込んでくれば神の戦士によって足止めし、フィアーネがトドメを刺そうと考えていたのだったが、予想に反して魔人は踏み込んでこなかったのだ。
「おそらく…思ったよりもダメージが大きかったんじゃないか?」
ジュスティスはそうフィアーネに告げる。フィアーネもその意見には頷かざるをえない。
だが、それは半分は当たりだった。フィアーネに与えられたダメージが思いの外大きかったのもあるが、フィアーネが生み出した神の戦士を警戒したのが主な理由である。
「なら…この機会を逃す必要はないわね」
フィアーネの言葉が発せられると同時に神の戦士は剣を抜く。剣を抜く動作はアレンそのものだ。神の戦士は音もなく魔人に斬りかかる。
アレンに比べれば速度が一枚落ちると言って良いだろうが、使う技術はアレンのものと大差ない。フィアーネがアレンとの戦いを見た結果、神の戦士に反映させたのだ。
神の戦士二体に魔人は影の拳で迎撃する。通常の倍以上の距離が伸び神の戦士を間合いに入れないという事がわかる。
神の戦士は剣を振るうと影の拳を斬り捨てた。斬り落とされた影の拳は床に落ちると同時に塵となって消え去る。だが、影の拳の一本が神の戦士の腕を掴むと振り回し始めた。
神の戦士は堪えようとしたが、その膂力は思ったよりも強力だったらしく堪えきれずにもう一体の神の戦士に投げつけられる。
そこにフィアーネは飛び込む。一瞬で間合いを詰めると魔人に強力な拳を叩き込む。
ドゴォォォォォ!!
フィアーネの拳が魔人の頬に叩き込まれ魔人はまたしても吹っ飛び床に転がる。体勢を整えた神の戦士は剣を構えると魔人にトドメを刺そうと剣を構える。
しかし、フィアーネはそこで神の戦士を手で制止する。フィアーネの目的は魔人の無害化であり、殺害はその手段の一つでしかない。
魔人はもはやフィアーネの敵たり得ない程のダメージを受けている。この段階で魔人がフィアーネを害しようとしても一瞬で肉片とされてしまうだろう。
「さて…お兄様、終わりました」
フィアーネの言葉にジュスティスも頷く。もはや魔人は動くことは叶わないのは明らかだ。魔人特有の能力があり、それにより一発逆転の手の使用もあり得るのだが、現実にそのような手を持っている可能性はきわめて低い。なぜならここまで追い詰められるまでに使用すべき時はいくらでもあったからだ。
「フィアーネ、お疲れ様…それじゃあ」
ジュスティスの言葉にフィアーネは頷く。魔人を拘束するためである。
「ん?」
そこに扉が開く。今この段階で扉を開ける者は侵入者以外にいないはずだ。あとはそれが誰かと言う事だ。
「…魔族?」
「…あの格好…魔剣士」
ジュスティスとフィアーネは侵入者の姿を見てそれぞれ言葉を発する。
扉を開け、中に入ってきたのは魔族の少年だった。秀麗な顔立ちに黒髪、黒眼、側頭部に羊の角を思わせる突起が突き出している。
体には黒を基調とする鎧を身につけている。フィアーネは何度もその鎧を身に付けた者と戦ってきたために見覚えがあったのだ。
「なぜここに、魔族がおる?」
ジュスティスが凄まじい殺気を放ちながら侵入者の魔族の少年に問いかける。もはやジュスティスは返答次第でこの魔族の少年を始末するつもりであった。
「このダンジョンに何やら面白いものがおると思って会いに来たのだ」
魔族の少年はジュスティスの凄まじい殺気を受けても動揺する様子もなく答える。
(お兄様のこの圧力をまともに受けて…この返答…かなりの胆力ね)
フィアーネもこの魔族の少年が決して侮ってはならない実力者であると捉えている。
「そうか…俺はジャスベイン家のジュスティス=ルアフ=ジャスベインだ。ここはジャスベイン領…我々は魔族と国交を開いていおらぬ。すぐに退去せよ」
ジュスティスの言葉に魔族の少年は驚いたようだ。ジャスベイン家の次期当主の名前はさすがに魔族の少年も知っていたのだ。
「そうか…それではそちらの女性は…フィアーネ嬢か?」
魔族の少年の言葉にフィアーネとジュスティスは驚くが、それを表面上に出すような事はしない。
「ええ、その通りよ。私はフィアーネ=エイス=ジャスベイン…。で、あなたは誰なのかしら?」
フィアーネの言葉に魔族の少年は真っ直ぐにフィアーネを見つめると高らかに名乗る。
「俺の名はイリム=リオニクス…ベルゼイン帝国に仕える魔剣士だ」
 




